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第二部 ジェノサイド

第25話 人間イルミネーション 第四の犠牲者

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 ――――――――――――――――

 残り時間――6時間47分

 残りデストラップ――8個

 残り生存者――10名     
  
 死亡者――3名 

 ――――――――――――――――


 10分近く走っていた男がようやく足を止めた。生配信をしながら男の追跡を続けていたヒカリも、いったん足を止めて休息をいれる。むろん、その休息中も生配信は続けている。

「不審な男をここまで追跡してきたけど、これからいったい何が起こるんだ? みんなは分かるかな?」

 スマホの画面越しに、問い掛けるように言葉を発する。ヒカリが生配信しているサイトは、視聴者からのコメントが適時表示されるシステムになっていた。その為、ヒカリの問い掛けに対して、すぐに視聴者からのコメントが表示されていく。そのコメントを見て、視聴者の反応を窺い、視聴者を飽きさせないように、上手く配信を続けていく必要があった。

「コメントを見ると、やっぱり分からない人が多いみたいだな。実はボクもまだ正確なところは分からないんだけどね。でも、これだけは言える。そろそろ、待ちに待った瞬間が訪れそうだと!」

 視聴者に対して、大げさなくらいの煽りを入れていく。これも視聴者を引き止めておく為のテクニックのひとつである。

 ヒカリは次にスマホのレンズを自分の顔に振り向けた。

「さて、この生配信は皆さんの応援で成り立っています。詳しい応援の方法は概要欄に記載してあるので、ご確認のうえ、よろしくお願いします」

 最後に画面に対してペコリと頭を下げる。

 ヒカリが生配信をしているサイトの画面上には、可愛らしい貯金箱のイラストが表示されていた。動画を見て配信者を応援したいと思った視聴者は、自分の財布の中身と相談して、その貯金箱にネットを通じてお金を振り込むことが出来るのだ。もちろん、振り込まれたお金は配信者の口座に入る仕組みである。

 多くのお金を集めるためには、どれだけ面白い配信を見せられるか、そして、どれだけ沢山の視聴者を集められるか、その二点にかかっていると言ってもよかった。

 だからこそヒカリは男に気付かれるかもしれない危険を冒してまでも、こうして追跡し続けてきたのである。

 そう、すべては視聴者にお金をより多く振り込んでもらうためであった。

 画面の右下には、ヒカリの生配信を見ている視聴者数が表示されていた。現在、五千人近い視聴者を獲得している。視聴者数の下には、振り込まれた入金額の合計金額が表示されていた。こちらはすでに十万の単位を軽く越えている。それだけこの生配信が注目されている証拠でもある。

 金額の値をチラッと見て、ヒカリの口角が一瞬くいっと持ち上がる。顔にイヤらしい表情が浮いてしまう前に、好青年風の顔に慌てて戻す。少しでもゲスな面を見せてしまうと、視聴者数は激減してしまう傾向があるので気をつけないとならないのだ。

 視聴者を飽きさせないように、ヒカリはすぐにトークを再開した。

「ここから見ると、男の前にはイルミネーションで飾られた芝生が広がっているみたいだ。しかも、その芝生の先には人影がチラホラとあるけど。これはなんだか楽しいパーティーが始まりそうな予感がしてきた。男は右手に細長い棒状のモノをしっかりと握っているから、間違いなくエキサイティングなパーティーになるぞ。果たして、この先視聴者のみんなが見たかった光景が展開されるのか? これこそテレビでは絶対に放送しない、いや、放送出来ないスペシャルな配信だ!」

 ヒカリはスマホのレンズを男の方に戻した。あとは『何か』が起こるのをじっと待つだけである。


 ――――――――――――――――


 今にも芝生広場に入ってこようとしている男は、見るからに厄介な人間だと分かる格好をしていた。年齢は20代半ばで、顔付きは凶悪そのもの。目と目が合った瞬間に、すぐにでも手を出してきそうな雰囲気である。刃物のような鋭い視線で、五メートルほど離れた所に立つ春元とヴァニラのことを強く睨みつけている。

 春元の後方から男のことを観察するように見つめていたスオウは、この男が相手では話し合いは無理そうだなと感じた。男が右手に持っている棒状の武器みたいな器具も非常に気になった。

「春元さんとヴァニラさん、追い付かれちゃったみたいだね」

 耳元でイツカの囁く声が聞こえた。男に気付かれないように声をひそめているらしい。

「あの男だってそのまま芝生には入ってこられないだろうから、しばらくの間は睨み合いが続くかもしれないな」
 
 スオウは希望的観測を口にした。

「でも、そうなると我慢比べになりそうだね」

「問題はその我慢がいつまでもつかなんだけど……」

 スオウはイツカを支える両腕に力を込めてみた。腕全体に力がみなぎるのが感じられた。しかし、この腕力がいつまでもつかは分からなかった。イツカの体重が軽いといってもひとりの少女をずっと背負い続けられるほどの力はない。もしも力が尽きてイツカを芝生の上に投げ出してしまったら、待ち構えているのはイルミネーションのデストラップである。かといって、スプリンクラーの水で濡れたイルミネーションを掻き分けて歩くのも危険極まりなかった。それに加えて、さらに武器を手にした男の登場である。完全に八方塞がりとも言える状態であった。

