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第二部 死闘
第28話 最悪な災厄は続く
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――――――――――――――――
残り時間――6時間49分
残りデストラップ――8個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
――――――――――――――――
窓ガラスがすべて無くなった窓から、市内の夜景が一望出来た。
しかし、今見えるのは暗闇だけで塗り潰された世界。所々明かりが点いている箇所もあったが、その数はまばらだった。スオウがいる病院のように非常用の発電機を備えている建物はそれほど多くないのだ。
建物の明かりにとって代わって目立つのが、緊急車両と思われる車の赤色灯だった。もっとも、この病院は現在工事中だから、緊急車両が助けに来てくれることはないだろう。
だとしたら、ここは自分達で行動するしかない。
スオウはそう決めた。あらためてホールにいるゲーム参加者の様子を確認する。
床にぐったりと横たわるミネ。そのミネを懸命に看病しているイツカ。
五十嵐は呆然とした表情を浮かべたまま座り込んでいる。どうしたらよいか分からないといった風である。
窓際ではお腹を守るようにして丸まっている薫子の姿がある。地震で揺れ始めたときは絶叫に近い悲鳴をあげていたが、今は逆に黙り込んでしまっている。
その薫子をじっと見つめている瑛斗。たまに背中に手をやり、なにかを確かめるような素振りを見せている。
果たして、この中で手助けを頼めそうな人間は――。
スオウは立ち上がると、イツカのそばに向かった。他の参加者に話を聞かれないように、イツカの耳元に顔を近づける。
「おれ、瓜生さんのところに行ってくるよ」
「えっ? こんなときに?」
イツカが驚いた顔で見返してきた。
「こんなときだからだよ。このままここに居続けるべきかどうか。いや、もっと言うと、このままゲームを続けるべきなのかどうか決めないと」
「それはそうだけど……」
「この状態を見てみろよ。とてもじゃないけど、ゲームを続けられる雰囲気じゃないだろう?」
「でも、瓜生さんは拳銃を持ったあの男を追っていったんだよ? 危険なんじゃ――」
「それは十分に分かっているさ。でも、ここでじっとしていても、瓜生さんが戻ってくる保障はないだろう? メールではまだ瓜生さんの情報は流れてきていないから、きっと大丈夫だとは思うけど……」
「だったらなおさらのこと、ここで待つべきなんじゃない?」
「おれもそれは考えたけど、この建物自体がいつまでもつか分からないだろう? なにせ耐震補強の工事をしていた真っ最中の建物なんだぜ。さっきの揺れでどれくらいの被害があったか……」
「そっか。そういう問題もあるんだね……」
イツカはなにやら考え込むように俯いた。何度か小さくうなずきながら自分の中で結論を出したのか、やおら顔を上げた。そして、真っ直ぐな目でスオウを見つめてきた。
「だったら、わたしも一緒に行く!」
「…………」
スオウは黙ったままイツカの視線を受け止めた。この話を切り出す際に、もしかしたらイツカのことだから、一緒に付いてくると言うんじゃないかと考えていたのだ。そして、その予想通りの展開になった。
「イツカならそう言うと思ったよ」
「それじゃ、ついて行っていいのね?」
「ああ、もちろん」
スオウは笑顔でうなずいた。次に五十嵐に目をやった。
「五十嵐さん、ちょっといいですか?」
「あ、ああ……なんだい」
五十嵐が頭の怪我した部分を手で押さえながら、二人のもとにやってきた。顔の血色こそ良いが、気力が抜け落ちた表情を浮かべている。
