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第二章

155話 皇女

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「み、皆、心の準備はいいな……?」

「おいレオ、二回も会ってるんだからそれはちょっと緊張し過ぎだぜ?」

「うるさい! やはり命の危機というものを間近に感じると緊張もするだろ!」

 嘘である。本当は実感が全く湧かなかった婚約というものを、いざ相手が来る日になって思い出したかのように急にドキドキし始めたのである。
 その証拠にルーデルに何度も偵察任務と称して皇女一行がどこまで来ているか見に行かせた。

「リカードをぶっ倒した男がよく言うぜ……。──にしても、ちょっと仰々しいにも程があるんじゃねェか?」

 もう少しで皇女が着くルーデルから連絡が入った後、私たちはすぐにファリア正門に集合した。
 私はもちろん、歳三、孔明、ハオラン、シズネ……。その他ファリアの中心人物全てを皇女出迎えのために集まっている。

 さらに中途半端に舗装し直した道の左右にはお祭り状態の領民たちが出店やらなんやらを開き、街全体が祝福ムードにあった。
 もちろん警備体制も万全で、団長とタリオやカワカゼを中心に、ここから改修が完了した屋敷までの道中は緻密に兵を配している。

『──もう中継なしで無線が届くはずだが聞こえるか? 間もなく皇女らはそこから見える距離に到達する。よって俺も帰還するがいいな?』

「ああ、聞こえている。……了解だルーデル。次は竜人を指揮して上空から街中の監視を頼む」

『了解。帰還し次の任務へ移行する』

 そうルーデルが言い終わる前に、先にルーデルが戻って来るのが見えた。
 本当に皇女がすぐ側まで来ていると思うと、握りしめた手の汗が止まらない。




「来たようですよ。レオ、貴方が一番に出迎えなさい」

「……あ、ああ──」

 羽扇で隠しもせずニコニコしながらそう言う孔明に頷き、私は一歩前に進み出る。

 私の目の前には見慣れた近衛騎士の鎧を纏い、帝国旗を高々と掲げながら近づいてくる一行がどんどんと近づいてくる。
 ある意味の大名行列の中央に位置する煌々と輝く装飾がされた馬車に、恐らく皇女が乗っているのだろう。

「──馬上から失礼する。貴君がレオ=ウィルフリード殿で間違いないか」

「その通りだ」

 先頭で旗を掲げていた男がついに着き、私に話しかけてきた。

「私はシュルツ=エンゲル。皇女殿下護衛の任を授かった近衛騎士団副団長である。確かに無事ファリアまで皇女殿下をお連れした。これで我々は失礼させて頂く」

「うむ、御苦労だった」

「……それでは」

 シュルツ副団長が片手を挙げると列を構成していた騎兵たちが左右に分かれ一斉に元来た道へ駆け出していった。
 残されたのは一台の豪華な馬車と三台の荷馬車のみ。

 豪華な馬車が私の目の前に停ると、後ろの荷馬車の一台からぞろぞろとメイドらしき女たちが降りてきた。そしてその一人が豪華な荷馬車の扉をゆっくりと開ける。
 扉が開かれた瞬間、私の鼻腔は甘い香水の芳香で満たされた。

「御機嫌よう、レオ=ウィルフリードさん。……いえ、旦那様」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 それからの記憶が欠落している。

 とりあえず挨拶と歳三たちの簡単な紹介の後、そのままパレードのように皇女を屋敷まで先導した。
 屋敷までの道中、何か他愛もない世間話をしたような気がするが全く覚えていない。歳三に三度ほど背中を叩かれては意識を取り戻すぐらいには上の空だった。

 今はもう日も傾き始め、交流を兼ねた晩餐会をしている。
 ウィルフリードから両親などの客人も呼び、いささか狭いファリアの屋敷はいつになく賑わった。

 挨拶のために皇女を取り囲む群衆を私は少し離れたところから眺めていた。
 隙間から見えるドレスに身を包んだ美しい姫は、名だたる英雄たちと並んでもその異彩を放っていた。

 先月皇城で会った時とは全く違う正装の皇女は数段輝いて見えた。
 マリエッタと同じ長く美しい黒髪を、編み込んだり巻いたり私にはなんと呼べば分からない髪型にまとめている。ドレスは帝国の象徴である紫をベースに落ち着いた色調。宝石をあしらったネックレスやブレスレットに装飾しながらもそれに負けないほど美しい整った顔立ち。

 落ち着くために無心で何度も飲んでいるただの水がワインのように私を酔わせた。

「──またボケっとして大丈夫か?」

 露骨に護衛はできないので少し離れてた所にいた歳三が、遂に見かねて私を小突きに来た。これで四度目だ。

「あ、ああ……。こんなに人が集まって屋敷がもつかなと……」

「おいおい、シフたちドワーフは建築も一流の腕だったじゃねェか。その証拠に見違えるような良い雰囲気になってるぜ」

 十日間の突貫工事でも何とかなるものである。いや、せいぜい壁や天井、柱など見えるところを誤魔化しただけなのだが。
 それでも話を聞いた商店が祝儀にと立派な絨毯を譲ってくれたり、冒険者ギルドからドラゴンだか何だかよく分からないハンティングトロフィーを贈られたりしたため、歳三の言う通りそれなりの雰囲気は醸し出せている。

「嫁さん放っといて隅で水飲んでるなんてみっともないぜ。お前も話しかけてこいよ」

「い、いや、晩餐会には緻密な段取りというものがだな──」

「はァ……、全くよォ……」

 正直なところ挨拶やらを全部自分で考えられなかったので孔明に作ってもらった。
 私はさぞかし理知に富んだ素敵な挨拶をしていたに違いない。

「俺はこういう場が苦手でな。夜襲の警戒任務に向かう」

「了解だ」

 新参のルーデルは若干馴染めていないようで、軍帽を小脇に抱えて外へ出て行ってしまった。

 同じく新参のハオランだが、彼自身人間に対して興味があり、人間側からしても物珍しい竜人でしかも見た目も良いので軽い人集りの中にいた。
 シズネは白の着物を着こなし、カワカゼも袴がよく似合っている。少しズレていた妖狐族のセンスが歳三の手によって在りし日の日本がよく完全再現されている。

「……落花流水ですよレオ。あの貴人の心を掴むことができれば、レオの王道をゆく歩みが大きく進むことでしょう」

「……ううむ」

 この世界に生まれてからこの方同年代の人間と話す機会がほとんどなかった。本来はそんなことがないように貴族学園がある訳だが、私はしかる後に父の領地を引き継ぐ前に、新しく領地を授かったがために機会を失った。
 まともに話す初めての相手が、皇族で、未来の妻で、しかもずば抜けて容姿端麗ときたら尻込みするのも仕方がないだろう。

 むしゃむしゃその辺の料理を食べながら、ただ時間だけが過ぎるのを待つしかできなかった。
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