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第一部 インサイド
第16話 ミニチュア王国
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――――――――――――――――
残り時間――10時間34分
残りデストラップ――10個
残り生存者――11名
死亡者――2名
――――――――――――――――
平沢が入り口から中に入ると、そこには見渡す限り一面に小さな世界が大きく広がっていた。様々な様式で作られた建築物群が、そこかしこに見える。遺跡のような古い物から、最新の高層ビルまで種類も豊富だ。それらはサイズこそ縮小されているが、実物を忠実に再現して作られた世界各国の有名建築物や遺跡であった。『ミニチュア王国』の名称に相応しい造りだった
展示物の周りには、小さな人の形をしたフィギュアが数え切れないほど設置されていた。それぞれの建物に合った服装をしており、今にも動き出しそうなポーズをとっている。中には電動式で実際に動いているフィギュアも見受けられた。
『お客様もガリヴァーになった気分でお楽しみください』
見学コースの順路を示す看板に、大きくそう書かれていた。
これだけ精緻な建物と人のフィギュアを見ていると、確かにここがひとつの小さな王国に思えてきた。その王国をガリヴァーのごとく見下ろしている自分の姿は、まさに巨人といったところであろう。
平岩は手にした案内図に目を落とした。入り口に置かれていたものである。そこには、『ミニチュア王国』内は世界の地域ごとにいくつかのゾーンに分かれていると書かれていた。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、そして日本──。
その地域ごとに特色のある展示物が設置されているらしい。
平岩は休憩をしに来ただけなので、ミニチュアなど見る気はさらさらなかったのだが、実際に肉眼で見ると、そのあまりの精巧さに思わず目を奪われてしまった。
「せっかくここに入ってきたんだから、散歩がてらに少し中をひと回りしてみるのもいいかもしれないな」
ゲーム中にも関わらず、そんな気分になった。危険がまったくないわけではないだろうが、この『ミニチュア王国』内で、デストラップが起こるとは考えにくかった。どのミニチュアの建物も小さく、足で軽く踏み潰せそうなほどで、平岩はことさらに危険を感じなかったのである。
「さてと、まずはアジア方面から見るとするか。アジア、アフリカ、ヨーロッパと順番に見て、そこからアメリカ大陸に移動して、最後に日本を見るとしよう」
海外旅行の経験が一度もない平岩は、まるで世界一周旅行を楽しむような気分になっていた。
「年寄りのわしには飛行機の長旅はキツイからな。このぐらいのサイズの旅行の方が、かえってちょうどいいかもしれんな」
案内図に書かれたミニチュアの詳細な説明を読みつつ、世界旅行へと歩き出した。
――――――――――――――――
レンタルサイクルというのぼりが立った建物の前には、十台ほどの自転車がきれいに並んで置かれていた。一般的な自転車から、最新の電動アシスト付きのものまである。その中でスオウたちの目を引いたのが、4人乗りの大型自転車であった。前に2人、後ろにも2人が乗って、4人全員でペダルを漕ぐタイプである。遊園地や行楽地でよく見かける、アトラクション用の自転車だ。
「せっかく4人いるんだから、この自転車でいいんじゃないの?」
ヴァニラはもう後ろのサドルに乗っている。スカートの裾が捲りあがって、キレイなおみ足が覗いているが気にしている様子はない。
「4人乗りに乗って、自分だけペダルを漕がずに楽をしたいとかじゃないよな?」
春元がすぐに茶々を入れた。
「安心して。アタシの体重なんて微々たるものだから、それほど苦にはならないわよ」
明らかにからかっていると分かる口調でヴァニラが返す。
「そのガタイで微々たるって言われても、説得力がまるでないぜ」
「なによ、美しいレディに向かって失礼しちゃうわね」
「えーと、美しいレディなんて、いったいどこにいるのかな?」
春元は額に手をかざして、遠くを眺めるポーズを作る。
「こ・こ・よ!」
ヴァニラが春元の頬を両手で押さえ込んで、自分の顔の前に固定する。なんだかんだ言いつつも、このふたりが仲が良いことは明らかであろう。もっとも、それを口に出して指摘してしまうと、さっきのように言い返されてしまうので、スオウは心の中だけに留めることにした。
