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第二部 死闘
第37話 誰かの為に出来ること その1
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――――――――――――――――
残り時間――5時間23分
残りデストラップ――6個
残り生存者――7名
死亡者――3名
ゲーム参加不能者――2名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名
――――――――――――――――
円城は四階にあった備品室で、簡単な治療を済ませた。ガーゼを何枚も傷口にあて、その上からきつく包帯を巻いていく。通常ならばそれで済ませるところだが、この後に乱闘が予想されるので、包帯の上からさらにサージカルテープを何重にも巻いて押さえつけた。これならば多少体を動かしても、傷口が大きく開くことはないだろう。傷口さえカバー出来れば、なんとかあの男とも互角に立ち回れる。
「まあ、これで良しとしよう」
危険な状態に変わりはないが、なぜか円城の心中は不思議と充実感に満ちていた。
自分の命を懸けて誰かを救うなんて人生でそう経験できない、と五十嵐にはうそぶいてみせたが、案外それは本心だったかもしれない。
半年目に末期ガンの余命宣告を受けたときには、自分はあと少しで死ぬんだと漠然とした思いだけがあった。両親を早くに亡くしており、兄弟もいなかったので、円城は天涯孤独の身だった。だから、この世に未練をそれほど強く感じなかったのである。
しかし、あの男に会って、考えが変わった。
ガン細胞で侵されたこの体を救えると、紫人は言ってきたのだ。
円城は紫人の話した『ゲーム』の誘いにのることにした。長生きをしたくなったわけではない。この世に自分の生きた証をなにか残したくなったのだ。それがこのゲームへの参加を決めた動機だった。
今まで順風満帆とはいかなくとも、それなりの人生を歩んできた。たいしたことをしてきたわけでもなく、大それた経験もなく、ただただ安全な道を選んで生きてきた。
その結果、自分の人生を振り返ったとき、そこになにも残っていないと、はじめて気付いたのだった。
普通は、人生はやり直すことなど出来はしない。しかし、このゲームに勝てたならば、まったく違った人生をやり直すことが出来るかもしれないと思った。
どうせ一度は捨てた命なのだから、命を懸けて行うこのゲームに参加することにためらいはなかった。
そして今、円城は生きた証を残せる境遇にいた。
自分の命を懸けて誰かを救う。
これ以上に大きな仕事が人生であるだろうか。薫子がどういう女性なのか知らない。どんな事情があってこのゲームに参加しているのかさえ知らない。
それでも、円城は薫子を救うために、自分の命を懸けることにしたのだった。
壁に手を掛けて、ゆっくりと立ち上がる。大丈夫。体は動く。薬のおかげで、痛みはきれいさっぱりなくなっている。
「――待っていろよ。今助けに行くからな」
円城は薫子救出に向かった。
行き先は四階の産婦人科室。
瑛斗が行くとしたら、そこしかないはずだ。
――――――――――――――――
この瞬間をどれだけの間待ち望んでいたことか。
瑛斗は大きくせりあがった薫子のお腹に、メスの刃先を軽くツーっと滑らせた。薄く切られた皮膚の下から、またたくまに真っ赤な血が盛り上がってきて、皮膚の上に赤い軌跡を描いていく。
このまま一気にお腹を切り裂きたい衝動と、この甘美な時間をもう少しだけ長く味わいたい願望とが、心の中でせめぎあう。
焦ることはない。この神聖な儀式を邪魔する人間はいないはずだ。欲望のままにお腹を切り裂いて、せっかくの赤ちゃんが死んでしまったら、元も子もなくなる。
慎重なメスさばきでお腹を切り裂き、大胆に赤ちゃんを取り出す。
それが一番大事だった。
そのためには、赤ちゃんのいる位置を確認しないといけない。大きくせりあがったお腹を愛おしそうに撫でていく。不意にお腹がとくんと動いた。
ここだ! ここにいるのだ! ずっと欲していた穢れなき赤ちゃんが!
