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第二部 ジェノサイド

第56話 三つ巴の戦いの果て その3 第十四の犠牲者

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 残り時間――23分  

 残りデストラップ――2個

 残り生存者――6名     
  
 死亡者――11名   

 重体によるゲーム参加不能者――2名

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 バスの床下から猛然と吹き上がる白煙を見て、一瞬身構えてしまったが、すぐさま次の行動に移れたのは、刑事ならではの鋭い判断だった。

「逃がすかよっ!」

 阿久野は視界を遮る白煙越しにすかさず発砲した。だが、撃った瞬間に狙いがズレたと分かった。視覚で確認せずとも、長年の直感で分かる。

 すぐさま二発目を発砲した。さらに続けざまに三発目を撃とうとしたとき、聞き馴染みのある甲高い音が聞こえてきた。


 ピューフュルルルルゥゥーーー!


 この音──さっき野犬が襲い掛かってきたときに聞こえてきた音と同じじゃねえか! まさか、また野犬が襲ってくるのか? あの犬以外にもまだいたのかよ!


 バスから逃げ出したスオウたちのことを仕留めるのは一旦諦めて、次に襲ってくるであろう野犬に対する警戒を固めた。同時にもうひとつやることがあった。すぐ傍にいる瑛斗の左右の足の太ももに、素早く銃弾を一発ずつ撃ち込む。スオウたちを逃がしたのは痛かったが、積年の恨みが篭ったこの男までむざむざ逃がすわけにはいかない。

「ぐぎぐううぅ……」

 瑛斗が腰から崩れるようにして、床の上に倒れこんだ。

「きさまの処刑は後回しだ。そこで大人しく寝ていやがれっ!」

 瑛斗に対する処置を簡易的に済ませると、再び周囲に警戒の視線を向ける。しかし、予想していた野犬の姿はなかなか現われずに、代わりにバスの床にカツンと落ちてきたものがあった。

 白煙を上げる筒状の物体──発煙筒である。途端に、周囲に濛々と白煙が立ち込めていく。


 さっきの発煙筒じゃねえか……。まさか、野犬がこいつを咥えてバスの中に入れたとでもいうのか……?


 瞬時に状況を読み解くのも刑事ならではある。例え悪徳刑事に堕ちようとも、刑事としての勘は失っていないのだ。

「クソが! てめえらの好きにはさせねえぞ!」

 叫びながら四方に向けて銃を乱射する。何かを狙って発砲したのではない。敵を寄せ付けない為に、わざと発砲したのである。そもそも、この白煙まみれの視界の中では狙いを付けることは出来ない。

「うぎっ……うぐぐぅ……」

 阿久野の足元の近くで、撃たれた瑛斗が呻き声をあげる。

「うるせんだよっ! 気が散るだろうがっ! きさまは黙って転がってろっ!」

 傷付いていない左足で、有無を言わさず瑛斗の脇腹目掛けて容赦のない蹴りを入れる。さらに蹴り付ける。さらにさらに蹴り付ける。瑛斗の脇の辺りから、ゴグギッという篭った音がした。肋骨が折れた音である。それでも蹴るのを止めない。何度も蹴り付ける。折れた骨が内臓を傷付けたのか、瑛斗の口から血の塊がぶしゅっと噴き出た。床の上にべったりと血で描かれた絵画が浮かび上がる。

「…………」

 そこで瑛斗は静かになった。呻き声は止んで、代わりに細い呼吸音だけが口から漏れ出る。

「クソ人間がっ! 手間を掛けさせるんじゃねえよ! これでようやく犬の方に集中出来るぜ。──さあ、どっからでも掛かってきやがれ! 俺が相手をしてやるっ!」

 阿久野はさらに辺り構わず銃を乱射した。


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 地獄と化した電気バスの車内からほうほうの体で逃げ出してきたスオウと春元は、近くに停めてあった別の電気バスの陰に急いで逃げ込んだ。途端に、硬く張っていた肩の力がふっと抜ける。地面にイツカを降ろすと、ようやく安堵感が生まれて、ほっと一息着けた。

 2人が隠れた電気バスは、さきほど春元が見付けたと言っていた園内周回用の別の電気バスである。春元がここまで運転してきたのだろう。車内にはヴァニラが乗せられているのも見て取れた。

