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第二部 ジェノサイド
第59話 もうひとつの結末
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――――――――――――――――
残り時間――0分
残りデストラップ――0個
残り生存者――2名
死亡者――12名
重体によるゲーム参加不能者――5名
――――――――――――――――
深い暗闇の底からゆっくりと浮き上がっていく感覚。
これと同じような感覚を以前にも経験したことがある。
あれはいつのことだったか……?
雷に体を打たれて死の底に落ちたことがある。工事中の病院で行われた前回の『デス13ゲーム』で、勝利まであと一歩のところで落雷にあい、全身に雷撃を受けたのだ。そのまま死の国に向かうのだと覚悟した。
だが、運び込まれた病院での懸命な蘇生処置のお陰で一命をとりとめた。暗闇の底に引きこまれかけていた意識を取り戻したのだ。
そうだった……あのときも、魂が舞い上がっていくような……妙に心地の良い浮遊感を経験したな……。
その結果、再び現世に舞い戻ってくることが出来た。
もっとも、その代償は大きかった。命こそ取り戻すことが出来たが、雷の衝撃によって受けた火傷の跡が顔中に残ってしまった。初めて鏡で自分の無惨な顔を見たときには、思わず別人が映っているのではないかと疑ってしまったほどである。
病院に入院中は、人々の視線が化け物と化した自分の顔に集中した。中には明らかに侮蔑の眼差しを向ける者もいた。
そういう人間は後でトイレでひとりきりでいるところを狙って、自分と同じように顔中を切り刻んでやった。二目と見られないほどの顔にしてやった。
2人ほど同じ目に合わせたところで、病院にいられなくなった。
それも当たり前である。院内で顔を切り刻むような猟奇的な行いをする者はひとりしかいなかったのだ。
化け物の顔をした入院患者──瑛斗である。
瑛斗は警察に突き出される前に、病院からの逃亡を図った。逃げるあてなどまったくなかったが、警察には絶対に捕まりたくなかったのだ。
瑛斗は前科持ちだった。未成年のときに、妊婦の腹を切り裂いてそこから赤ちゃんを取り出そうとして捕まったことがある。今度捕まったら、何年刑務所暮らしを喰らうか分かったものではない。
だが逃走するにあたって、ひとつだけ困ったことがあった。逃走資金ではない。そんな金などは誰かを襲って奪えばいいだけである。
一番の問題は火傷の跡が残る『顔』だった。この顔のままでは、どこに行っても嫌でも目立ってしまう。
そんな風に困っている瑛斗に、救いの手を差し伸べてくれた奇特な人間がいた。
死神の代理人──紫人である。
「ゲームに勝ち残れば、その顔の傷跡をきれいに無くす為の治療費を全額ご用意致しますよ」
瑛斗はもちろん紫人の誘いに乗った。そして、二度目となる『デス13ゲーム』に参加したのだった。
瑛斗の目的はただひとつ──ゲームに勝って、賞金を得ることである。だから、前回のゲームのときのような失敗はしないように心がけた。
前回のゲームでは、参加者の中にいた妊婦の存在にばかり気が向いてしまい、結局、それが負ける要因になってしまったのだ。
だから、今回はゲームに勝ち残ることだけに集中しようと思った。
しかし、あるひとりの女性の存在によって、瑛斗の考えは変わった。
喪服を着た美女──毒島櫻子。
自分と同じ闇の雰囲気をまとった櫻子の正体がどうしても気になってしまった。だから、瑛斗はゲームを無視して、櫻子を追いかけることにした。その結果──。
また最後の最後でやられたってわけか……。
脇腹にズギズギと鈍痛がある。肋骨が折れているのだ。口元と顎もひどく痛む。前歯をへし折られて、顎が粉砕しているのだ。痛くて当然だった。
何よりも激しい痛みがあるのが右目だった。
ギチギチと脳天を抉るような鋭い痛みが、絶えず眼窩の奥で生じている。それも当然だった。右目を無理やりに潰されたのだから――。
そうか、この激痛のせいで目が覚めたのか……。
そんな気さえしてくる。
まあ、右目は無くしたが、こうして現世に舞い戻ってこられたのならば、ラッキーといえるかもしれないけどな……。
自分の死に対して、どこか他人事のように考える瑛斗である。
それじゃ、そろそろ起きるとするか。
両足に力を入れて立ち上がろうとしたが、なぜか左足に力がまったく入らずに、立ち上がることが出来なかった。