 今のスオウに出来るのはイツカを背負ったまま、春元と男のやりとりを静かに見守ることだけである。

「あんたがどこの誰かは知らないけど、オレたちは今とても大事なことをしている最中でね。あんたが何も言わずに回れ右をしてくれと助かるんだけどな」

 春元が男に対して見下すでも、へりくだるでもなく、対等な口調で話しかけた。

「キサマと話すことなんかねえよ。それよりも軽口を叩く暇があるんなら、さっさとそこをどきやがれ!」

 男は見た目通りの反応をした。最初から喧嘩腰である。これでは話し合いにすらならない。

「まあ、そう言わずにオレたちの立場も分かってく──」

「うっせんだよっ!」

 男がイラついたように右手を大きく振った。同時に、バシッという軽快な音があがった。

 スオウが音の出所に目を向けると、男の右手に握られていた棒状の器具がさっきと比べて明らかに長く伸びているのが見てとれた。20センチほどだった棒が、今は二倍以上に伸びている。男が持っていたのは護身用などで使われる警棒だったらしい。こんなものを振り回されたら、スオウたちには防ぎようがない。

「おいおい、こっちは争う気なんてこれっぽっちも──」

 春元の声にも緊張感が走る。その声を無視して、男が高圧的に言葉を続ける。

「いいから、そこをどけよ! こっちにはやることがあるんだよっ!」

「ねえ、もしかして、アタシたちのことを追ってきたわけじゃないの?」

 男の態度に臆することなくヴァニラが質問を発した。

「はあ? それがどうしたっていうんだ!」

 不意に男の視線が春元の後方に向けられた。スオウたちを越えて、男の視線が向けられた先にいたのは慧登だった。

「やっぱりそうなんだ。アタシたちに用事があったわけじゃないのね」

「けっ、なにひとりで納得してやがるんだ!」

「あんたがオレたちに用事がないことは分かったが、生憎とオレたちはここをどくわけにはいかないんだ。ていうか、実際は動けないんだけどな」

 春元が口元に苦笑を浮かべる。

「キサマ、オレをからかっているのかつもりなのか?」

「だから今言っただろう? オレたちはここを動きたくとも動けないんだよ!」

「はあ? ナメてんのかっ!」

 男がじりっと一歩前へと足を踏み出した。

「てっきり新しいゲームの参加者だから、ゲームのルールについても知っていると思っていたんだが、どうやら違うみたいだな。あんた、今夜この場所で何が行われているのか知らないみたいだな」

「はあ? なんのこと言ってんだ!」

「知らないやつにわざわざ教えるつもりはないね」

「だったら、無理やりにでも口を開かせることも出来るんだぜ」

 男が再び足をじりっと前に踏み出した。

「いいか、心優しいオレがひとつだけ忠告してやる。それ以上前に進むと、お前はとんでもないことになるから気を付けたほうがいいぜ」

 しかし男は春元の忠告など無視して、さらに無言で一歩前に進む。

「もう一度だけ言う。それ以上進むと命に関わるから──」

「キサマの話はもう聞き飽きたんだよっ!」

 叫びながら男が走り出してきた。男の目の前には光り輝くイルミネーションが広がっているが、なんの躊躇もすることなく、イルミネーションの中に足を踏み入れる。

「せっかくの人の忠告を無視しやがって! ヴァニラ、デストラップが起こるかもしれないから体を守るんだっ!」

 春元が身を守る体勢をとる。

 イツカを背負っていたスオウは両手が塞がっており、とっさに身を守る体勢がとれない為、その場で立ったまま、男のことを凝視し続けた。

 男の両足が芝生の上に広がるイルミネーションを踏み付けた。しかし、スオウたちが予想していたような事態は何も起こらなかった。男はそのまま芝生広場を突き進んでくる。


 えっ? このイルミネーションはデストラップとは無関係だったのか?


 スオウの脳裏に一瞬疑念が思い浮かんだ。もしもイルミネーションにデストラップが設置されていないのならば、目の前に迫ってきている男から急いで逃げなくてはならない。

 そのとき、視界の先にいた男の体が突然前のめりなった。走ってきた為、イルミネーションのコードに足を引っ掛かけたのだろう。そのまま、どうと派手にイルミネーションの上に倒れこむ。

「────!」

 スオウは目を見開いた。今度こそデストラップが起こると思ったのだ。

 しかし、またしても何も起こらなかった。

「やっぱり違ったのか……?」

 思わずスオウの口から声が漏れる。

 春元とヴァニラもデストラップの予想が外れたことで、互いに気の抜けたような表情を浮かべている。

「キサマ……俺のことをハメやがったな……」

 低い呪詛のような声を呟きながら、ゆっくりと男が立ち上がる。どうやら、春元たちがなんらかの罠を仕掛けたと勘違いしているらしかった。顔が怒りに染まっている。

 転倒した際に絡まったのか、男の上半身にはイルミネーションが巻き付いていた。男が空いている左手でイルミネーションのコードを強引に引っ張るが、複雑に絡まり合っているらしく体から外れない。

「クソがっ! こうなったら、もう容赦はしねえからな!」

 男は右手に握った警棒を春元の方に突き出した。完全に戦闘モードに入ってしまっている。

「おい、やめた方がいいぜ。まだ完全に安全だと分かったわけじゃないんだ。もしかしたらデストラップが──」

「さっきから俺の知らねえことをべちゃくちゃ言ってんじゃねえよっ! これを見ればキサマも絶対に後悔するからな!」

 男が右手をせわしなく動かす。


 あの男、この状況で何をするつもりなんだ?