「とりあえず、ここまで逃げればもう大丈夫だろう。イツカちゃんをバスに乗せたら、オレたちもさっさと出口まで逃げるとしよう」

 春元がすぐに地面から腰を上げる。

「悪いんですが、春元さん、イツカのことを頼みます」

 スオウは真剣な眼差しで春元の顔を見詰めた。

「えっ? どういうことだい? スオウ君、君も一緒に逃げるん──」

「この場に恩人を残していくわけにはいきませんので」

「恩人って……?」

「さっきの笛の音は美佳さんが吹いた指笛なんです。たぶん犬に命令をして、発煙筒をバスの中に入れたんだと思います」

「美佳ちゃんはそんなことが出来るのか?」

「ええ、最初に阿久野と対峙したときにも、同じように美佳さんが指笛で呼んでくれた犬に助けられましたから」

「そういえば慧登君もあの子の指笛に助けられたという話をしていたよな。あれはこういう意味だったのか。ただ、美佳ちゃんが君の恩人だというのは分かったが、このままバスに戻って大丈夫なのか? あいつはまだあそこにいるんだぞ?」

 春元は依然として白煙で覆われている電気バスに警戒の目を向けた。さきほどから散発的に銃声も聞こえてくる。あの白煙の中で阿久野が発砲しているのだろう。一緒に阿久野の野太い声も響いてくる。

「大丈夫です。おれにはひとつ策がありますから。あの『白煙』が鍵になるんです」

「どういうことだ?」

「デストラップですよ。詳しい話をしている時間がないので今は省きますが、あのバスは爆発します。その爆発のデストラップを上手く使えば、あの刑事に勝てると思います」

「爆発のデストラップか……。よし、何か策があるというのなら止めはしない。ただ確認するが、命懸けの特攻をしようっていうわけじゃないんだよな?」

「ええ、間違ってもそんなことはしませんから」

 スオウは笑顔を浮かべて春元を安心させた。若干硬い笑顔だったかもしれないが、春元はスオウの気持ちを察してくれたらしい。

「スオウ君の気持ちは分かった。とにかく十分に気をつけるんだぞ。オレは安全な場所までバスを動かしたら、そこで待機しているからな。君と美佳ちゃんの姿が見えたら、すぐにバスを走らせて迎えに行くから!」

「そのときはお願いします」

 スオウはさっと右手を差し出した。春元も右手を出してきた。そこでお互いにがっちりと握手を交わす。

「ここで『絶対に死ぬなよ』って言ったら、死亡フラグになっちまうから言わないぞ。──だから、こう言わせてもらう。──スオウ君、『絶対に生きろよ!』」

 温かくも力強い春元の言葉だった。

「はい、絶対に生きます!」

 スオウは春元の目を見て、同じように力強く頷いた。それから傍らのイツカに目を向けた。血の気を失った蒼白い顔。呼吸は糸のように細く、意識して聞いていないと、呼吸音が聞こえないほどだ。本当なら今すぐにでも病院に運びたいのだが、そういうわけにはいかない。

「イツカ、苦しいと思うけど、あと少しでゲームが終わるからな。それまでなんとか頑張ってくれよ。おれは美佳さんを助けにいってくるから。おれたちを助けてくれた恩人を見放すわけにはいかないだろう? 必ず美佳さんを連れて戻ってくるから。イツカはバスで待っててくれよな」

 どれだけ言葉を費やしても、まだ足りない。だがデストラップが発動する時間は、もうそこまで迫っている。

「行ってくるよ──」

 後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、最後に一言搾り出すと、スオウはたった今逃げ出してきたばかりの白い地獄へと舞い戻るべく、硬い表情のまま走り出した。


 ――――――――――――――――


 白煙の中に、黒い物体の姿が一瞬チラッと見えた。野犬に間違いない。

「そこか!」

 阿久野は銃口を振り向けて、迷うことなく発砲した。

 しかし黒い物体はすぐに白煙に紛れてしまい、銃弾が当たったかどうか確認することが出来なかった。

「隠れてないで出てきやがれ!」

 視線の先の白煙に向けてさらに何発か銃を連射した。

 突然、ヒュンッという軽い音を伴って、白煙の中から躍り出てきたものがあった。白い世界に生まれた漆黒の闇の塊。空中で口を大きく開くと、そこから鋭利な牙が何本も姿を見せた。

「やっと出てきやがったか! てめえの攻撃パターンはもうお見通しなんだよっ!」

 阿久野は拳銃を握った右手を自ら野犬の方に差し出した。

 空中を飛んで襲い掛かってきた野犬が、目の前に出された阿久野の右手に噛み付こうとする。


 パンパンパンッ!


 阿久野の右手に握られた拳銃が続けざまに火を噴いた。

 大きく開いた口から体内に数発の銃弾を浴びせられた野犬は空中で不自然に姿勢を崩すと、そのまま頭から床の上に落下した。口から血を流して倒れこんでいる瑛斗の脇に、同じように口から血を流した大きな黒い野犬が並ぶ。

「生ゴミがふたつも出来ちまったな。これこそ本当の『負け犬』ってやつだぜ」

 阿久野はふてぶてしく悪態を吐き捨てた。


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 濛々と白煙が立ち込めるバスの中を、スオウは静かに慎重に進んでいく。奥の方からは阿久野の罵声が幾たびも聞こえてくる。散発的に発砲音も聞こえる。その度に肝を冷した。それらに注意を向けつつ美佳を必死に捜す。声を出して呼ぶわけにはいかないので、視覚だけが頼りだった。


 どこにいるんだ? さっきはバスの中央付近に座っていたと思うけど……。


 美佳がバスに乗り込んだあとは、その姿を見ていない。さきほどの衝突時に怪我をしている可能性もあったが、口笛を吹いて犬を呼んだということは、意識はしっかりしているということだ。大怪我さえしていなければ、一緒に逃げることは出来ると踏んでいた。


 どこにいるんだよ……。デストラップが発動するまで、もう時間がないんだ……。早く見付けないと……。


 屋根のないオープンタイプのバスとはいえ、噴き出す煙の量が異様に多いせいか、相変わらず視界は白一色だった。

 その煙の源は二つあった。ひとつは発煙筒から出る煙。もうひとつは、最初に発生したバスの床下から湧き出てきた煙である。

 重要なのは後者だった。

 スオウは春元のスマホを手に取ったとき、火傷するほどの熱を感じた。すぐには気が付かなかったが、二度目にスマホの熱を感じたときに、この熱こそがデストラップの前兆であると考えが行きついた。最近ニュースで頻繁に話題になっていた事柄とも一致する。


 スマホの『バッテリー爆発』──。


 安価なスマホのバッテリーを長時間充電させておくと、バッテリーが膨張して、しまいには爆発してしまうのだ。そのニュースを思い出したのである。春元のスマホのバッテリーが爆発することこそが、デストラップの正体だと考えたスオウは、阿久野の凶行を止めるためにスマホを投げつけた。しかし現実は、スオウの予想した通りにはならなかった。スマホは爆発の兆候すら見せなかったのである。

 一瞬自分の考えが誤りだったのかと思ったそのとき、別の事態が起きた。バスの床下から勢い良く白煙が湧きあがってきたのである。


 このバスは『ガソリン車』ではない。走行音もエンジン音も静かな『電気バス』である。『電気』を動力源として動いているのだ! 

 その電気はどこから供給されているかといえば、バスに搭載されている車用の大型『バッテリー』から供給されているのだ!

 春元のスマホが熱を持っていたのは、スマホのバッテリーが爆発するというデストラップの前兆を表わしていたのではなかった。電気バスの『バッテリー』が爆発するということの前兆を指し示していたのだ!


 スオウは床下から噴き出る白煙を見た瞬間に、そのことを一瞬の内に理解したのである。


 白煙の出方から見て、もういつ爆発が起きてもよさそうだけど……。このまま車内にいたら確実に爆発に巻き込まれるぞ……。


 内心に焦りが生じてきた。デストラップの正体が分かっているのに、そこから逃げ出せないのでは分かっていないのと同じである。

 その時、視線の先に小さな手が見えた。真っ白い陶器のような手。


 あの肌の白さは美佳さんだ。そこの座席にいるんだな!


 スオウは急いで座席に向かった。果たして、座席の下に倒れるようにして美佳の姿があった。

「だいじょ──」

 大丈夫か、と言いそうになって、慌てて口をつぐんだ。声に出して呼びかけたら、阿久野にバレてしまう。

 手で美佳の体を軽く揺すった。すぐに美佳から反応が返ってきた。頭をゆっくりと持ち上げたのである。

『大丈夫か?』

 声には出さずに、唇だけ動かして訊いた。

『…………』

 美佳はこくんと一度小さく頷いた。


 よし、意識はあるみたいだな。このまま逃げるぞ!


 スオウは美佳の手を引っ張って、バスの廊下に出た。腰を落として、ゆっくりと乗降口に向かっていく。

 バスの床下からは依然として白煙が出続けている。心なしか、さきほどと比べてその勢いが増しているように思えた。

 いや、そればかりでない。足元から靴底を通して、じんわりとした熱を感じた。いよいよ、そのときが近付きつつあるのだ。


 やばいぞ、急がないと。せめてバスから降りていないと危険だ。


 焦る気持ちはあるが、足音を立てるわけにはいかないので、スオウと美佳の足取りは遅々として進まない。

 背後からは阿久野の銃の脅威。足元からはバッテリー爆発の脅威。

 二重の恐怖に晒されながら、スオウは美佳を伴って決死の逃避行を続ける。

 不意に、バスの床が大きく盛り上がった。一瞬足を取られて、スオウの体が斜めに大きく傾ぐ。慌てて座席に手を付いて、体勢をなんとか維持する。


 クソっ! バッテリーの膨張がもう限界まできてるんだ! こうなったら見付かる覚悟で走るしかないぞ!


 スオウは美佳の手を力強く握り締めると、乗降口を目指して足音を立てて走り出した。


 バッテリーの爆発は、もうすぐそこまで迫っていた。


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「クソ犬がっ! 邪魔なんだよっ!」

 阿久野はぐったりと倒れている野犬の体を乱暴に蹴り付た。犬の死体が床を滑っていく。愛犬家が見たら卒倒しかねない凶行である。

「ふん、死んだ犬を蹴るのは、動物虐待にはならねえよな」

 一人うそぶく。

「さてと邪魔する犬もいなくなったし、ショータイムを再開するか。もっとも観客までいなくなっちまったがな」

 阿久野は倒れている瑛斗の体に馬乗りした。瑛斗は逃げることはせず、為すがままである。あるいは逃げるだけの体力がもうないのかもしれない。

「さあ約束通り、まずはお前の右目からもらうからな。覚悟しろよ」

 手にした拳銃を瑛斗の右目に突きつけた。絶対に外すことのない距離である。

「明けることのない暗闇に堕ちやがれ!」

 迷うことなく引き金を引いた。


 カチッ。


 虚しい音が響く。銃の弾切れである。

「クソがっ!」

 銃身で床を思い切り強く殴りつけた。興奮の余り、残弾数を考えずに発砲していたのだ。

「うぐぅ……うぐぐぅぐぐうぅ……」

 阿久野の体の下から、薄気味悪い音がした。瑛斗の口角がくいっと持ち上がっている。瑛斗が阿久野の失態を見て笑っているのだ。ただ笑っているのでない。嘲笑っているのだ。

「きさまあああああっ! ごりゃあああーーーーーーっ!」

 阿久野は拳銃を投げ捨てると、素手で瑛斗の顔面を殴りつけた。瑛斗の口の端から血が飛び散る。さらに激しい憎しみを込めて殴りつける。さらに深い恨みを込めて殴りつける。両手を使って何度も何度も、強い怒りを込めて殴りつける。

 もとから凄まじい形相だった瑛斗の顔が、いっそう醜く歪んでいく。口だけではなく、鼻からも目元からも出血が起きる。古い傷口がぱっくりと割れて開いて、そこからも血が溢れ出す。顔中が血糊をぶちまけたかのように真っ赤に染まる。もはや人為らざる者の顔と化していた。異形の顔が生まれていた。

「ばだを……ぎりざいげ……がる……」

 瑛斗が濁音混じりの音を発する。

「はあ? なんだって?」

 阿久野は一瞬殴る手を休めて、聞き耳を立てた。

「ばだを……ぎりざいげ……がる……」

「はあ? 何言ってるのか、分からねえって言ってんだろうがっ! はっきり言いやがれっ!」

「ばだを……ぎりざいげ……がる……」

 無惨で酸鼻極まる状態にも関わらず、なおも口を動かし続ける瑛斗。

「はらをきりざい──?」

「ごんどおぞ……ばだを……ぎりざいげ……がる……(こんどこそはらをきりさいてやる)」

 腫れた目蓋のせいで半分以上目が隠れてしまっていたが、その瞳が確かに暗い輝きを放った。

「こんどこそ、はらをきり──」

 ようやく阿久野は瑛斗が発している音の意味に気が付いた。それは決して聞き逃すことが出来ない言葉だった。阿久野の忌まわしき過去の傷を抉る言葉だったのだ。

「きさまあああああああああああーーーーーーーっ!」

 この期に及んでまだふざけたことを言う瑛斗の口目掛けて、渾身の力を込めて右拳を叩き込んだ。

 瑛斗の前歯が数本、根元から弾け飛ぶ。さらに拳を叩き込んだ。容赦なく拳を叩き込んだ。瑛斗の口から滝のように血が流れ落ちる。阿久野の拳からも出血していた。硬い歯に当たって拳が傷付いてしまったのだ。それでも阿久野は拳を止めなかった。