肋骨だけじゃなくて、左足まで痛めたみたいだな……。
とりあえず静かに目を開けて、自分の体の状態を確認してみることにした。
するとすぐ目の前に天使の顔があった。しかし、間違っても天国に招かれるわけはない。自分には天国へ行く資格がないことぐらい分かっているから。
そうか、この子は……天使ではないんだ……。天使というよりは──むしろ、死神といった方が近いな……。
「だあ、ぎびが……(やあ、君か……)」
瑛斗は濁音混じりの声を口から漏らした。
「ぎびが、ばずでげぐれがごか……?(君が、助けてくれたのか……?)」
喪服を着ている天使の顔をした死神が軽く頷いてみせた。
「私はバスが爆発する前に脱出していたから無事だった。あの刑事もあなたを痛めつけることに夢中で、私の行動には気が付かなかったみたい」
「ぞうがっだぼか……(そうだったのか……)」
「あなたは爆発に巻き込まれたけれど、九死に一生を得たのよ。もっとも、左足とは今生のお別れをすることになってしまったみたいだけれど」
口調を一切変えることなく、怖いことをさらっと言ってのけた。やはりこの女性は天使などではない。紛れもなく死神の思考の持ち主である。
「ぎがりばじ……?(ひだりあし……?)」
頭を動かそうとしたが痛みが走るので、目だけを動かした。自分の胸が見えて、腰が見えて、でも、その先にあるはずの左足がどこにも見えなかった。
「全壊したバスからあなたの体をなんとか引っ張り出したのだけれど、そのときにはもう左足は無かったわ。おそらく爆発の衝撃で千切れ飛んだのかもしれないわね」
ひどくあっさりとした言い方で衝撃的な事実を話す喪服美女。
つまり命の代償として、右目と左足を失ったってことか……。これじゃ、左足に力が入らないのも当前だな……。もっとも、無くなったものはもう元には戻せないからしょうがないけどな……。
冷静に今の自分の状態を把握する瑛斗。
「もっと早く助けに来れば良かったんだけど、観覧車に潰された遺体を観察するのに時間が掛かってしまって。永遠にずっと見ていられるほど、うっとりするくらい素敵な遺体だったわ」
空恐ろしいことをまるで世間話でもするかのように言い放つ喪服美女。
「それであなたはこれからどうするの? もうゲームは終了したわよ」
声に出すのが辛くなってきたので、目だけで聞き返した。
『君は?』
「私はゲーム勝者となって、無事に賞金を獲得したわ。でもその賞金以上に、今夜はゲーム内でたくさんの遺体を見られたから満足している。だから、賞金はあなたの為に使おうと考えているの」
『僕に……?』
「だって、あなたは今日、私に遺体のある場所をいろいろと教えてくれたでしょ? そのお礼といったところよ」
『お礼……?』
「さっき紫人さんにメールで確認したら、賞金の贈与は認められるという返事をもらったから安心して」
『賞金か……』
「賞金があれば、その顔中に残るひどい傷跡も、それから今日のゲーム内で受けた傷の治療も、全部出来るんじゃないかしら?」
喪服美女の申し出は非常にありがたかったが、ひとつだけひっかかる点があった。だから声に出して訊いてみた。
「どうぎでだずげうんが?(どうして助けるんだ?)」
「あなたと一緒にいれば、もっとたくさんの種類の遺体を、もっと心躍るような素敵な遺体を、もっともっと見られるんじゃないかと思ったからよ」
喪服美女──櫻子の答えは簡潔にして明快だった。しかし、このおよそ有りえない解答を聞いて、納得出来る人間など限りなくゼロに近いだろう。
でも、決してゼロではないのだ。なぜならば──。
「ぞのぼうじでを……がりばだく、うぜるごとにずる……。(その申し出を……ありがたく、受けることにする……)」
瑛斗は櫻子の申し出を快く了承したのだった。
2人の狂心が互いに共鳴し、反響し、そして新たな闇が生まれ堕ちた瞬間だった。
果たして、その闇が今後どのような結果をこの2人にもたらすかは、神のみぞ──いや、神ですらあずかり知らぬことであった――。
残り時間――0分
残りデストラップ――0個
残り生存者――2名
死亡者――12名
重体によるゲーム参加不能者――5名
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深い暗闇の底からゆっくりと浮き上がっていく感覚。
これと同じような感覚を以前にも経験したことがある。
あれはいつのことだったか……?