「このままここにじってしているのは危険だと思うんです。これからどうすべきか早急に話し合わないと。だから、おれとイツカは今から瓜生さんのところに行ってきます。――五十嵐さんはどう思いますか?」
「ああ、ぼくかい……。ぼくは、その……君たちに任せるよ」
「いいんですか?」
「ああ。正直、今の状況はぼくの想像の範囲を超えてしまっているからね。どうしたらよいかなんて分からないよ。それにここを離れて、危険な場所に行く気力もないし……」
おそらく、最後の部分が五十嵐の本音なのだろう。スオウはあえてその部分には触れずに、話を続けた。
「分かりました。そういうことならば二人で行ってきます。ただ、ミネさんと薫子さんのことが気がかりで――」
「それくらいだったら任せてくれ。見ることしかできないが、二人のそばからは離れないようにするから」
「ありがとうございます」
これで懸念事項のひとつは解決した。もうひとつ気なることがあったが、そのことを五十嵐に話しておくべきかどうかスオウは迷っていた。
チラッと視線をある人物に飛ばした。その男は相も変わらず薫子の腹部を見つめている。
ここで下手に瑛斗に声をかけて、チームワークが壊れるような事態は避けたかった。そうなったら、このホールから離れられなくなってしまう。
スオウの方から何も言わなくても、五十嵐ならばきちんと判断してくれるだろうと、ここはそう信じることにした。
「イツカ、行こう」
スオウはイツカを呼んだ。
「うん、分かった。でも、どこに行くの? スオウ君は瓜生さんの居場所は分かっているの?」
「それなら見当はついているよ。あの逃走犯はエレベーターで二階に向かったから、まずは二階を目指そう」
「二階ね。たしかレストランがあったはず」
「そうなのか?」
「壁に掛かっている院内案内図にそうあったから。それにあの男、お腹が減っているとか言ってたでしょ?」
「そんなことまで覚えているのか? やっぱりイツカがいてくれて良かったよ」
スオウはイツカの鋭い観察眼に感服した。
「それじゃ、目指すは二階のレストランで決まりだな。でも、その前に瓜生さんたちと合流しないと」
こうしてスオウとイツカは五階ホールを後にした。
――――――――――――――――
瓜生は足の怪我の治療を始めた。愛莉のときと同様に傷口にガーゼをあて、その上から包帯を巻いていき、最後にサージカルテープでしっかりと固定する。
その場で立ってみた。左足を廊下について力を入れてみる。途端に鋭い痛みが走った。これでは走ることは無理そうだ。左足を引きずりながら歩くので精一杯な感じである。
「だいぶひどいみたいだな。その状態で歩けるのか?」
瓜生の様子を見ていた円城が声をかけてきた。
「ああ、歩くぐらいはなんとかなりそうだ。ただ、この状態でデストラップが起きたらヤバイかもなしれないな……」
スオウは正直にそう答えた。
「じゃ、これからどうする? とりあえずこの子は保護出来たが、あの銃を持った男は――」
「それが問題だな。紫人から送られてくるメールには、まだあの男の名前が出ていないから、生きているってことなんだろうけど」
「この場にあの男が銃を持って現れたら、私たちには勝ち目がないぞ」
「いや、まるで望みがないわけでもないけどな。アイツの名前もまだメールに出てきていないからな」
「アイツ――?」
「ヒロトとかいったヤンキーのにいちゃんだよ」
「彼のことか」
「なんでも、あの逃走犯とは訳ありみたいらしいぜ」
「そういう事情があったのか。――それで、我々はこのあとどうするんだ?」
円城が質問してきた。
「それを今から考えるところさ」
瓜生はため息混じりに答えた。
重体の女がひとり。
それに病人と思われる男がひとり。
そして正常に歩けない男がひとり。
この状態でどうしろっていうのか?
