70 / 71
エピローグ
最終話 死神と紫人と、あの2人
しおりを挟む
美佳が病院前の車寄せに歩いていくと、そこに一台の黒塗りの高級車が止まっていた。美佳は助手席ではなく、当前のように後部座席に静かに乗り込んだ。
「お話の方はお済みになられたのですか?」
運転席に座る男がさっそく声を掛けてくる。
「ええ、終わったわ」
「あの少年も、自分が助けられたことにさぞかし驚いていたんじゃないですか?」
男の折り目正しい物言いから、2人の関係性が見て取れる。
「そうね、案外冷静だったわよ。決定的な部分には気付いていなかったけれど、薄々は分かっていた感じね」
美佳の言葉の響きには、話に出てきた少年に対する敬慕が感じられた。
「そうでしたか。確かになかなかに骨のある少年でしたからね」
「あなたも良いゲーム参加者をスカウトしたわね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
男がルームミラー越しに深く頭を下げる。
「それでは、そろそろお車の方をお出ししてもよろしいでしょうか?」
「とりあえず、その辺を軽く流してもらえるかしら」
「分かりました──」
運転席の男が車を優雅に発進させる。サラリーマン然とした男の正体は紫人である。
紫人――つまり、死人《しびと》というわけだ。
あるときは死神の代理人であり、またあるときは、イツカのお抱え運転手《ショーファー》であったりする。
美佳は後部座席の背もたれに深く体を預けた。ゆっくりと目を閉じて瞑想状態に入る。
十数秒後、再び目を開けたとき、その表情は一変していた。さきほどまで感じられた柔和な雰囲気は一切消えてなくなり、怖いくらいの冴え冴えとした表情が浮かんでいた。
まさに死神の顔である。
「そういえば県警の本部長から連絡はあったかしら?」
「はい。さきほど、ようやくすべて落ち着くところに落ち着いたと連絡がありました」
「三ヶ月も時間が掛かるなんて、本当にお役所仕事ね」
「悪徳刑事と暴力団組織の癒着に、さらに幾つかの詐欺事件との関わりなど、いろいろありましたからね。警察としても話の落とし所を探るのに、時間が掛かったのかもしれないですね」
「そして、県警の本部長はその成果が認められて、晴れて警察庁へ栄転になったのでしょ?」
「はい、そのようです。美佳様にもお礼の言葉を言ってましたよ」
「お礼なら言葉だけじゃなく、ちゃんとした行動で返してもらわないとね。彼の力を貸してもらうのはこれからなんだから。その為にも、彼にはもっと出世してもらわないと」
「警察庁の力を動かせるようになれば、こちらとしても俄然行動しやすくなりますね。美佳様はそこまでお考えのうえで、今回のゲームを実施した訳なんですね?」
「権力に擦り寄るつもりは毛頭無いけど、使える権力をしっかりと押さえておくことは無駄ではないから。死神が人間の魂を集めてそれで終わりというのは、人間が勝手に抱いた妄想なのよ。漫画やアニメの世界ならそれでもいいけど、現実の世界は権力者を中心として回っているのだから、私たちもそれに積極的に関わっていかないと置いていかれてしまうだけよ。死神の力と権力が合わさったとき、どんなことが出来るようになるか、今から楽しみでしょ?」
死神の顔に氷の笑みが浮いた。見る者全てに絶望を感じさせるような、そんな笑みだった。
「美佳様と一緒にいると、本当に勉強になります。これからもご指導のほど、よろしくお願いします」
紫人の言葉には、深い畏敬の念が込められていた。
「――それはそうと、私が頼んでおいた件はどうなったかしら?」
「それでしたら非常にいい会場が幾つか見付かりました。しかも、かなりの広さがある会場です」
「広い会場ね。今回の廃遊園地もかなり大きかったけれど、そこはどれくらいの広さなの?」
「一ヶ所は、住人がいなくなった廃島です。いわゆる無人島というやつです。島のあちらこちらに、住人が使っていた施設がそのままの形で残っています」
「無人島ね──。外部からの邪魔は入らないし、ゲームをするにはもってこいの会場だけど、余りにも広すぎるわね」
「それでは、もうひとつの候補地はどうですか? こちらは村民がいなくなった山奥の廃村なんですが──」