雷に体を打たれて死の底に落ちたことがある。工事中の病院で行われた前回の『デス13ゲーム』で、勝利まであと一歩のところで落雷にあい、全身に雷撃を受けたのだ。そのまま死の国に向かうのだと覚悟した。
だが、運び込まれた病院での懸命な蘇生処置のお陰で一命をとりとめた。暗闇の底に引きこまれかけていた意識を取り戻したのだ。
そうだった……あのときも、魂が舞い上がっていくような……妙に心地の良い浮遊感を経験したな……。
その結果、再び現世に舞い戻ってくることが出来た。
もっとも、その代償は大きかった。命こそ取り戻すことが出来たが、雷の衝撃によって受けた火傷の跡が顔中に残ってしまった。初めて鏡で自分の無惨な顔を見たときには、思わず別人が映っているのではないかと疑ってしまったほどである。
病院に入院中は、人々の視線が化け物と化した自分の顔に集中した。中には明らかに侮蔑の眼差しを向ける者もいた。
そういう人間は後でトイレでひとりきりでいるところを狙って、自分と同じように顔中を切り刻んでやった。二目と見られないほどの顔にしてやった。
2人ほど同じ目に合わせたところで、病院にいられなくなった。
それも当たり前である。院内で顔を切り刻むような猟奇的な行いをする者はひとりしかいなかったのだ。
化け物の顔をした入院患者──瑛斗である。
瑛斗は警察に突き出される前に、病院からの逃亡を図った。逃げるあてなどまったくなかったが、警察には絶対に捕まりたくなかったのだ。
瑛斗は前科持ちだった。未成年のときに、妊婦の腹を切り裂いてそこから赤ちゃんを取り出そうとして捕まったことがある。今度捕まったら、何年刑務所暮らしを喰らうか分かったものではない。
だが逃走するにあたって、ひとつだけ困ったことがあった。逃走資金ではない。そんな金などは誰かを襲って奪えばいいだけである。
一番の問題は火傷の跡が残る『顔』だった。この顔のままでは、どこに行っても嫌でも目立ってしまう。
そんな風に困っている瑛斗に、救いの手を差し伸べてくれた奇特な人間がいた。
死神の代理人──紫人である。
「ゲームに勝ち残れば、その顔の傷跡をきれいに無くす為の治療費を全額ご用意致しますよ」
瑛斗はもちろん紫人の誘いに乗った。そして、二度目となる『デス13ゲーム』に参加したのだった。
瑛斗の目的はただひとつ──ゲームに勝って、賞金を得ることである。だから、前回のゲームのときのような失敗はしないように心がけた。
前回のゲームでは、参加者の中にいた妊婦の存在にばかり気が向いてしまい、結局、それが負ける要因になってしまったのだ。
だから、今回はゲームに勝ち残ることだけに集中しようと思った。
しかし、あるひとりの女性の存在によって、瑛斗の考えは変わった。
喪服を着た美女──毒島櫻子。
自分と同じ闇の雰囲気をまとった櫻子の正体がどうしても気になってしまった。だから、瑛斗はゲームを無視して、櫻子を追いかけることにした。その結果──。
また最後の最後でやられたってわけか……。
脇腹にズギズギと鈍痛がある。肋骨が折れているのだ。口元と顎もひどく痛む。前歯をへし折られて、顎が粉砕しているのだ。痛くて当然だった。
何よりも激しい痛みがあるのが右目だった。
ギチギチと脳天を抉るような鋭い痛みが、絶えず眼窩の奥で生じている。それも当然だった。右目を無理やりに潰されたのだから――。
そうか、この激痛のせいで目が覚めたのか……。
そんな気さえしてくる。
まあ、右目は無くしたが、こうして現世に舞い戻ってこられたのならば、ラッキーといえるかもしれないけどな……。
自分の死に対して、どこか他人事のように考える瑛斗である。
それじゃ、そろそろ起きるとするか。
両足に力を入れて立ち上がろうとしたが、なぜか左足に力がまったく入らずに、立ち上がることが出来なかった。
肋骨だけじゃなくて、左足まで痛めたみたいだな……。
とりあえず静かに目を開けて、自分の体の状態を確認してみることにした。
するとすぐ目の前に天使の顔があった。しかし、間違っても天国に招かれるわけはない。自分には天国へ行く資格がないことぐらい分かっているから。
そうか、この子は……天使ではないんだ……。天使というよりは──むしろ、死神といった方が近いな……。
「だあ、ぎびが……(やあ、君か……)」
瑛斗は濁音混じりの声を口から漏らした。
「ぎびが、ばずでげぐれがごか……?(君が、助けてくれたのか……?)」
喪服を着ている天使の顔をした死神が軽く頷いてみせた。
「私はバスが爆発する前に脱出していたから無事だった。あの刑事もあなたを痛めつけることに夢中で、私の行動には気が付かなかったみたい」
「ぞうがっだぼか……(そうだったのか……)」
「あなたは爆発に巻き込まれたけれど、九死に一生を得たのよ。もっとも、左足とは今生のお別れをすることになってしまったみたいだけれど」
口調を一切変えることなく、怖いことをさらっと言ってのけた。やはりこの女性は天使などではない。紛れもなく死神の思考の持ち主である。
「ぎがりばじ……?(ひだりあし……?)」
頭を動かそうとしたが痛みが走るので、目だけを動かした。自分の胸が見えて、腰が見えて、でも、その先にあるはずの左足がどこにも見えなかった。
「全壊したバスからあなたの体をなんとか引っ張り出したのだけれど、そのときにはもう左足は無かったわ。おそらく爆発の衝撃で千切れ飛んだのかもしれないわね」
ひどくあっさりとした言い方で衝撃的な事実を話す喪服美女。
つまり命の代償として、右目と左足を失ったってことか……。これじゃ、左足に力が入らないのも当前だな……。もっとも、無くなったものはもう元には戻せないからしょうがないけどな……。
冷静に今の自分の状態を把握する瑛斗。
「もっと早く助けに来れば良かったんだけど、観覧車に潰された遺体を観察するのに時間が掛かってしまって。永遠にずっと見ていられるほど、うっとりするくらい素敵な遺体だったわ」
空恐ろしいことをまるで世間話でもするかのように言い放つ喪服美女。
「それであなたはこれからどうするの? もうゲームは終了したわよ」
声に出すのが辛くなってきたので、目だけで聞き返した。
『君は?』
「私はゲーム勝者となって、無事に賞金を獲得したわ。でもその賞金以上に、今夜はゲーム内でたくさんの遺体を見られたから満足している。だから、賞金はあなたの為に使おうと考えているの」
『僕に……?』
「だって、あなたは今日、私に遺体のある場所をいろいろと教えてくれたでしょ? そのお礼といったところよ」
『お礼……?』
「さっき紫人さんにメールで確認したら、賞金の贈与は認められるという返事をもらったから安心して」
『賞金か……』
「賞金があれば、その顔中に残るひどい傷跡も、それから今日のゲーム内で受けた傷の治療も、全部出来るんじゃないかしら?」
喪服美女の申し出は非常にありがたかったが、ひとつだけひっかかる点があった。だから声に出して訊いてみた。
「どうぎでだずげうんが?(どうして助けるんだ?)」
「あなたと一緒にいれば、もっとたくさんの種類の遺体を、もっと心躍るような素敵な遺体を、もっともっと見られるんじゃないかと思ったからよ」
喪服美女──櫻子の答えは簡潔にして明快だった。しかし、このおよそ有りえない解答を聞いて、納得出来る人間など限りなくゼロに近いだろう。
でも、決してゼロではないのだ。なぜならば──。
「ぞのぼうじでを……がりばだく、うぜるごとにずる……。(その申し出を……ありがたく、受けることにする……)」
瑛斗は櫻子の申し出を快く了承したのだった。
2人の狂心が互いに共鳴し、反響し、そして新たな闇が生まれ堕ちた瞬間だった。
果たして、その闇が今後どのような結果をこの2人にもたらすかは、神のみぞ──いや、神ですらあずかり知らぬことであった――。
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