デス13ゲーム セカンドステージ ~廃遊園地編~

鷹司

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第二部 ジェノサイド

第39話 四者四様の心理模様

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 ――――――――――――――――

 残り時間――2時間02分  

 残りデストラップ――3個

 残り生存者――10名     
  
 死亡者――8名         

 重体によるゲーム参加不能者――1名

 ――――――――――――――――


 額から流れ落ちてくる血が目に入ってしまったせいか、それともいきなり周囲の景色を包み隠した白煙のせいか、あの女を撃ち逃してしまった。

「邪魔が入ったぜっ! 絶好のチャンスを逃した!」

 男は腹立ち紛れに地面を何度も蹴り付けた。しばらく漂っていた白煙は、強い風が吹いてくると、瞬く間に流れて消えていった。目の前に再び鮮明な景色が戻ったとき、そこにあの女の姿はなく、男の死体だけが坂の途中に転がっているだけであった。

 死体には用がない。死体に金の在り処を聞いても、答えは返ってこない。いっときの逆上に駆られてあの男を殺してしまったのは失敗だったかもしれないが、連れの女が金の在り処を聞いている可能性がある。

 だとしたら、次の目標はあの女しかいない。

 あの女が何者なのか知らないが、ヤクザとしてここでおめおめと引き下がるわけにはいかない。それではメンツが丸潰れである。

 男は手に待った銃の残弾を確かめた。残り6発。女ひとりを殺すには十分な数である。

 次に車の状態を確かめる。クレーン車に激しく衝突した車は大破していた。フロントノーズは完全に折れ曲がっている。タイヤは前輪が両方とも切り裂けており、ホイールごと今にも落っこちそうである。フロントガラスは粉々に砕け散ってしまっている。さらに助手席のシートには鉄パイプが一本、墓標のように深々と突き刺さっている始末である。辺りには、鼻を突くガソリンのニオイがした。ガソリンタンクにもダメージがあるのだろう。

 エンジンを確かめるまでもなく、もはや廃車と化して使い物にならなくなっているのは一目瞭然である。

「あの女、絶対に口を割らせて、金の在り処を聞き出してやる。ついでに、この車と汚れちまったスーツの落とし前もつけてもらわねえとな」

 内心に沸々と怒りがこみ上げてくる。頭に血がのぼったせいか、止まりかけていた額の傷口から、また血が垂れてきた。

「忘れてたぜ、この傷の落とし前もしっかりつけねえとな!」

 男はギリッと奥歯を噛み締めた。これほどの事故を起こしていながら、額の傷以外、どこにも怪我を負っていないのは不幸中の幸いだった。

「もっともあの女にとっては、俺がこうして無事でいることは不幸かもしれないがな」

 男は酷薄な笑みを浮かべると、とりあえず女が逃げて行ったと思われる坂道をゆっくりと登っていく。

 動く体と銃があれば、まだ十二分に戦える。そして、必ず勝つ。

 ヤクザの自分が、素人の女に負けるわけなどないのだから──。


 ――――――――――――――――


 お面を付けた男は、物陰から坂道を歩いていく男の様子をじっと伺っていた。坂道を歩く男はある暴力的な組織に所属している人間で、組織の中ではナンバー2の位にあり、若頭を務めている。お面の男の裏の取り引き相手でもあった。名前を鬼窪《おにくぼ》という。

「今夜は運がついているみたいだな。銃声を聞いて駆けつけてみたら、お目当ての鬼窪を見つけることが出来た。しかも都合良くひとりきりときていやがる。問題はあいつが手に持っている銃だが──」

 お面男はスーツの脇に手を伸ばした。脇に吊るしたホルスターには、しっかりと銃が収められている。『仕事』で使う正式の銃ではない。鬼窪に頼み、闇のルートで入手した、違法の銃である。この銃ならば、例え使用したところでも持ち主の特定は出来ない。言い換えれば、気兼ねなく誰でも撃ち殺すことが出来るというわけだ。

「『本職』の銃の腕前を見せてやってもいいんだが、その前にあの女の行方も気になるしな……」

 鬼窪の前に、坂道を走っていった女がいた。お面男は鬼窪だけではなく、その女のことも捜していたのだ。女は美人局詐欺をしていた。その女を逆に嵌めて、せしめる予定だった大金は、結局手に入らずじまいだったが、その過程でこちらの正体に勘付かれてしまった恐れがあった。

 普段の勤務態度から『署内』で要注意人物として目を付けられている身としては、例え小さな事とはいえ、禍根を残すわけにはいかなかった。

 金の方はまだ諦めがつく。また誰かを騙せばいいだけである。しかし、今の仕事を首になるのだけは絶対に避けたかった。

 その為には、あの女の存在が邪魔になる。まさに、目の上のたんこぶだ。

「鬼窪もあの女を追ってるのか? だとしたら、いったい目的はなんだ?」

 お面男は鬼窪が姿を消した坂道の先をじっと見つめる。まるでそこに答えを求めるかのように。

「もうひとつ気になるのが、あの女と一緒にいた男だよな」

 女は派手なジャンパーを着た男に、手を取られるようにして逃げて行ったのだ。ジャンパーの男はあの女の仲間という可能性がある。もしも仲間だとしたら、一対二の不利な状況になる。むろん、こちらには銃があるので、最悪やられることはないと思うが、どちらか一方を取り逃がしてしまう可能性もある。出来れば、そういう事態は避けたい。

「いや、待てよ。そうか、こちらの手を汚すことなく、鬼窪にあの女とジャンパーの男の処理を任せるのも一計かもしれないよな。それでダメなときは、オレが直接手を下せばいいだけだからな。まあ、汚れきっちまっている手だから、これ以上汚れたところで何も変わりはしないしな」

 お面男は銃を持つ自分の手に視線を向けた。今までこの手で、数え切れないほどヤバイ事をやってきた。『正義』を胸に仕事を始めたときは、確かに白かったはずなのに、今や真っ黒に染まってしまっている自分の手──。


 けっ、『公務員』の給料が安いのが悪いんだよ。こっちは体を張っているっていうのによ。


 お面男に後ろめたい気持ちは皆無であった。すでに手ばかりではなく、気持ちまでもが真っ黒に染まってしまっているのだった。

 お面男は物陰から出ると、気付かれないようにそっと鬼窪の後を追いかけていく。


 ――――――――――――――――


 池の淵に止めたボートから降りると、傍にあったベンチに腰を下ろす。スマホを取り出し、何度か操作すると、スマホの画面にヒカリが溺れて沈んでいく様が映し出された。自分の死と向き合っているヒカリの顔には、死相が色濃く浮いていた。人は自らの死を前にするとこんな顔を浮かべる、というのがよく分かる動画だった。

「毒死、食い殺されての死、焼死、感電死、切断死、失血死、水死──。たった一晩で死のコレクションがこんなに集まるなんて思いもしなかった」

 落ち着き払ったトーンで、怖いことをさらっとつぶやく喪服姿の美女──櫻子。

「この分だと、今夜はまだまだコレクションが集まりそうね」

 それはつまり、参加者がまだまだ死ぬということを意味している。

「──あら、またメールが届いたみたい」

 櫻子が真っ白い指でスマホを操作する。


『坂道に死体在り』


 短いが衝撃的な内容のメールだった。しかし、櫻子は驚く様子をまったく見せずに、スマホをポケットに仕舞いこむと、また園内の道をとことこと歩き始めた。まるで午後の日差しの中、散歩でも楽しむかのような足取りである。

 その向かう先には遺体が待っている――。


 ――――――――――――――――


 坂道で遺体を見つけると、すぐに手にしたスマホでメールを送った。そして櫻子の様子が伺える場所に移動する。

 これで今夜あの女にメールを送ったのは、何回目になるか。園内で遺体を見付けては、こまめにメールを送り続けた。

 誰かに言われたわけではない。本人に頼まれたわけでもない。自分の意思でこうしているのだ。

 今夜のゲームでは、男は始めから単独行動で動こうと決めていた。その考えが変わったのは、ゲーム開始からすぐのことである。ゲームに参加していた男がクッキーを食べて毒死した件がきっかけとなった。

 もっとも、毒死そのものには少しの興味すら沸かなかった。興味を引かれたのは、遺体の写真をスマホを使って執拗に何枚も撮り続ける櫻子の様子だった。

 あのとき櫻子は看護学校に通っていると話した。だから遺体の写真を撮ったという説明をしたが、男には櫻子の心の底が読めた。

 なぜならば、男もまた心の奥底に『暗い衝動』を抱えているからである。だからこそ、同じような思いを抱えている櫻子の正体にいち早く気が付いたのだ。

 しかし、すぐに接近することはしなかった。命を懸けたゲームの最中でもあったし、何よりも櫻子の心をもっと覗きたかったのである。自分の勘には自信があったが、自分の目で見てしっかり確認したかった。

 そこで、男は紫人にメールを送ることにした。櫻子のメールアドレスを教えてもらうためである。ゲームの最中にそのようなことが出来るか分からなかったが、男は『このゲームに慣れていた』ので、とりあえず試してみた。

 紫人からはすぐに櫻子の連絡先が書かれたメールが届いた。紫人もまた、男の考えを察したのだろう。それで櫻子の連絡先を教えてくれたに違いない。

 紫人にこちらの心を読まれているのは気に喰わなかったが、相手は死神の代理人を自称しているやつである。はなからこちらが敵う相手ではないのだからしょうがない。

 こうして男はゲームに参加しながら、同時に櫻子の本性を探るというもうひとつの目的を持って行動していた。

 これまでの間、櫻子はこちらの思った通りの姿を見せてくれている。その心の奥底に抱えているであろう『暗い衝動』を、何度も表に出して見せてくれた。望外の結果だった。

 ゲーム時間は残り少なくなってきている。参加者もかなり減ってきている。そろそろ頃合いを見計らって、櫻子に接触してもいいかもしれない。

 しかし同時に、櫻子の『暗い衝動』をもっと見たいという気持ちもある。

「ぼうずごじ……だごじばぜでぼがおうが……」

 もう少し楽しませてもらおうか、と言ったのだが、その言葉は濁音交じりで、常人にはまったく聞き取れないものだった。

 それも仕方のないことである。男は喉から気管支にかけて、大怪我を負っていたのだ。だから、参加者が全員集合した場でも、名前以外のことは一切しゃべらなかったのである。

 男は包帯に出来た僅かな隙間から目を覗かせて、櫻子の様子を飽くことなくじっと眺め続ける。

 その暗く冷たく輝く瞳で──。
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