「廃村ね──」
「ええ、こちらも村民が使っていた住居がそのままの形で残っています」
「廃島に廃村──。どちらも13時間以内にゲームを決着付けるには、少し広すぎはしないかしら?」
「そういうことでしたら、ゲームのルールを少し変更するというのはどうでしょうか?」
「ルールの変更ね──。確かに会場が広い分、ゲーム時間や参加人数の調整をするのはいいかもしれないわね。ゲーム時間を13時間じゃなくて、130時間にするとか。あるいは13日にするとか。もしくは参加者を13人から130人に増やすとか。──まあ、いずれにしても、これは少し考察する必要がありそうね」
「わたくしも更なる会場の候補地を探すことにいたします」
「──ところで、その廃島と廃村だけど、ここからだとどちらが近いの?」
「廃村の方が近くになりますが──」
「それじゃ、とりあえず、そちらに車で向かってくれる? 実際に目で見てみないと、なんとも言えないから」
「分かりました。では、ナビを設定しますので──」
紫人がダッシュボードに取り付けられているカーナビに左手を伸ばした。現在、カーナビの画面は地図表示ではなく、テレビのニュース映像が映っている。
そのとき突然、臨時ニュースに切り替わった。
『本日、都内で妊婦が男に襲われる事件が発生しました。男は顔中に包帯を巻き付けており、年齢は不明とのこと。また事件現場では、妊婦を助けずに黙ってスマホを向けていた喪服姿の不審な女が目撃されており、警察は男との関係を調査中とのことです』
「こんな昼日中に、さっそく仕出かしたようですね。──あの男、本当に生かしておいてよろしかったのですか?」
紫人がカーナビの住所設定をしながら伺い立てる。
「世の中、善人ばかりでは余りにもつまらなすぎるでしょ? 少しくらいの刺激を与えてあげないと」
「──怖いことをさらっと仰る」
「私は死神なんだから怖いことを言うのは当然よ。それに世の中の人間がすべて善人だったら、そもそも死神の出る幕なんてないでしょ? いろんな人間がいるからこそ、私たちの出番があるのよ」
「それは仰るとおりでございますね」
「今の人間の世界を見る限り、当分の間、私たちの出番がなくなることはなさそうな感じがするけど。──それじゃ、私は現地に付くまでの間、少し休ませてもらうことにするわ」
美佳はシートに背中を預けて、再び目を閉じた。
もしも世界があの少年のような人間で溢れていたら──。
もしも自らの命も顧みずに他人を助けられる人間で溢れていたら──。
世界は変わるのだろうか? 世界は慈愛に満ちた平和な姿になるのだろうか?
いや、そんなことを考えたところで、劇的に人間の世界が変わるわけはないか。
まったく、私は何をつまらないことを考えているのか──。
それとも、あの少年に感化でもされたのか――。
美佳は心の中でひとりごちた。美佳本人は気付いていなかったが、死神と呼ばれる氷の美女の口元には、どこか人間くさい苦笑にも似た笑みがひっそりと浮いていた。
――――――――――――――――
紫人はルームミラー越しにご主人様の表情の変化に気付いたが、運転という職務に忠実に従事していたので、そのことについて敢えてご主人様に問うたりすることはなかった。
「それでは、これから廃村に向かいます──」
紫人がアクセルを踏み込むと、高級車は美しいエンジン音を奏でながら、スムーズに加速していった。
苦笑を浮かべる死神と、しかつめらしい顔をした運転手という、おかしな2人組によるドライブは、現地に到着するまで続くのだった。
終わり
「お話の方はお済みになられたのですか?」
運転席に座る男がさっそく声を掛けてくる。
「ええ、終わったわ」
「あの少年も、自分が助けられたことにさぞかし驚いていたんじゃないですか?」
男の折り目正しい物言いから、2人の関係性が見て取れる。
「そうね、案外冷静だったわよ。決定的な部分には気付いていなかったけれど、薄々は分かっていた感じね」
美佳の言葉の響きには、話に出てきた少年に対する敬慕が感じられた。
「そうでしたか。確かになかなかに骨のある少年でしたからね」