瑛斗は感極まった表情を浮かべた。
「よし、ここから大事な大事な最後の作業に移らないと」
メスを握る指先に力を込めた。メスの刃先をお腹にあてる。ほんの少しだけ手に力を加えると、面白いように刃先がすくっとお腹の中に潜り込んだ。
いよいよ、瑛斗の悲願が達成されようとしていた。
――――――――――――――――
四階の廊下をなるべく足音を立てないように注意深く進んでいく。少し先のドアの上に、産婦人科の案内プレートがかかっているのが見えた。さらに用心をして近付いていく。
地震と爆発の影響の為か、病棟内は絶えずなんらかの音がしており、また、窓ガラスが割れているので、外の大気の音が廊下に流れ込んできていて、円城の気配を上手い具合に消してくれた。これなら瑛斗に気付かれる心配はなさそうである。
ドアの間近まで近寄り、耳をすませてみる。内側から瑛斗の独り言が漏れ聞こえてくる。
どうやら予想が当たったらしい。問題はこの後である。どうやって室内に入るかだ。
円城は少しだけドアから離れた。あたりに目を向ける。なにか使えそうな道具がないか探してみた。
小児科の案内プレートが掛かる部屋のドアが半分開いており、そこからストレッチャーが廊下に飛び出ているのが目に入った。
あれを使って、一気にドアから室内に飛び込むのもいいかもしれないな。
単純だが、有効な作戦に思えた。
円城はストレッチャーまで歩いた。手で掴んで、少しだけ押してみた。車輪が歪んでしまっているという様な問題はなく、滑るように前へ進んでいく。これなら使えそうだ。
しかし、そこである問題に気が付いた。果たして、今の自分の体の状態で、このストレッチャーを力強く押して、ドアをものともせずに、室内に飛び込んでいけるだろうか?
円城の今の体力は、違法な薬で一時的に与えられているにすぎない。瑛斗との乱闘を考えて、少しでも体力は温存させておきたかった。
瑛斗の隙を突いて倒せるか、頭の中で何度かシミュレーションをしてみる。
ストレッチャーを押して、ドアを押し開けて、瑛斗を押し倒す。
その三つをほんの僅かな時間でやり遂げなくてはいけない。もちろん、薫子もしっかり救出しないとならない。こうしている間にも、瑛斗が薫子にメスを振るっているかもしれないのだ。
ここで考えていても答えはでないな。こうなったら、出たとこ勝負でいくしかないか。
円城はストレッチャーを握る手に力を込めた。
残り時間――5時間23分
残りデストラップ――6個
残り生存者――7名
死亡者――3名
ゲーム参加不能者――2名
重体によるゲーム参加不能からの復活者――1名
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円城は四階にあった備品室で、簡単な治療を済ませた。ガーゼを何枚も傷口にあて、その上からきつく包帯を巻いていく。通常ならばそれで済ませるところだが、この後に乱闘が予想されるので、包帯の上からさらにサージカルテープを何重にも巻いて押さえつけた。これならば多少体を動かしても、傷口が大きく開くことはないだろう。傷口さえカバー出来れば、なんとかあの男とも互角に立ち回れる。
「まあ、これで良しとしよう」
危険な状態に変わりはないが、なぜか円城の心中は不思議と充実感に満ちていた。
自分の命を懸けて誰かを救うなんて人生でそう経験できない、と五十嵐にはうそぶいてみせたが、案外それは本心だったかもしれない。
半年目に末期ガンの余命宣告を受けたときには、自分はあと少しで死ぬんだと漠然とした思いだけがあった。両親を早くに亡くしており、兄弟もいなかったので、円城は天涯孤独の身だった。だから、この世に未練をそれほど強く感じなかったのである。
しかし、あの男に会って、考えが変わった。
ガン細胞で侵されたこの体を救えると、紫人は言ってきたのだ。
円城は紫人の話した『ゲーム』の誘いにのることにした。長生きをしたくなったわけではない。この世に自分の生きた証をなにか残したくなったのだ。それがこのゲームへの参加を決めた動機だった。
今まで順風満帆とはいかなくとも、それなりの人生を歩んできた。たいしたことをしてきたわけでもなく、大それた経験もなく、ただただ安全な道を選んで生きてきた。
その結果、自分の人生を振り返ったとき、そこになにも残っていないと、はじめて気付いたのだった。
普通は、人生はやり直すことなど出来はしない。しかし、このゲームに勝てたならば、まったく違った人生をやり直すことが出来るかもしれないと思った。