「そういうことなら、春元さんも後ろに乗ってください。おれとイツカが前に乗って漕ぎますから。──なあ、イツカ?」
「そうね。若い2人で頑張ろうか」
イツカが面白おかしく切り返して、自転車のサドルに跨る。
「おいおい、オレはまだまだ若いつもりだぞ」
「では、出発しまーす!」
春元の若さアピールを無視して、スオウはペダルを漕ぎ始めた。
「やれやれ、最近の若者は礼儀ってやつを知らないよな」
「あのね、そういう言い方をするから年寄り扱いされるのよ」
後ろに乗る2人は、やっぱり仲が良さそうであった。スオウの隣でペダルを漕いでいるイツカも、2人のやりとりを聞いて笑いをこらえている。
4人が乗った自転車は園内に設置されている照明に照らされながら、目的地に向かって走って行く。
――――――――――――――――
最初にアジアゾーンに入った。展示されていたのは、万里の長城、アンコールワット、タージマハルなど、世界遺産に登録されているものばかりである。鉄の棒に張り巡らせたロープによって、ミニチュアには近付けないようになっていたが、どれも見ごたえ十分で、平岩は思わず立ち止まって見入ってしまった。
ただ、ひとつだけ気になる点があった。案内図に書かれている番号と、実際の展示物の設置場所とが、狂っている箇所があったのだ。案内図では三番と表示されている天安門が、実際は五番目の場所に展示されていたのである。単純な印刷ミスと思われたが、案内図を見ながら見学している平岩としては、こういう小さなミスは気なってしょうがなかった。
「まあ、今夜で閉園したんだから、今さらクレームを言ってもしょうがないか。いや、クレームを言う場所ももうないんだよな」
平岩は気を取り直して、次のゾーンへと向かった。
次はアフリカゾーンである。展示されているのは、マラケシュの旧市街、レプティス・マグナ、カルタゴなど、あまり知られていないものばかりであったが、こちらも見ごたえは十分であった。
ただし、ここでもひとつ気になる点があった。案内図で表示された番号と、実際の展示物の設置場所とが狂っている箇所がまたあったのだ。アフリカゾーンで一番有名な世界遺産である、ピラミッドの設置場所の番号が狂っていたのである。
「こういう小さいミスの積み重ねが、入園者の減少を招いたんだろうな」
平岩は専門家のごとく論評して、ひとり納得げにうなずくのだった。
次はヨーロッパゾーンである。展示物は、パルテノン神殿、コロッセオ、ピサの斜塔、ヴェルサイユ宮殿、凱旋門、エッフェル塔、バッキンガム宮殿、サクラダファミリア。わざわざ説明を読まなくても分かるくらい有名なものばかりである。
ただし、ここでもひとつ気になる点があった。案内図で表示された番号と、実際の展示物の設置場所とが狂っている箇所が、やはりあったのだ。ここではポンペイの設置場所の番号が狂っていた。
「これだけ間違いが多い遊園地ならば潰れても仕方ないか」
平岩としてもここまで間違いが多いと、もう呆れるしかなかった。
「まさか、次のアメリカゾーンにも間違いがあるんじゃないだろうな?」
少しばかりの懸念を胸にしたまま先を急ぐ。
次はアメリカゾーンである。自由の女神、エンパイアステートビル、ホワイトハウス、ゴールデンゲートブリッジ、ワシントン記念塔、ハリウッドサイン。展示物は比較的歴史の浅いもばかりである。アメリカは国自体の歴史が浅いのだから、それも当然だろう。
そして、やはりと言うべきか、ここでも案内図の印刷ミスがあった。ワールドトレードセンターの設置場所の番号が狂っていたのである。ここまでくると、わざと印刷ミスをしたんじゃないかという思いさえしてくる。
「まったく、せっかくの世界一周旅行が台無しだな」
平岩は落胆のため息をついた。改めて、手にした案内図で印刷ミスがあった箇所を確かめてみる。
『天安門』、『ピラミッド』、『ポンペイ』、そして『ワールドトレードセンター』──。
どれも超が付くくらいに有名なものばかりで、印刷ミスが起こるとはとても思えなかった。
──待てよ。これって何か引っかかるぞ?
唐突に平岩の胸中に違和感が生まれた。
まさか、これがデストラップとかいうやつの前兆なのか……?
ようやく平岩は自分が今危険なゲームに参加していることを思い出した。観光気分が一瞬でふっ飛ぶ。
この印刷ミスの番号に意味があるのか? このゲームはデス13ゲームってことだから、1と3が関係しているのか? それとも、この四つのミニチュアの頭文字を並べ替えると、何か重要な単語が作れるとかなのか?