瓜生はこの状況を打破できるだけの名案を、頭をフル回転させて必死にひねり出そうと試みるのだった。
――――――――――――――――
どうにかこうにかして、やっとガレキの下から全身這い出した。体中に鈍痛が走るが、激痛は感じない。命にかかわるような怪我はないみたいだった。
護送車からの逃走といい、このゲームへの参加といい、そして今回の地震からの命拾いといい、どうやら、今夜の自分には幸運の女神様が微笑んでくれているらしい。
ヒロユキはガレキの上に腰を下ろした。次にやるべきことを考える。
すぐにヒロトのことを思い出した。あの男も自分と一緒にあの地震に遭遇している。あの男の状態を確認しないとならない。
あたりのガレキの山に目をやった。
レストラン内はひどい有様だった。天井からの落下物で、床は見える箇所がないくらいに覆われてしまっている。入り口のドアは前衛芸術品のように変形しており、廊下に出るのにはひと苦労かかりそうだ。天井の蛍光灯は全滅。明かりは壁にある非常灯が何箇所か点いているくらいである。
目に見える範囲にヒロトの姿は見えない。おそらくまだガレキの下にいるのだろう。
もっとも、ヒロトを探し出して助ける気などさらさらない。あの男は運が悪かっただけなのだ。
なんだか、鼻がむずむずとした。手で触れると、べったりとした液体の感触。
鼻血だ。
なにか拭くものはないかと、再度ガレキの山に目を向けた。
「マジかよ――」
思わず喜色の声が口をついて出た。視線の先に思いもよらぬものを見つけたのだ。
起き上がって、乏しい光の中、それに近付いた。
半分以上ガレキに埋まってしまっているテーブルの下に、それはあった。
埃をかぶっていて、本来の黒色が隠れてしまっているが、それは間違いなく――。
ニューナンブM60。
「これさえあれば無敵だぜ。まだまだこのゲームを楽しめるな」
ヒロユキはテーブルの下から拳銃を拾い上げた。
「ふっ、やっぱり幸運の女神が微笑んでくれているみたいだぜ」
ヒロユキが不敵な笑みを浮かべて、ひとり悦に入っていると、人のうめき声が聞こえてきた。
「こういうのを飛んで火にいる夏の虫っていうのかもしれねえな。いや、飛んで銃に撃たれる夏の虫だな」
ヒロユキは拳銃を構えながら、うめき声の聞こえるポイントに近付いていった。
――――――――――――――――
ヒロトはまだガレキの下にいた。意識はひどく混濁していた。
不意に親友の顔が脳裏に浮かぶ。
ハルマとヤンチャしていた頃の様々な記憶が、ランダムに思い返される。
あの頃は楽しかったよなあ……。
記憶がまた飛ぶ。
ゲームに参加するきっかけになったコンビニでの傷害事件。
あのとき、オレが待ち合わせに遅刻さえしなければ……。
記憶がまた飛ぶ。
拳銃を構える男と、人質になった女。そして、男の正体。
そうだ。思い出した。オレはまだここで力尽きるわけにはいかないんだ――。
全身に力を込めた。上半身には感覚があったが、下半身の感覚がない。
どうしてだ?
そこで地震があったことを思い出した。ヒロユキと対峙していたまさにそのとき、天井が落ちてきたのだ。
そうか、オレは天井の下敷きになったのか!
そこまで思い出したところで、意識がフッと飛んでしまった。
ヒロトは再び意識を失った――。
残り時間――6時間49分
残りデストラップ――8個
残り生存者――9名
死亡者――2名
重体によるゲーム参加不能者――2名
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窓ガラスがすべて無くなった窓から、市内の夜景が一望出来た。
しかし、今見えるのは暗闇だけで塗り潰された世界。所々明かりが点いている箇所もあったが、その数はまばらだった。スオウがいる病院のように非常用の発電機を備えている建物はそれほど多くないのだ。
建物の明かりにとって代わって目立つのが、緊急車両と思われる車の赤色灯だった。もっとも、この病院は現在工事中だから、緊急車両が助けに来てくれることはないだろう。
だとしたら、ここは自分達で行動するしかない。
スオウはそう決めた。あらためてホールにいるゲーム参加者の様子を確認する。
床にぐったりと横たわるミネ。そのミネを懸命に看病しているイツカ。
五十嵐は呆然とした表情を浮かべたまま座り込んでいる。どうしたらよいか分からないといった風である。
窓際ではお腹を守るようにして丸まっている薫子の姿がある。地震で揺れ始めたときは絶叫に近い悲鳴をあげていたが、今は逆に黙り込んでしまっている。
その薫子をじっと見つめている瑛斗。たまに背中に手をやり、なにかを確かめるような素振りを見せている。
果たして、この中で手助けを頼めそうな人間は――。
スオウは立ち上がると、イツカのそばに向かった。他の参加者に話を聞かれないように、イツカの耳元に顔を近づける。
「おれ、瓜生さんのところに行ってくるよ」
「えっ? こんなときに?」
イツカが驚いた顔で見返してきた。
「こんなときだからだよ。このままここに居続けるべきかどうか。いや、もっと言うと、このままゲームを続けるべきなのかどうか決めないと」
「それはそうだけど……」
「この状態を見てみろよ。とてもじゃないけど、ゲームを続けられる雰囲気じゃないだろう?」