どうせ一度は捨てた命なのだから、命を懸けて行うこのゲームに参加することにためらいはなかった。
そして今、円城は生きた証を残せる境遇にいた。
自分の命を懸けて誰かを救う。
これ以上に大きな仕事が人生であるだろうか。薫子がどういう女性なのか知らない。どんな事情があってこのゲームに参加しているのかさえ知らない。
それでも、円城は薫子を救うために、自分の命を懸けることにしたのだった。
壁に手を掛けて、ゆっくりと立ち上がる。大丈夫。体は動く。薬のおかげで、痛みはきれいさっぱりなくなっている。
「――待っていろよ。今助けに行くからな」
円城は薫子救出に向かった。
行き先は四階の産婦人科室。
瑛斗が行くとしたら、そこしかないはずだ。
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この瞬間をどれだけの間待ち望んでいたことか。
瑛斗は大きくせりあがった薫子のお腹に、メスの刃先を軽くツーっと滑らせた。薄く切られた皮膚の下から、またたくまに真っ赤な血が盛り上がってきて、皮膚の上に赤い軌跡を描いていく。
このまま一気にお腹を切り裂きたい衝動と、この甘美な時間をもう少しだけ長く味わいたい願望とが、心の中でせめぎあう。
焦ることはない。この神聖な儀式を邪魔する人間はいないはずだ。欲望のままにお腹を切り裂いて、せっかくの赤ちゃんが死んでしまったら、元も子もなくなる。
慎重なメスさばきでお腹を切り裂き、大胆に赤ちゃんを取り出す。
それが一番大事だった。
そのためには、赤ちゃんのいる位置を確認しないといけない。大きくせりあがったお腹を愛おしそうに撫でていく。不意にお腹がとくんと動いた。
ここだ! ここにいるのだ! ずっと欲していた穢れなき赤ちゃんが!
瑛斗は感極まった表情を浮かべた。
「よし、ここから大事な大事な最後の作業に移らないと」
メスを握る指先に力を込めた。メスの刃先をお腹にあてる。ほんの少しだけ手に力を加えると、面白いように刃先がすくっとお腹の中に潜り込んだ。
いよいよ、瑛斗の悲願が達成されようとしていた。
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四階の廊下をなるべく足音を立てないように注意深く進んでいく。少し先のドアの上に、産婦人科の案内プレートがかかっているのが見えた。さらに用心をして近付いていく。
地震と爆発の影響の為か、病棟内は絶えずなんらかの音がしており、また、窓ガラスが割れているので、外の大気の音が廊下に流れ込んできていて、円城の気配を上手い具合に消してくれた。これなら瑛斗に気付かれる心配はなさそうである。
ドアの間近まで近寄り、耳をすませてみる。内側から瑛斗の独り言が漏れ聞こえてくる。
どうやら予想が当たったらしい。問題はこの後である。どうやって室内に入るかだ。
円城は少しだけドアから離れた。あたりに目を向ける。なにか使えそうな道具がないか探してみた。
小児科の案内プレートが掛かる部屋のドアが半分開いており、そこからストレッチャーが廊下に飛び出ているのが目に入った。
あれを使って、一気にドアから室内に飛び込むのもいいかもしれないな。
単純だが、有効な作戦に思えた。
円城はストレッチャーまで歩いた。手で掴んで、少しだけ押してみた。車輪が歪んでしまっているという様な問題はなく、滑るように前へ進んでいく。これなら使えそうだ。
しかし、そこである問題に気が付いた。果たして、今の自分の体の状態で、このストレッチャーを力強く押して、ドアをものともせずに、室内に飛び込んでいけるだろうか?
円城の今の体力は、違法な薬で一時的に与えられているにすぎない。瑛斗との乱闘を考えて、少しでも体力は温存させておきたかった。
瑛斗の隙を突いて倒せるか、頭の中で何度かシミュレーションをしてみる。
ストレッチャーを押して、ドアを押し開けて、瑛斗を押し倒す。
その三つをほんの僅かな時間でやり遂げなくてはいけない。もちろん、薫子もしっかり救出しないとならない。こうしている間にも、瑛斗が薫子にメスを振るっているかもしれないのだ。
ここで考えていても答えはでないな。こうなったら、出たとこ勝負でいくしかないか。
円城はストレッチャーを握る手に力を込めた。
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