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第四章
239話 締約
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「……下らん理想よ」
「なッ──!」
信長は持っていた盃を片手で握り潰した。
「貴様の掲げる平和とはつまり、人間にとっての平和であろう」
「それは……」
「ならば我らと相容れることはない。それぐらい分かるだろう」
モンスターは人間を捕食するものもいる。それにアンデット系はそもそもの媒体が人間の死体であったりするので、共存は不可能であるといって差し支えない。
「では、ここ魔王領からこちらを攻めないと約束してもらえるか! もちろん、こちらからも攻め入ることはない! それで永遠の平和を誓おう!」
「この広い大陸において、このような辺境の地に儂を閉じ込めると?」
「それは……」
信長の鋭い目に睨まれると、私は背筋が凍るほどの恐怖に襲われた。これが絶対的な支配力の差なのだろうか。
「それに、貴様の望む平和なぞ夢物語に過ぎんわ! 儂ならばこの大陸のみならず、海の向こう、そしてあの星の向こうまで全てを手に入れる!」
「掲げる正義の違いだ」
私は刀を抜いた。それはもはや話し合いでは解決しないということが分かった今、最終決戦を遂げようという意思表示だった。
それを察したこちらの軍勢も、全員が武器を構える。
「向かってくるか。その意気や良し! だが儂は二度と同じ過ちは繰り返さぬ。今度こそ慎重を期して、確実な天下布武を成し遂げるのだ」
伝説によれば、人類が今こうして生きているのは魔王を一度退けたからである。
五百年間、人類が共倒れする日を待ち、ここ十年間はその兆しが見えたからモンスターたちを集めて虎視眈々と牙を研いでいたのだろう。
だが私が人類をまとめあげ、しかもこちらから魔王領に入り込み敵情視察に来たのは想定外だったのだろう。
だからさっきから退け退けと言っているのだ。
「今度は寝首を搔かれないよう仲間を選ぶんだな」
「ふん、ほざけ。……軍を退かぬと言うのなら、貴様らは死ぬこととなるだろう」
そう言って信長は腕を掲げる。するとまるでオーラが彼の身を包むかのように、目視できるほど濃密な魔素が集まり、巨大な髑髏武者を形作った。
武者はまるで信長と動きがリンクしているかのように刀を掲げ、今にもそれが私たちの頭上に振り下ろされようとしていた。あんなものをどうしろと言うのか。
「……分かった。今は退こう」
歳三が絶望する魔人。そしてそれを超えるであろう魔王織田信長の存在。
向こうとしてもこのまま戦えば多くの手駒を失い大陸制覇が遠のく。こちらとしても最後にはあの勝ち目のない化け物と対峙しなければならず、勝利は望めない。
最善の選択肢はここは互いに兵を引き揚げ、次に確実な勝利を目指すことだった。
そう、それはまさに武田信玄と上杉謙信が幾重にも川中島で矛を交えたかのように。
「三年だ。三年後この場所で相見えようぞ。その時はどちらかが死ぬまで戦いは終わらぬ」
それは何とも不思議な感覚であった。今話しているこの男とは、三年と一日後にはもう話すことができないのだ。
この戦いで数十万、いやもしかしたら百万人以上の人が命を落としている。だがいざ自分が三年後に死ぬかもしれないと思った時、微かな恐怖が私の心臓を縛った。
「全軍、今すぐ攻撃を止め速やかに撤退せよ……」
信長が魔王領に広まる魔素を全て吸い尽くし、爆撃も中断しているため無線機は問題なく作動した。。
『最前線で何があったのですか!?』
無線機の向こうからディプロマの声が聞こえた。
そうだ、今退けば助かる命も沢山あるのだ。失ったものも多いが、今は逃げていい時だ。
「後で説明する。──ではまた会おう。魔王、織田信長」
「クハハハ! せいぜい楽しませよ、人間の王、レオ」
私は馬を引き返し、人間の領土へと向かった。
その手網を握る手が酷く震え、額には冷や汗が滲んでいたことはサツキ以外に見られていなければいいのだが……。
「どういうことなのでしょうか陛下! そろそろ説明して頂けますか! なぜ! なにゆえモンスターたちは大人しく引き下がっていくのですか!」
本陣まで無事に帰還すると、プリスタが珍しく声を荒らげて私にそう問いかけてきた。奥にはディプロマも腕を組んでこちらを伺っている。
「魔王と話してきた」
「ま、魔王と!? 本当なのですか!?」
王国、もとい聖教会での教えには魔物は絶対の悪と記されている。その悪の権現である魔王の存在は彼らにとって心中穏やかでないことは確かだ。
「嘘であればこの光景に理由が付けられないだろう」
魔王信長から魔人織田家臣団に指示を出したのか、モンスターたちは地面や霧の中へ消えていった。私が最前線からこちらに戻る際にすれ違ったのだが、向こうがこちらの行軍を避けるかのように道を譲っていく様は見ていて心が浮つく不安な気持ちにさせられた。
困惑しながらも人間の兵士たちは負傷者の救護や武器弾薬類の引き揚げに徹し、命令無視をしてまでモンスターを追撃はしなかったので安心した。
爆音と怒声が響き渡る戦場から一切の音が消え、不気味な静けさと無数の死屍累々のみが戦場に残されているのだった。
「……ここ第三区域までは戦果としてもらっていいのだろうか」
私としても命からがら逃げ出してきたようなものである。
当の私ですら未だに状況が掴めていないのだから、この世の全ての人にとってこの味の悪い幕引きは理解できなくて当たり前だ。
「とりあえず、情報の共有と状況の整理が必要だ。これからの事はゆっくり考えよう……」
「なッ──!」
信長は持っていた盃を片手で握り潰した。
「貴様の掲げる平和とはつまり、人間にとっての平和であろう」
「それは……」
「ならば我らと相容れることはない。それぐらい分かるだろう」
モンスターは人間を捕食するものもいる。それにアンデット系はそもそもの媒体が人間の死体であったりするので、共存は不可能であるといって差し支えない。
「では、ここ魔王領からこちらを攻めないと約束してもらえるか! もちろん、こちらからも攻め入ることはない! それで永遠の平和を誓おう!」
「この広い大陸において、このような辺境の地に儂を閉じ込めると?」
「それは……」
信長の鋭い目に睨まれると、私は背筋が凍るほどの恐怖に襲われた。これが絶対的な支配力の差なのだろうか。
「それに、貴様の望む平和なぞ夢物語に過ぎんわ! 儂ならばこの大陸のみならず、海の向こう、そしてあの星の向こうまで全てを手に入れる!」
「掲げる正義の違いだ」
私は刀を抜いた。それはもはや話し合いでは解決しないということが分かった今、最終決戦を遂げようという意思表示だった。
それを察したこちらの軍勢も、全員が武器を構える。
「向かってくるか。その意気や良し! だが儂は二度と同じ過ちは繰り返さぬ。今度こそ慎重を期して、確実な天下布武を成し遂げるのだ」
伝説によれば、人類が今こうして生きているのは魔王を一度退けたからである。
五百年間、人類が共倒れする日を待ち、ここ十年間はその兆しが見えたからモンスターたちを集めて虎視眈々と牙を研いでいたのだろう。
だが私が人類をまとめあげ、しかもこちらから魔王領に入り込み敵情視察に来たのは想定外だったのだろう。
だからさっきから退け退けと言っているのだ。
「今度は寝首を搔かれないよう仲間を選ぶんだな」
「ふん、ほざけ。……軍を退かぬと言うのなら、貴様らは死ぬこととなるだろう」
そう言って信長は腕を掲げる。するとまるでオーラが彼の身を包むかのように、目視できるほど濃密な魔素が集まり、巨大な髑髏武者を形作った。
武者はまるで信長と動きがリンクしているかのように刀を掲げ、今にもそれが私たちの頭上に振り下ろされようとしていた。あんなものをどうしろと言うのか。
「……分かった。今は退こう」
歳三が絶望する魔人。そしてそれを超えるであろう魔王織田信長の存在。
向こうとしてもこのまま戦えば多くの手駒を失い大陸制覇が遠のく。こちらとしても最後にはあの勝ち目のない化け物と対峙しなければならず、勝利は望めない。
最善の選択肢はここは互いに兵を引き揚げ、次に確実な勝利を目指すことだった。
そう、それはまさに武田信玄と上杉謙信が幾重にも川中島で矛を交えたかのように。
「三年だ。三年後この場所で相見えようぞ。その時はどちらかが死ぬまで戦いは終わらぬ」
それは何とも不思議な感覚であった。今話しているこの男とは、三年と一日後にはもう話すことができないのだ。
この戦いで数十万、いやもしかしたら百万人以上の人が命を落としている。だがいざ自分が三年後に死ぬかもしれないと思った時、微かな恐怖が私の心臓を縛った。
「全軍、今すぐ攻撃を止め速やかに撤退せよ……」
信長が魔王領に広まる魔素を全て吸い尽くし、爆撃も中断しているため無線機は問題なく作動した。。
『最前線で何があったのですか!?』
無線機の向こうからディプロマの声が聞こえた。
そうだ、今退けば助かる命も沢山あるのだ。失ったものも多いが、今は逃げていい時だ。
「後で説明する。──ではまた会おう。魔王、織田信長」
「クハハハ! せいぜい楽しませよ、人間の王、レオ」
私は馬を引き返し、人間の領土へと向かった。
その手網を握る手が酷く震え、額には冷や汗が滲んでいたことはサツキ以外に見られていなければいいのだが……。
「どういうことなのでしょうか陛下! そろそろ説明して頂けますか! なぜ! なにゆえモンスターたちは大人しく引き下がっていくのですか!」
本陣まで無事に帰還すると、プリスタが珍しく声を荒らげて私にそう問いかけてきた。奥にはディプロマも腕を組んでこちらを伺っている。
「魔王と話してきた」
「ま、魔王と!? 本当なのですか!?」
王国、もとい聖教会での教えには魔物は絶対の悪と記されている。その悪の権現である魔王の存在は彼らにとって心中穏やかでないことは確かだ。
「嘘であればこの光景に理由が付けられないだろう」
魔王信長から魔人織田家臣団に指示を出したのか、モンスターたちは地面や霧の中へ消えていった。私が最前線からこちらに戻る際にすれ違ったのだが、向こうがこちらの行軍を避けるかのように道を譲っていく様は見ていて心が浮つく不安な気持ちにさせられた。
困惑しながらも人間の兵士たちは負傷者の救護や武器弾薬類の引き揚げに徹し、命令無視をしてまでモンスターを追撃はしなかったので安心した。
爆音と怒声が響き渡る戦場から一切の音が消え、不気味な静けさと無数の死屍累々のみが戦場に残されているのだった。
「……ここ第三区域までは戦果としてもらっていいのだろうか」
私としても命からがら逃げ出してきたようなものである。
当の私ですら未だに状況が掴めていないのだから、この世の全ての人にとってこの味の悪い幕引きは理解できなくて当たり前だ。
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