英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル

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エピローグ

0+257話 おかえり。ただいま。

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 私は昔ながらの馬車に揺られていた。自動車が普及した現代において馬車などという古めかしいものに乗る人は少ない。
 だが自動車用に整備された舗装路では馬車の振動もかなりマシであり、私はむしろこの懐かしい感覚が好ましくすら思っていた。

「──ここでいい。停めてくれ」

「はい」

 御者には街の手前で降ろしてもらった。馬車でこの大都市に入るのも、交通に迷惑がかかるだろう。

 私は深くフードを被り、こっそりと街に入った。
 門番なども特にいないので身分がバレる心配もない。せっかくだし、少し散歩でもしながら目的地に向かうこととしよう。

「──おいそこのあんちゃん! 随分物騒なもん持ってんな!」

「ああ、これは思い出の品でな……」

「まあここはそういう奴も多いぜ。なんてったってあの“英雄王”の生まれ故郷だからな! あの魔人殺しの英雄がやってる道場もあるし──って、もしかしてアンタもそのクチか?」

「……まぁそんなところだ」

「そうか! ……そんならウチの店を見て行った方がいいぜ! ウチで取り扱っている防具はあの道場でも使える規格のを取り揃えているからな!」

「……いや、遠慮しておくよ。悪いが特に用はない。このご時世に武具屋は厳しいかもしれないが、頑張ってくれよ」

「お、おう……。じゃあ、またの機会に待ってるからよ……」

 私はそんな客引きに遭いながらも、喧騒に包まれた街を微笑ましく思いながら歩いた。









 そして私は目的地に着くとインターフォンを鳴らした。

『……はい、どちら様でしょうか』

「私だ」

『──! す、すぐにお迎えにあがります!』

 それから本当にものの数秒で彼女は玄関から飛び出してきた。
 重そうな門を一人でこじ開けると、切らしていた息をふっと整えて、彼女は改めて私に正対してこう言った。

「お帰りなさいませ、レオ様」

「ただいま、マリエッタ」

 久しぶりの実家は、ほんの少し不思議な感覚だった。忙しくて、思えばもう何年も帰れてなかった。

「……お帰り、レオ」

「ただいま、母上」

 玄関では母が他のメイドたちと一緒に私を待ち構えていた。私は母と軽く抱擁を交わし、その温もりを懐かしみながら屋敷の中へ入る。

「遅かったのね、私を先に行かせといて」

「すまない。ちょっと、寄り道をな」

「あまり私を心配させないでよね。……お帰りレオ」

「ふふ……。ただいまエル」

 私はエルシャの手を取り、手の甲にそっとキスをした。

「レオ様、お荷物と上着をお預かりします」

「ああ」

 マリエッタの言葉でメイドたちが一斉に私の身だしなみを室内のものに取り替えていく。

「エルシャちゃんと準備して待っていたのよレオ。後からシズネさんと歳三も顔を出してくれるそうよ。──さあ、食堂でおやつでも食べながら、その話ってのを聞かせてちょうだい?」

「ああ母上、その前に父上と少し」

「……そうね。先にあの人の所へ顔を出してきてあげた方が喜ぶわ」

 私は一歩一歩、思い出と共に階段を登り、父の書斎へと足を踏み入れる。
 もう誰も使っていないはずのこの部屋だったが、壁の本棚や机の上、そして部屋の隅に置かれた父の鎧なども綺麗に手入れされていた。

「ただいま帰りました、父上」

 私は父がカイゼル帝から賜った宝剣に手を当て、そっと呟いた。

 何となく、私は父の机の真正面に置かれたソファに腰掛けてみた。そこから見える景色に、主を失った寂しさに部屋全体が泣いているかのような物悲しさを感じた。

 それから数十秒、目を閉じて考えごとをしてから書斎を出ると、外でマリエッタが待っていた。

「奥様方がお待ちです。どうぞこちらへ」

「ああ」

 食堂には色とりどりのお菓子、それも世界各国から取り寄せた様々な種類のお菓子とお茶が取り揃えられていた。

「ちょっと気合い入りすぎちゃったかしら?」

「あらお義母様、お菓子はいくつあっても良いんですよ? お菓子の数は幸せの数ですもの」

「あら、いいこと言うわね」

 そう言って彼女たちはうふふふふと笑いあった。

「──それで、話したいことって?」

「……はい」

 私は席につき、紅茶に一口だけ口をつけてから静かに喋り始めた。

「……実は、私は私ではありません。と言うのも、私は元々こことは全く別の世界で二十数年の時を生きた、異世界からの転生者なのです」

「…………」

 母とエルシャは黙って私の言葉に耳を傾けた。

「ですので私には昔の記憶もあります。正真正銘、この世界に生を受けたレオ=ウィルフリードでないのです。……そして魔王も、私と同じ転生者でした。歳三や孔明は私が異世界から召喚した異世界の英雄……。魔人も魔王が召喚した異世界の強者だったのです」

 私は、ずっと胸に抱えていたものを全て吐き出した。

 ずっと秘密にしていた。ずっと皆を裏切っていた。
 どんな言葉を投げつけられようとも受け止める。それが私にとってのせめてもの償い。そう思って、私は目をつぶっていた。

「……知ってたわ」

「え?」

 数秒の沈黙を破ったのは母だった。

「知っていたわよ。貴方が産まれた時から」

「え、そ、そんな……、なんで……」

「レオ、貴方は自分の母親のスキルすら忘れたのかしら?」

「あ……、け、『慧眼』……」

 目の前にいる人物の中身を覗ける母のスキル。
 相手の能力などを調べることができ内政に役立つ程度にしか思っていなかったが、それなら私が産まれた瞬間から異常な能力を持っていることに気が付いてもおかしくない。いや、気が付かない方がおかしい。

「貴方は母親というものを少し見くびっているわね。貴方がこの世界に来る前、どんな人生を歩んだのか私は知らない。貴方が何を考えてこの世界で生きていこうと決めたのか私は知らない。けどね、貴方は私の息子、レオ=ウィルフリードなの。貴方は貴方よ。だから、自分で自分を否定するようなことは言わないで」

「母上……」

 母は私の手を握りながら、悲しそうな表情で私に微笑みかけた。
 その様子を見て、私は零れる涙を堪えることができなかった。

「そうよレオ! 貴方の中身が何だろうと、貴方はこの世界でも二十数年生き抜いた人類の英雄なのよ!」

 そう言ってエルシャは私に飛びついた。

「でもそう考えると、歩んだ人生の割に思ったより下手よね?」

「いやちょッ!?」

 私の耳元でエルシャは悪戯にそう囁く。

「他を知らないけれど、本とかで読む限りあっちの方は英雄級じゃないようね」

「たはは……」

「今夜、期待してるわ。私も元気なうちに子供が欲しいもの」

「あら、孫の顔が見れるのも、もうすぐかしら!?」

「母上まで!」

 さっきまでの重々しい空気から一変、食堂に笑い声が響いた。

「よォレオ、話は聞かせてもらったぜ?」

「なッ歳三……!」

 いつからいたのか、歳三とシズネが食堂の入口に立っていた。

「今度はそっちで俺の稽古が必要か?」

「あ、あの、レオ君の教師として! 私に手伝えることがあったら言ってね!」

「い、いやシズネさん流石にそれは……」

「あら、狡猾な女狐ねぇ? 発情期かしら?」

「むむむむむ……!」






 私が守りたかった日常が、平和が、そこにはあった。
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