「でも、瓜生さんは拳銃を持ったあの男を追っていったんだよ? 危険なんじゃ――」
「それは十分に分かっているさ。でも、ここでじっとしていても、瓜生さんが戻ってくる保障はないだろう? メールではまだ瓜生さんの情報は流れてきていないから、きっと大丈夫だとは思うけど……」
「だったらなおさらのこと、ここで待つべきなんじゃない?」
「おれもそれは考えたけど、この建物自体がいつまでもつか分からないだろう? なにせ耐震補強の工事をしていた真っ最中の建物なんだぜ。さっきの揺れでどれくらいの被害があったか……」
「そっか。そういう問題もあるんだね……」
イツカはなにやら考え込むように俯いた。何度か小さくうなずきながら自分の中で結論を出したのか、やおら顔を上げた。そして、真っ直ぐな目でスオウを見つめてきた。
「だったら、わたしも一緒に行く!」
「…………」
スオウは黙ったままイツカの視線を受け止めた。この話を切り出す際に、もしかしたらイツカのことだから、一緒に付いてくると言うんじゃないかと考えていたのだ。そして、その予想通りの展開になった。
「イツカならそう言うと思ったよ」
「それじゃ、ついて行っていいのね?」
「ああ、もちろん」
スオウは笑顔でうなずいた。次に五十嵐に目をやった。
「五十嵐さん、ちょっといいですか?」
「あ、ああ……なんだい」
五十嵐が頭の怪我した部分を手で押さえながら、二人のもとにやってきた。顔の血色こそ良いが、気力が抜け落ちた表情を浮かべている。
「このままここにじってしているのは危険だと思うんです。これからどうすべきか早急に話し合わないと。だから、おれとイツカは今から瓜生さんのところに行ってきます。――五十嵐さんはどう思いますか?」
「ああ、ぼくかい……。ぼくは、その……君たちに任せるよ」
「いいんですか?」
「ああ。正直、今の状況はぼくの想像の範囲を超えてしまっているからね。どうしたらよいかなんて分からないよ。それにここを離れて、危険な場所に行く気力もないし……」
おそらく、最後の部分が五十嵐の本音なのだろう。スオウはあえてその部分には触れずに、話を続けた。
「分かりました。そういうことならば二人で行ってきます。ただ、ミネさんと薫子さんのことが気がかりで――」
「それくらいだったら任せてくれ。見ることしかできないが、二人のそばからは離れないようにするから」
「ありがとうございます」
これで懸念事項のひとつは解決した。もうひとつ気なることがあったが、そのことを五十嵐に話しておくべきかどうかスオウは迷っていた。
チラッと視線をある人物に飛ばした。その男は相も変わらず薫子の腹部を見つめている。
ここで下手に瑛斗に声をかけて、チームワークが壊れるような事態は避けたかった。そうなったら、このホールから離れられなくなってしまう。
スオウの方から何も言わなくても、五十嵐ならばきちんと判断してくれるだろうと、ここはそう信じることにした。
「イツカ、行こう」
スオウはイツカを呼んだ。
「うん、分かった。でも、どこに行くの? スオウ君は瓜生さんの居場所は分かっているの?」
「それなら見当はついているよ。あの逃走犯はエレベーターで二階に向かったから、まずは二階を目指そう」
「二階ね。たしかレストランがあったはず」
「そうなのか?」
「壁に掛かっている院内案内図にそうあったから。それにあの男、お腹が減っているとか言ってたでしょ?」
「そんなことまで覚えているのか? やっぱりイツカがいてくれて良かったよ」
スオウはイツカの鋭い観察眼に感服した。
「それじゃ、目指すは二階のレストランで決まりだな。でも、その前に瓜生さんたちと合流しないと」
こうしてスオウとイツカは五階ホールを後にした。
――――――――――――――――
瓜生は足の怪我の治療を始めた。愛莉のときと同様に傷口にガーゼをあて、その上から包帯を巻いていき、最後にサージカルテープでしっかりと固定する。
その場で立ってみた。左足を廊下について力を入れてみる。途端に鋭い痛みが走った。これでは走ることは無理そうだ。左足を引きずりながら歩くので精一杯な感じである。
「だいぶひどいみたいだな。その状態で歩けるのか?」
瓜生の様子を見ていた円城が声をかけてきた。
「ああ、歩くぐらいはなんとかなりそうだ。ただ、この状態でデストラップが起きたらヤバイかもなしれないな……」
スオウは正直にそう答えた。
「じゃ、これからどうする? とりあえずこの子は保護出来たが、あの銃を持った男は――」
「それが問題だな。紫人から送られてくるメールには、まだあの男の名前が出ていないから、生きているってことなんだろうけど」
「この場にあの男が銃を持って現れたら、私たちには勝ち目がないぞ」
「いや、まるで望みがないわけでもないけどな。アイツの名前もまだメールに出てきていないからな」
「アイツ――?」
「ヒロトとかいったヤンキーのにいちゃんだよ」
「彼のことか」
「なんでも、あの逃走犯とは訳ありみたいらしいぜ」
「そういう事情があったのか。――それで、我々はこのあとどうするんだ?」
円城が質問してきた。
「それを今から考えるところさ」
瓜生はため息混じりに答えた。
重体の女がひとり。
それに病人と思われる男がひとり。
そして正常に歩けない男がひとり。
この状態でどうしろっていうのか?