最近めっきり回転速度が落ちてしまった頭を必死になって働かせるが、印刷ミスから前兆のしるしを見つけ出すことは出来なかった。
「とにかく……一度ここから出たほうがよさそうじゃな……」
平岩はとりあえずここから離れて、出口に向かうことにした。さっきまで危険を一切感じなかったミニチュアの模型が、今はなぜかすごく怖く感じる。
目に見えない得体の知れない恐怖に突き動かされるようにして、平岩は『ミニチュア王国』内を走りだした。地面に設置された無数の小さなフィギュアの人間のたちが、王国から逃げ出そうとしている平岩のことを嘲笑しているかのように見えた。
大丈夫、大丈夫。わしはこの歳まで、重い病気も大きな怪我も一度たりともしてこなかったんだからな。こんなところでデストラップに掛かるわけないさ。
そう自分に言い聞かせながら、老体に鞭打って必死に走る平岩だった。
そして、平岩はまだ『そのこと』に気が付いていなかった──。
――――――――――――――――
櫻子のもとを離れてからずっとヒカリは不機嫌なままだった。今は久しぶりに手にしたスマホの画面を見ながら、ブツブツと忌々しげにつぶやいている。騒がれるよりはマシなので、慧登は敢えて話しかけることはしなかった。
「たぶん、平岩さんはもう『ハローアニマルパーク』から移動しちゃっていると思うから、『ミニチュア王国』の方に行ってみようか」
隣を歩く玲子に声をかけた。
「えっ? そこに平岩さんがいるの?」
玲子は当然のように訊き返してきた。
「いや、ここからだと一番近いアトラクションだから、そこに行ってるんじゃないかと思ってさ」
慧登はわざと櫻子から聞いたとは言わなかった。玲子が櫻子に対して良い感情を持っていないことは分かっていたし、ここで櫻子の名前を出せば、せっかく静かになっているヒカリがまた怒って言い掛かりを付けてくるのが、容易に想像出来たからである。
「そうだね。あたしには分からないから任せるわ……」
玲子はまだ先ほど見た幸代のことが頭にあるらしく、声にも張りがなかった。
「それじゃ、とにかくみんなで『ミニチュア王国』を目指すとしようか」
慧登はマップで位置を確認すると、3人を先導するように一番前に立って歩き出した。
残り時間――10時間34分
残りデストラップ――10個
残り生存者――11名
死亡者――2名
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平沢が入り口から中に入ると、そこには見渡す限り一面に小さな世界が大きく広がっていた。様々な様式で作られた建築物群が、そこかしこに見える。遺跡のような古い物から、最新の高層ビルまで種類も豊富だ。それらはサイズこそ縮小されているが、実物を忠実に再現して作られた世界各国の有名建築物や遺跡であった。『ミニチュア王国』の名称に相応しい造りだった
展示物の周りには、小さな人の形をしたフィギュアが数え切れないほど設置されていた。それぞれの建物に合った服装をしており、今にも動き出しそうなポーズをとっている。中には電動式で実際に動いているフィギュアも見受けられた。
『お客様もガリヴァーになった気分でお楽しみください』
見学コースの順路を示す看板に、大きくそう書かれていた。
これだけ精緻な建物と人のフィギュアを見ていると、確かにここがひとつの小さな王国に思えてきた。その王国をガリヴァーのごとく見下ろしている自分の姿は、まさに巨人といったところであろう。
平岩は手にした案内図に目を落とした。入り口に置かれていたものである。そこには、『ミニチュア王国』内は世界の地域ごとにいくつかのゾーンに分かれていると書かれていた。アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、そして日本──。
その地域ごとに特色のある展示物が設置されているらしい。
平岩は休憩をしに来ただけなので、ミニチュアなど見る気はさらさらなかったのだが、実際に肉眼で見ると、そのあまりの精巧さに思わず目を奪われてしまった。
「せっかくここに入ってきたんだから、散歩がてらに少し中をひと回りしてみるのもいいかもしれないな」
ゲーム中にも関わらず、そんな気分になった。危険がまったくないわけではないだろうが、この『ミニチュア王国』内で、デストラップが起こるとは考えにくかった。どのミニチュアの建物も小さく、足で軽く踏み潰せそうなほどで、平岩はことさらに危険を感じなかったのである。