「あなたも良いゲーム参加者をスカウトしたわね」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
男がルームミラー越しに深く頭を下げる。
「それでは、そろそろお車の方をお出ししてもよろしいでしょうか?」
「とりあえず、その辺を軽く流してもらえるかしら」
「分かりました──」
運転席の男が車を優雅に発進させる。サラリーマン然とした男の正体は紫人である。
紫人――つまり、死人《しびと》というわけだ。
あるときは死神の代理人であり、またあるときは、イツカのお抱え運転手《ショーファー》であったりする。
美佳は後部座席の背もたれに深く体を預けた。ゆっくりと目を閉じて瞑想状態に入る。
十数秒後、再び目を開けたとき、その表情は一変していた。さきほどまで感じられた柔和な雰囲気は一切消えてなくなり、怖いくらいの冴え冴えとした表情が浮かんでいた。
まさに死神の顔である。
「そういえば県警の本部長から連絡はあったかしら?」
「はい。さきほど、ようやくすべて落ち着くところに落ち着いたと連絡がありました」
「三ヶ月も時間が掛かるなんて、本当にお役所仕事ね」
「悪徳刑事と暴力団組織の癒着に、さらに幾つかの詐欺事件との関わりなど、いろいろありましたからね。警察としても話の落とし所を探るのに、時間が掛かったのかもしれないですね」
「そして、県警の本部長はその成果が認められて、晴れて警察庁へ栄転になったのでしょ?」
「はい、そのようです。美佳様にもお礼の言葉を言ってましたよ」
「お礼なら言葉だけじゃなく、ちゃんとした行動で返してもらわないとね。彼の力を貸してもらうのはこれからなんだから。その為にも、彼にはもっと出世してもらわないと」
「警察庁の力を動かせるようになれば、こちらとしても俄然行動しやすくなりますね。美佳様はそこまでお考えのうえで、今回のゲームを実施した訳なんですね?」
「権力に擦り寄るつもりは毛頭無いけど、使える権力をしっかりと押さえておくことは無駄ではないから。死神が人間の魂を集めてそれで終わりというのは、人間が勝手に抱いた妄想なのよ。漫画やアニメの世界ならそれでもいいけど、現実の世界は権力者を中心として回っているのだから、私たちもそれに積極的に関わっていかないと置いていかれてしまうだけよ。死神の力と権力が合わさったとき、どんなことが出来るようになるか、今から楽しみでしょ?」
死神の顔に氷の笑みが浮いた。見る者全てに絶望を感じさせるような、そんな笑みだった。
「美佳様と一緒にいると、本当に勉強になります。これからもご指導のほど、よろしくお願いします」
紫人の言葉には、深い畏敬の念が込められていた。
「――それはそうと、私が頼んでおいた件はどうなったかしら?」
「それでしたら非常にいい会場が幾つか見付かりました。しかも、かなりの広さがある会場です」
「広い会場ね。今回の廃遊園地もかなり大きかったけれど、そこはどれくらいの広さなの?」
「一ヶ所は、住人がいなくなった廃島です。いわゆる無人島というやつです。島のあちらこちらに、住人が使っていた施設がそのままの形で残っています」
「無人島ね──。外部からの邪魔は入らないし、ゲームをするにはもってこいの会場だけど、余りにも広すぎるわね」
「それでは、もうひとつの候補地はどうですか? こちらは村民がいなくなった山奥の廃村なんですが──」
「廃村ね──」
「ええ、こちらも村民が使っていた住居がそのままの形で残っています」
「廃島に廃村──。どちらも13時間以内にゲームを決着付けるには、少し広すぎはしないかしら?」
「そういうことでしたら、ゲームのルールを少し変更するというのはどうでしょうか?」
「ルールの変更ね──。確かに会場が広い分、ゲーム時間や参加人数の調整をするのはいいかもしれないわね。ゲーム時間を13時間じゃなくて、130時間にするとか。あるいは13日にするとか。もしくは参加者を13人から130人に増やすとか。──まあ、いずれにしても、これは少し考察する必要がありそうね」
「わたくしも更なる会場の候補地を探すことにいたします」
「──ところで、その廃島と廃村だけど、ここからだとどちらが近いの?」