瓜生はこの状況を打破できるだけの名案を、頭をフル回転させて必死にひねり出そうと試みるのだった。
――――――――――――――――
どうにかこうにかして、やっとガレキの下から全身這い出した。体中に鈍痛が走るが、激痛は感じない。命にかかわるような怪我はないみたいだった。
護送車からの逃走といい、このゲームへの参加といい、そして今回の地震からの命拾いといい、どうやら、今夜の自分には幸運の女神様が微笑んでくれているらしい。
ヒロユキはガレキの上に腰を下ろした。次にやるべきことを考える。
すぐにヒロトのことを思い出した。あの男も自分と一緒にあの地震に遭遇している。あの男の状態を確認しないとならない。
あたりのガレキの山に目をやった。
レストラン内はひどい有様だった。天井からの落下物で、床は見える箇所がないくらいに覆われてしまっている。入り口のドアは前衛芸術品のように変形しており、廊下に出るのにはひと苦労かかりそうだ。天井の蛍光灯は全滅。明かりは壁にある非常灯が何箇所か点いているくらいである。
目に見える範囲にヒロトの姿は見えない。おそらくまだガレキの下にいるのだろう。
もっとも、ヒロトを探し出して助ける気などさらさらない。あの男は運が悪かっただけなのだ。
なんだか、鼻がむずむずとした。手で触れると、べったりとした液体の感触。
鼻血だ。
なにか拭くものはないかと、再度ガレキの山に目を向けた。
「マジかよ――」
思わず喜色の声が口をついて出た。視線の先に思いもよらぬものを見つけたのだ。
起き上がって、乏しい光の中、それに近付いた。
半分以上ガレキに埋まってしまっているテーブルの下に、それはあった。
埃をかぶっていて、本来の黒色が隠れてしまっているが、それは間違いなく――。
ニューナンブM60。
「これさえあれば無敵だぜ。まだまだこのゲームを楽しめるな」
ヒロユキはテーブルの下から拳銃を拾い上げた。
「ふっ、やっぱり幸運の女神が微笑んでくれているみたいだぜ」
ヒロユキが不敵な笑みを浮かべて、ひとり悦に入っていると、人のうめき声が聞こえてきた。
「こういうのを飛んで火にいる夏の虫っていうのかもしれねえな。いや、飛んで銃に撃たれる夏の虫だな」
ヒロユキは拳銃を構えながら、うめき声の聞こえるポイントに近付いていった。
――――――――――――――――
ヒロトはまだガレキの下にいた。意識はひどく混濁していた。
不意に親友の顔が脳裏に浮かぶ。
ハルマとヤンチャしていた頃の様々な記憶が、ランダムに思い返される。
あの頃は楽しかったよなあ……。
記憶がまた飛ぶ。
ゲームに参加するきっかけになったコンビニでの傷害事件。
あのとき、オレが待ち合わせに遅刻さえしなければ……。
記憶がまた飛ぶ。
拳銃を構える男と、人質になった女。そして、男の正体。
そうだ。思い出した。オレはまだここで力尽きるわけにはいかないんだ――。
全身に力を込めた。上半身には感覚があったが、下半身の感覚がない。
どうしてだ?
そこで地震があったことを思い出した。ヒロユキと対峙していたまさにそのとき、天井が落ちてきたのだ。
そうか、オレは天井の下敷きになったのか!
そこまで思い出したところで、意識がフッと飛んでしまった。
ヒロトは再び意識を失った――。
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