「さてと、まずはアジア方面から見るとするか。アジア、アフリカ、ヨーロッパと順番に見て、そこからアメリカ大陸に移動して、最後に日本を見るとしよう」
海外旅行の経験が一度もない平岩は、まるで世界一周旅行を楽しむような気分になっていた。
「年寄りのわしには飛行機の長旅はキツイからな。このぐらいのサイズの旅行の方が、かえってちょうどいいかもしれんな」
案内図に書かれたミニチュアの詳細な説明を読みつつ、世界旅行へと歩き出した。
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レンタルサイクルというのぼりが立った建物の前には、十台ほどの自転車がきれいに並んで置かれていた。一般的な自転車から、最新の電動アシスト付きのものまである。その中でスオウたちの目を引いたのが、4人乗りの大型自転車であった。前に2人、後ろにも2人が乗って、4人全員でペダルを漕ぐタイプである。遊園地や行楽地でよく見かける、アトラクション用の自転車だ。
「せっかく4人いるんだから、この自転車でいいんじゃないの?」
ヴァニラはもう後ろのサドルに乗っている。スカートの裾が捲りあがって、キレイなおみ足が覗いているが気にしている様子はない。
「4人乗りに乗って、自分だけペダルを漕がずに楽をしたいとかじゃないよな?」
春元がすぐに茶々を入れた。
「安心して。アタシの体重なんて微々たるものだから、それほど苦にはならないわよ」
明らかにからかっていると分かる口調でヴァニラが返す。
「そのガタイで微々たるって言われても、説得力がまるでないぜ」
「なによ、美しいレディに向かって失礼しちゃうわね」
「えーと、美しいレディなんて、いったいどこにいるのかな?」
春元は額に手をかざして、遠くを眺めるポーズを作る。
「こ・こ・よ!」
ヴァニラが春元の頬を両手で押さえ込んで、自分の顔の前に固定する。なんだかんだ言いつつも、このふたりが仲が良いことは明らかであろう。もっとも、それを口に出して指摘してしまうと、さっきのように言い返されてしまうので、スオウは心の中だけに留めることにした。
「そういうことなら、春元さんも後ろに乗ってください。おれとイツカが前に乗って漕ぎますから。──なあ、イツカ?」
「そうね。若い2人で頑張ろうか」
イツカが面白おかしく切り返して、自転車のサドルに跨る。
「おいおい、オレはまだまだ若いつもりだぞ」
「では、出発しまーす!」
春元の若さアピールを無視して、スオウはペダルを漕ぎ始めた。
「やれやれ、最近の若者は礼儀ってやつを知らないよな」
「あのね、そういう言い方をするから年寄り扱いされるのよ」
後ろに乗る2人は、やっぱり仲が良さそうであった。スオウの隣でペダルを漕いでいるイツカも、2人のやりとりを聞いて笑いをこらえている。
4人が乗った自転車は園内に設置されている照明に照らされながら、目的地に向かって走って行く。
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最初にアジアゾーンに入った。展示されていたのは、万里の長城、アンコールワット、タージマハルなど、世界遺産に登録されているものばかりである。鉄の棒に張り巡らせたロープによって、ミニチュアには近付けないようになっていたが、どれも見ごたえ十分で、平岩は思わず立ち止まって見入ってしまった。
ただ、ひとつだけ気になる点があった。案内図に書かれている番号と、実際の展示物の設置場所とが、狂っている箇所があったのだ。案内図では三番と表示されている天安門が、実際は五番目の場所に展示されていたのである。単純な印刷ミスと思われたが、案内図を見ながら見学している平岩としては、こういう小さなミスは気なってしょうがなかった。
「まあ、今夜で閉園したんだから、今さらクレームを言ってもしょうがないか。いや、クレームを言う場所ももうないんだよな」
平岩は気を取り直して、次のゾーンへと向かった。
次はアフリカゾーンである。展示されているのは、マラケシュの旧市街、レプティス・マグナ、カルタゴなど、あまり知られていないものばかりであったが、こちらも見ごたえは十分であった。
ただし、ここでもひとつ気になる点があった。案内図で表示された番号と、実際の展示物の設置場所とが狂っている箇所がまたあったのだ。アフリカゾーンで一番有名な世界遺産である、ピラミッドの設置場所の番号が狂っていたのである。
「こういう小さいミスの積み重ねが、入園者の減少を招いたんだろうな」
平岩は専門家のごとく論評して、ひとり納得げにうなずくのだった。
次はヨーロッパゾーンである。展示物は、パルテノン神殿、コロッセオ、ピサの斜塔、ヴェルサイユ宮殿、凱旋門、エッフェル塔、バッキンガム宮殿、サクラダファミリア。わざわざ説明を読まなくても分かるくらい有名なものばかりである。
ただし、ここでもひとつ気になる点があった。案内図で表示された番号と、実際の展示物の設置場所とが狂っている箇所が、やはりあったのだ。ここではポンペイの設置場所の番号が狂っていた。
「これだけ間違いが多い遊園地ならば潰れても仕方ないか」
平岩としてもここまで間違いが多いと、もう呆れるしかなかった。
「まさか、次のアメリカゾーンにも間違いがあるんじゃないだろうな?」
少しばかりの懸念を胸にしたまま先を急ぐ。
次はアメリカゾーンである。自由の女神、エンパイアステートビル、ホワイトハウス、ゴールデンゲートブリッジ、ワシントン記念塔、ハリウッドサイン。展示物は比較的歴史の浅いもばかりである。アメリカは国自体の歴史が浅いのだから、それも当然だろう。
そして、やはりと言うべきか、ここでも案内図の印刷ミスがあった。ワールドトレードセンターの設置場所の番号が狂っていたのである。ここまでくると、わざと印刷ミスをしたんじゃないかという思いさえしてくる。
「まったく、せっかくの世界一周旅行が台無しだな」
平岩は落胆のため息をついた。改めて、手にした案内図で印刷ミスがあった箇所を確かめてみる。
『天安門』、『ピラミッド』、『ポンペイ』、そして『ワールドトレードセンター』──。
どれも超が付くくらいに有名なものばかりで、印刷ミスが起こるとはとても思えなかった。
──待てよ。これって何か引っかかるぞ?
唐突に平岩の胸中に違和感が生まれた。
まさか、これがデストラップとかいうやつの前兆なのか……?
ようやく平岩は自分が今危険なゲームに参加していることを思い出した。観光気分が一瞬でふっ飛ぶ。
この印刷ミスの番号に意味があるのか? このゲームはデス13ゲームってことだから、1と3が関係しているのか? それとも、この四つのミニチュアの頭文字を並べ替えると、何か重要な単語が作れるとかなのか?
最近めっきり回転速度が落ちてしまった頭を必死になって働かせるが、印刷ミスから前兆のしるしを見つけ出すことは出来なかった。
「とにかく……一度ここから出たほうがよさそうじゃな……」
平岩はとりあえずここから離れて、出口に向かうことにした。さっきまで危険を一切感じなかったミニチュアの模型が、今はなぜかすごく怖く感じる。
目に見えない得体の知れない恐怖に突き動かされるようにして、平岩は『ミニチュア王国』内を走りだした。地面に設置された無数の小さなフィギュアの人間のたちが、王国から逃げ出そうとしている平岩のことを嘲笑しているかのように見えた。
大丈夫、大丈夫。わしはこの歳まで、重い病気も大きな怪我も一度たりともしてこなかったんだからな。こんなところでデストラップに掛かるわけないさ。
そう自分に言い聞かせながら、老体に鞭打って必死に走る平岩だった。
そして、平岩はまだ『そのこと』に気が付いていなかった──。
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櫻子のもとを離れてからずっとヒカリは不機嫌なままだった。今は久しぶりに手にしたスマホの画面を見ながら、ブツブツと忌々しげにつぶやいている。騒がれるよりはマシなので、慧登は敢えて話しかけることはしなかった。
「たぶん、平岩さんはもう『ハローアニマルパーク』から移動しちゃっていると思うから、『ミニチュア王国』の方に行ってみようか」
隣を歩く玲子に声をかけた。
「えっ? そこに平岩さんがいるの?」
玲子は当然のように訊き返してきた。
「いや、ここからだと一番近いアトラクションだから、そこに行ってるんじゃないかと思ってさ」
慧登はわざと櫻子から聞いたとは言わなかった。玲子が櫻子に対して良い感情を持っていないことは分かっていたし、ここで櫻子の名前を出せば、せっかく静かになっているヒカリがまた怒って言い掛かりを付けてくるのが、容易に想像出来たからである。
「そうだね。あたしには分からないから任せるわ……」
玲子はまだ先ほど見た幸代のことが頭にあるらしく、声にも張りがなかった。
「それじゃ、とにかくみんなで『ミニチュア王国』を目指すとしようか」
慧登はマップで位置を確認すると、3人を先導するように一番前に立って歩き出した。
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