 瑛斗の顎がだらんと下がった。顎の骨が砕かれて、顎の位置がずれてしまったのである。

「クソがっ! これでもう二度とふざけたことは言えなくなっただろうが!」

 阿久野は投げ捨てたばかりの拳銃を床の上から拾い上げた。

「最後にきさまにいいことを教えてやるよ。銃っていうやつはな、弾が入っていなくとも使えるんだよ。今からこの銃を使って、きさまの目を奪ってやるよっ!」

 銃口の先を躊躇うことなく瑛斗の右目に強く押し当てる。何発も発砲したばかりの為、銃身はまだかなりの熱を帯びていた。

 瑛斗の眼球の表面がじりじりと熱せられていく。あたりに言いようのない焦げ臭いにおいが立ちこめる。

「うぎぎゅぎじぎゅずぎぎぎぎぃぃぃっっっっっーーーーーーーー!」

 瑛斗の喉からガラガラ声の奇声が迸る。

「もっと悲鳴をあげさせてやるよ! 思う存分、好きなだけ叫びやがれっ!」

 阿久野は瑛斗の眼窩に銃口を無造作に突き入れた。


 ぶちゅり。


 柔らかい物が無理やり押し潰される異音がした。

「うごぎゃごわぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーー!」

 断末魔のごとき絶望的な絶叫が園内に木霊する。

「きさまの右目は俺がもらってやったぜええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっっーーーーーーー!」

 阿久野の勝ち誇る声に重なるようして──。


 電気バスのバッテリーが爆発する大轟音が世界を走り抜けていった。


 ――――――――――――――――


 電気バスの車内から降りて数歩も行かないうちに背後で耳をつんざくほどの爆音が轟いた。同時に火傷しそうなほどの熱風で体全体が包まれた。立っていることすら出来ずに、そのまま何メートルも遠くまで吹き飛ばされた。

 さきほどのバスの衝突時とは比べ物にならないほどの激烈な衝撃の波が、スオウの体を襲った。

 地面の上をゴロゴロと転がっていく。

 体中が悲鳴をあげていた。どこが痛いのか分からない。いや、体中いたるところに痛みが走った。

 激しく強く揺さぶられたせいで頭は朦朧として、目に見える世界は常にぐらぐらと揺れ続けて安定しない。


 も、も、もしかして……お、お、おれは……爆発に……巻き込、まれて……死、死、死ん、だのか……?


 余りの衝撃に死を覚悟した。


 ダ、ダ、ダメだ……死、死、死ぬわけには……いかないんだ……。こんなところで……死ぬわけにはいかない……。い、い、妹が……待っている……。イツカも……待っている……。絶対に……死んで……たまるかよっ!


 強い気持ちで何度も自分自身を鼓舞し続ける。


 だ、だ、大……丈夫……お、お、おれは……生きて……いる……。


 意識が一瞬だけ蘇る。しかし、すぐに途切れ途切れになる。暗闇に落ちたかと思ったら、次の瞬間には明るい世界へと戻って来る。そして、すぐにまた暗闇に意識が引っ張られる。

 依然として、スオウの意識は混濁と混乱で混合して、ますます混迷を深めていく。

 そのとき、スマホのメール着信音が鳴り響いた。

 あの爆発の衝撃に際しても、幸いにしてスマホはしっかりと服のポケットに無事に収まっていた。頭が虚ろな状態のまま、無意識の内に手だけを動かしてスマホを掴み出した。メールの本文を表示させる。


『 ゲーム退場者――1名 瑛斗

  
  残り時間――17分  

  残りデストラップ――1個

  残り生存者――5名     
  
  死亡者――11名   

  重体によるゲーム参加不能者――3名      』


「そ、そ、そうか……。あ、あ、あの……包帯男が……デ、デ、デストラップに、掛かった……のか……」

 スオウは呆然とつぶやいた。
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