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第二部 死闘

第41話  狂人と凶人の邂逅

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 ――――――――――――――――

 残り時間――4時間41分  

 残りデストラップ――5個

 残り生存者――4名

 死亡者――5名   

 重体によるゲーム参加不能者――3名

 重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名

 ――――――――――――――――


 ふらふらと廊下を歩いていく瑛斗。

 もう少しで、あとほんのもう少しで、答えを得られることが出来るはずだったのに、最後の最後に邪魔が入った。

 さらに腹と額に傷を負ってしまった。特に腹は肋骨が折れたらしく、足を一歩進めるたびに、ズキズキと痛みが生まれる。加えて、唯一の武器であるメスも手放さざるを得なかった。

 果たして、ここから逆転は出来るだろうか?

 もっとも、瑛斗にとっての逆転はこのゲームに勝つことではない。薫子の腹から赤ちゃんを取り出すことこそが、瑛斗にとっての最終目的であることに変わりはないから。

 四階から三階へと降りてきた。ガス爆発があった場所に近いせいか、それとも地震による影響か、目に見える範囲はかなりの損壊状況がみてとれた。

 この体では歩くのにもひと苦労しそうだが、あの男たちがいる四階には戻れないし、五階にはあのババアがひとりいるだけなので行っても無意味だろう。

 もう一度、一階まで降りて、武器となるメスを調達してくるか、それともこの三階で得物になるなにかを探すか――。

「どこかにお宝はないかなあ」

 廊下の左右のドアを順番に見ていく。ドアが開いている部屋もあれば、ドア自体が蝶番から外れてしまっている部屋もある。

 ドアに付けられた案内プレートを見て、武器になりそうな物がある部屋を捜していく。

 入り口がガレキで完全にふさがってしまっている部屋があった。案内プレートも見当たらないので、なんの部屋か分からなかった。

「さすがにこの部屋を探索するのは無理かなあ」

 足元に出来た小さなガレキの山の中に表示板らしき細長い物体が見えた。破壊の衝撃の為か、真ん中辺りからぐにゃりと折れ曲がってしまっている。文字が書いてあるのだが『パ』と『ン』の字しか見えない。

「パンって書いてあるのか? うーん、違うなあ。折れ曲がっているから、『パ』と『ン』の間の字が読めないだけかな。でもパンといえば、この病院に来てから、なにも食べていないんだよなあ。あっ、そうか。こういう大きい病院なら、レストランとか自動販売機とかきっとあるはずだよな。そこになにか食べるものでもないかなあ」

 頭の中でパンを想像したとたんに、お腹にシグナルが走ってしまい、空腹感が生まれた。

「レストランって、何階かなあ? 院内案内図に載ってないかな?」

 空腹感をこらえながら、さらに前に進んでいくと、床一面に大量のガレキが散乱している場所に行き着いた。

 天井のパネルが完全に抜け落ちており、ぽっかりと穴が出来上がっている。飴細工のようにひしゃげた鉄パイプの先が、穴から何本も顔をのぞかせている。

 歩けないわけではないが、この下を進むのは少し危険に思えた。

 壁に設置されている院内案内図を見る。レストランはこの先にある階段を降りた所にある。出来れば傷ついた体で遠回りはしたくなかった。

「さて、どうしようかなあ? このまま先に進むか、それとも後戻りするか、思案のしどころだね」

 瑛斗は眉間にしわを寄せて、沈思黙考にはいる。

 これからすべき事は――。


 お腹から赤ちゃんを取り出すこと。
 武器を探すこと。
 食べるものを探すこと。
 それと――邪魔な参加者を皆殺しにすること。


 果たして、どれから手を付けるのが一番いいだろうか?


 ――――――――――――――――

 
 瓦礫の下から脅威の復帰を果たしたヒロユキは、レストランから廊下へと出た。レストランを出た先にある廊下は、ガレキの山でふさがれていて進めそうになかったので、仕方なく、ヒロユキは三階に続く階段を進むことにした。

 よろよろと階段を昇っていく。歩くたびに、体のいたるところに痛みが走りぬける。特に火傷した部分がズキズキと痛む。今もまだ火がついているように感じるほど熱い痛みがある。

 それでも左右の足を交互に引きずりながら、ゾンビさながらに歩いていく。

 左目は完全にふさがっていて見えない。残っている右目も視界がぼやけてしまっている。今や正常な体の部位を探すほうが難しいくらいだ。

 右手に握りしめている銃だけが頼りであった。

 三階のフロアが視界の先に見えてきた。

 人の話している声が聞こえる。すぐ間近でガス爆発の衝撃を受けたので、耳の鼓膜をいちじるしく傷つけてしまったが、それでもその声はたしかに聞こえてきた。

「へへへ……ごうがや、最初ど、標的ば……見付まっか……いかい、がな……」

 声に出してつぶやいたつもりだったが、かすれ過ぎて言葉にすらならなかった。

 右手に持った銃を構えようすると、とたんに鋭い痛みが腕に走り、構えることが出来なかった。とりあえず相手に銃口だけは向けないとならないので、痛みに耐えながら手首だけを動かして、銃口を正面に向ける。狙いは定まらないが、相手を脅嚇するぐらいなら出来るだろう。

 ヒロユキは声のした方にゆっくりと近付いていった。


 ――――――――――――――――


 四階の廊下で円城と分かれてから、すでに一時間以上が経過していた。その間に、レストランが発生場所だと思われる、ガス爆発が起こっている。その件があったとしても、スオウたちが待機している二階まで戻ってくるのに、時間が掛かり過ぎているように思えた。

 スオウが改めて瓜生に相談しようとしたとき、メールの着信音がした。メールを開く前から嫌な予感がした。果たして――。


『 ゲーム退場者――3名  円城 五十嵐 薫子
               
  
  残り時間――4時間39分  

  残りデストラップ――5個

  残り生存者――4名     
  
  死亡者――5名   

  重体によるゲーム参加不能者――3名     

  重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名      』



 予想しえるなかで、最悪の事態が起こってしまった。新たに二人が死亡して、ひとりの重体者が出たのだ。メールからでは誰が死んだのか判断できないが、どちらにしろ、これで円城が自力で二階に戻って来れなくなったのだけは確かである。

「瓜生さん……円城さんが、円城さんが……」

「――ああ、分かっている……」

 瓜生の言葉も重いものだった。

「瓜生さん、どうしたら……? 円城さんも五十嵐さんもいないとなると、ミネさんはひとりで……」

 メールには書かれていなかったが、ミネの状況も非常に気になる。今ミネの様子を看てくれている人はいるのだろうか。

「いいか、スオウ君。今から俺が言うことをしっかり聞いてくれ。――君はすぐにイツカちゃんと一緒にこの病院から逃げるんだ!」

 予想外の指示を瓜生が出してきた。

「ちょっと待ってください! 瓜生さん、それってどういうことですか?」

 スオウは瓜生に詰め寄った。生きている可能性がまだ残っている円城たちを助けに行けと言う指示ならば理解出来るが、逃げろとはどういう意味なのか。円城たちだけでなく、ミネも見捨てろということなのか。

「いいか、冷静に現状を分析するんだ。三人が一度にやられた。これ以上ここで待っていてもしょうがない。助かる可能性が高いうちに、ここから避難するのが妥当だろう?」

「瓜生さんの言いたいことは分かります。でも、ここにいる愛莉さんのように、重体だとしても助けることが出来るんですよ。ミネさんも、それから円城さんたち三人のうちの重体者ひとりを助けることだって、可能でしょう?」

「どうやって、その二人の重体者をここまで連れてくるんだ?」

「それは……」

 そう言われてしまうと、返答に詰まってしまうスオウである。感情に任せて言っただけで、助けられるという保障はどこにもないのだ。

 答えを求めるようにイツカの顔をうかがった。イツカは難しそうな表情を浮かべている。イツカも回答を模索しているらしい。

「スオウ君、俺が気になっているのは、なにも重体の参加者だけじゃないんだ。このメールにある『重体によるゲーム参加不能からの復活者1名』というのも気になっているんだ」

「『重体によるゲーム参加不能からの復活者1名』ってことは、書いてある通り誰かが復活しただけなんじゃないですか?」

「その誰かが問題なんだよ。これまでの重体者は三人いる。ミネのばあさん、ここのベッドに横になっている愛莉、そしてヒロユキとヒロトのどちらか、以上の三人だ。愛莉は見ての通りまだ意識が完全に戻っていない。残りの二人のうち、ミネのばあさんかヒロトが復活したのであればいいが、もしもヒロユキが復活していたら、これほど危険なことはないだろう?」

 瓜生の言いたいことはスオウだって理解できる。ヒロユキは銃を持っているのだ。銃を持った男が復活して、病院内を歩き回っているとしたら、これ以上の危険はない。

 でも、だからといって、自分とイツカだけが先に逃げ出すという選択肢を選ぶわけにはいかない。それを選ぶときは、本当に最後の最後である。

 張り詰めた緊張感がみなぎる室内で、スオウは必死に頭を回転させる。

 その間も、ゲームは続いている――。


 ――――――――――――――――


 廊下の先から物音が聞こえてきた。参加者の誰かがいるとしたら、殺さなければならない。

 武器を持っていないのが多少不安ではあるが、相手をダマすのには自信がある。なにせ医療少年院のスタッフを全員ダマした実績があるのだから。

 とにかく、相手をダマして油断したところを襲えばいい。メスはないが、幸いにして、この階はガレキがそこらじゅうに散乱している。ガレキ目掛けて押し倒してやれば、相手にそれなりのダメージを与えられるはずだ。さらにそこでトドメを刺すことが出来れば御の字である。

 さっきの蘇った喪服の男の件もあるので、しっかりと息の根を止めないと、あとで思わぬ反撃を食らうことがある。そこだけは注意しないとならない。

 瑛斗は辺りを見回して、自分が有利になれる状況が作れないかと思案する。

 壁はひび割れている。天井は抜け落ちている。廊下はガレキの山が散乱している。

 この状況で気をつけないといけないのが、天井の穴からの落下物である。天井の穴の先になにがあるのか確認出来ないので、穴の下を通るときだけは慎重にならないと。

 いろいろと考えていると、廊下の先に人影が見えてきた。

 さあ、ここからはダマしあいの始まりだ。

 瑛斗は気弱な青年の表情を作り上げると、その人影がこちらに近寄ってくるのを待つことにした。

「ここの処理が済んだら、パン探しを再開しようかなあ」

 唐突に、さっきの『パン』と表示された、折れ曲がった表示板が脳裏に浮かんできた。そして――。

「待てよ……『パン』って、そういう意味を示しているのかな?」

 ガレキが散乱する床を凝視した。その目を不敵に輝かせる。

「なるほどね、試してみる価値はありそうだ」

 瑛斗は獲物が少しずつ近くにやってくるのをじっと待ち続ける。
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