 スオウは男の不審な行動から、先の展開を予想する。


 そういえば、さっきチカチカと光っていたのが見えたけれど、あの光の正体は何だったんだろう……?


 そのとき、文字通り、スオウの頭に天啓の光が閃いた。


 あの光の正体って、まさか──。


 スオウの脳みそがひとつの解答にたどり着いた。

「春元さん、その男が持っている警棒にはスタンガンが仕込んであると思います!」

 春元に大声で警告を発した。


 ――――――――――――――――


 怒りが頂点に到達した男は最終手段に出ることにした。とっておきの秘策を使ってやるのだ。

 右手に持った伸縮自在の警棒は、ただの警棒ではなかった。鉄製で出来た警棒には、もうひとつ機能が備わっているのだ。それがスタンガンとしての機能であった。

 拳銃をまだ持たせてもらえない身分の男にとって、このスタンガン機能が付いた特殊警棒は一番の武器であった。

 何よりも、大概の相手はスタンガンの電流が流れる音を聞いただけで、闘争心が萎えてしまうのだ。

 それでも歯向かってくるようだったら、そのときはスタンガンを押し付けてやるまでのことだ。その為、スタンガンの威力を数倍増すように違法に改造してある。拳銃にはもちろん敵わないが、素手の相手なら楽勝である。

 男は警棒に付いているスタンガンのスイッチに右手の親指をかけた。

 その親指は『水』で濡れている!

 それも当然だった。男はスプリンクラーの水で濡れたイルミネーションの上に倒れこんだのである。その際に、体が水で濡れてしまったのだ。加えて、水で濡れたイルミネーションがまだ体に巻き付いたままの状態である。

「この音を聞いて、魂の底から震えやがれっ!」

 男は顔に不敵な笑みを浮かべて、スタンガンのスイッチを入れた。

 次の瞬間──。

 男の体に巻き付いていたイルミネーションが、ひと際明るい輝きを放った。まるで男の体自体が輝いているようにも見えた。その様は、さながら人間イルミネーションと表現しても良かった。

 しかし、その煌びやかな見た目とは正反対に、男の体は醜いほど激しく震えていた。両手と両足がてんでバラバラの動きをする。まるで素人が操り人形を出鱈目に動かしているかのような動きであった。

 怒りで狂気を宿していた瞳は白目に変わっている。口元はだらしなく半開きになっており、そこから舌の先が顔を覗かせている。口角の端からはダラダラと涎が滴り落ちている。体のあちこちから白い煙がぷすぷすと立ちのぼっている。さらに、あたりには焦げ臭い匂いが立ちこめていく。

 人間イルミネーションのショータイムは、しかし、十秒もせずに終わりを告げた。

 電圧の負荷に耐え切れなくなったイルミネーションがショートしたのだ。

 そしてもうひとつ、ショートしたものがあった。

 それは──男の命である。

 物言わぬまま、男の体がどさっと芝生の上に倒れる。それで終わりだった。


 ――――――――――――――――


 白煙をあげる遺体から目を離せずにいたスオウの耳に、お馴染みのメロディが聞こえてきた。メールの着信音である。

「イツカ、悪いけどメールを開いて、おれに見せてくれるかい?」

 両手が塞がっているので、背中のイツカにお願いをした。

「うん、分かった。ちょっと待ってて」

 イツカがゴソゴソと手を動かして、スマホをいじりだす。

「えっ? これって、どういうことなの?」

 驚きの声をあげるイツカ。

「どうした? まさか、他にも犠牲者が──」

「ううん、そうじゃないの……。ただ、人数が思っていた以上に増えているから……」

 戸惑いの声とともに、イツカがスオウにも見えるように顔の前にスマホをもってきてくれた。


『 ゲーム退場者――1名 立石健二たていしけんじ


  残り時間――6時間13分  

  残りデストラップ――7個

  残り生存者――15名     
  
  死亡者――4名        』


「犠牲者は立石健二──つまり、これってあの男のことだよな? デストラップもちゃんとひとつ減っているし……えっ、残り生存者15名! なんだこれ?」

 スオウもイツカと同じように驚きの声を思わずあげてしまった。確かに新しいゲーム参加者が加わったことは承知していたが、せいぜい2~3人だと漠然と考えていたのだ。

「生存者が15名か……。そして、この男が死んだということは──」

「新しいゲーム参加者は──6名、加わったということだね」

 イツカが先回りして計算してくれた。

「いったいどうなってんだ? これから何人の人間が死んでいくことになるんだよ?」

 スオウは困惑を隠せずにいた。
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