「廃村の方が近くになりますが──」
「それじゃ、とりあえず、そちらに車で向かってくれる? 実際に目で見てみないと、なんとも言えないから」
「分かりました。では、ナビを設定しますので──」
紫人がダッシュボードに取り付けられているカーナビに左手を伸ばした。現在、カーナビの画面は地図表示ではなく、テレビのニュース映像が映っている。
そのとき突然、臨時ニュースに切り替わった。
『本日、都内で妊婦が男に襲われる事件が発生しました。男は顔中に包帯を巻き付けており、年齢は不明とのこと。また事件現場では、妊婦を助けずに黙ってスマホを向けていた喪服姿の不審な女が目撃されており、警察は男との関係を調査中とのことです』
「こんな昼日中に、さっそく仕出かしたようですね。──あの男、本当に生かしておいてよろしかったのですか?」
紫人がカーナビの住所設定をしながら伺い立てる。
「世の中、善人ばかりでは余りにもつまらなすぎるでしょ? 少しくらいの刺激を与えてあげないと」
「──怖いことをさらっと仰る」
「私は死神なんだから怖いことを言うのは当然よ。それに世の中の人間がすべて善人だったら、そもそも死神の出る幕なんてないでしょ? いろんな人間がいるからこそ、私たちの出番があるのよ」
「それは仰るとおりでございますね」
「今の人間の世界を見る限り、当分の間、私たちの出番がなくなることはなさそうな感じがするけど。──それじゃ、私は現地に付くまでの間、少し休ませてもらうことにするわ」
美佳はシートに背中を預けて、再び目を閉じた。
もしも世界があの少年のような人間で溢れていたら──。
もしも自らの命も顧みずに他人を助けられる人間で溢れていたら──。
世界は変わるのだろうか? 世界は慈愛に満ちた平和な姿になるのだろうか?
いや、そんなことを考えたところで、劇的に人間の世界が変わるわけはないか。
まったく、私は何をつまらないことを考えているのか──。
それとも、あの少年に感化でもされたのか――。
美佳は心の中でひとりごちた。美佳本人は気付いていなかったが、死神と呼ばれる氷の美女の口元には、どこか人間くさい苦笑にも似た笑みがひっそりと浮いていた。
――――――――――――――――
紫人はルームミラー越しにご主人様の表情の変化に気付いたが、運転という職務に忠実に従事していたので、そのことについて敢えてご主人様に問うたりすることはなかった。
「それでは、これから廃村に向かいます──」
紫人がアクセルを踏み込むと、高級車は美しいエンジン音を奏でながら、スムーズに加速していった。
苦笑を浮かべる死神と、しかつめらしい顔をした運転手という、おかしな2人組によるドライブは、現地に到着するまで続くのだった。
終わり
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ルール
新菜いに/丹㑚仁戻
ホラー
放課後の恒例となった、友達同士でする怪談話。
その日聞いた怪談は、実は高校の近所が舞台となっていた。
主人公の亜美は怖がりだったが、周りの好奇心に押されその場所へと向かうことに。
その怪談は何を伝えようとしていたのか――その意味を知ったときには、もう遅い。
□第6回ホラー・ミステリー小説大賞にて奨励賞をいただきました□
※章ごとに登場人物や時代が変わる連作短編のような構成です(第一章と最後の二章は同じ登場人物)。
※結構グロいです。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。
©2022 新菜いに
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
放浪さんの放浪記
山代裕春
ホラー
閲覧していただきありがとうございます
注意!過激な表現が含まれています
苦手な方はそっとバックしてください
登場人物
放浪さん
明るい性格だが影がある
怪談と番茶とお菓子が大好き
嫌いなものは、家族(特に母親)
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる