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第四章

232話 海の向こうへ

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「貴重な話をありがとうございました」

「いえ、こちらこそ、若き勇士と話すことができて楽しかったです。また鉄道、とやらで気軽にお越しください」

「いつか必ず」

「そしてこちらをお持ちください」

 ヴァイゼは一冊の分厚い本を私に差し出す。

「これは?」

「本来エルフは本を書きません。いつか朽ちる本より、親から子供へ語り継ぐ方が確実だと思っているからです。ですが寿命の短い人間にはこの方が良いでしょう」

 本の適当なページを開くと、そこにはヴァイゼの手書きと見られるこの世界の歴史が挿絵付きで描かれていた。

「ありがたく受け取ります。ヴァイゼ殿、重ねてお礼を」

「はい。貴方がより大きな偉業を成し遂げた時、また私にお話を聞かせてください。その最後の空白の数ページを、その時埋めましょう」

「ふふ、粋な仕組みだな。では、私はそれを成し遂げに行きます。ヴァイゼ殿もそれまでお元気で」

「はい。貴方も、どんな困難に出会っても無事でいられますよう、お祈り申し上げます」

 私たちは固い握手を交わし別れを告げた。

「……もういいんでござるか?」

「ああ。エルたちの方へ行こうか」

「了解でござる! にんにん」







 私は木の上で見張りをしていたサツキを連れ、花畑を観光していたエルシャたちと合流した。

「……あら、早かったのね」

「ここは人間の世界とは時間の流れが違うように感じるが、もう半日は経っているぞ」

「……本当ね」

 私の懐中時計を見せると、エルシャは名残惜しそうに花畑を出てこちらへ向かってきた。
 その手には一輪の花がある。

「はい、これ」

「ありがとう」

 その花は涼しげな香りを放ち、純白の花弁の中央には薄ピンクの模様があった。

「エルフが一番大事にしている花、エーヴィヒだそうよ。花言葉は『永遠』」

「永遠……」

「悠久の時を生きるエルフにとって、一年草はあまりにも儚い。しかし、そのエーヴィヒは十年間花を咲かせ続けるのです」

 エートラーはそう説明を付け加えた。

「それじゃあ、この花はこの本で押し花にしようか。そうすれば、この花も永遠に残すことができる」

「それも素敵ね」

 私はハンカチで優しく花を包み、ヴァイゼから貰った本の間にそっと挟んだ。

「──ではエートラー殿、私たちはもう行きます。またお会いしましょう」

「はい、またの日を楽しみにお待ちしております。その時は是非息子のシャルフも連れてお越しください」

「分かりました。それでは」

 そうして私たちを乗せた機関車はポッポーと別れの挨拶代わりに汽笛を鳴らし、ゆっくり次の目的地へ進み出した。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





『おおー! レオ様! 懐かしい景色が見えて来たでござる!』

 それから私たちはいくつかの亜人・獣人の国々に寄りながら、最終目的地である妖狐族の里までやって来た。

 前に来た時は古風な日本の風景に重ねノスタルジーを感じたものだが、それは鉄道の通った今でも相変わらずだった。

「──よく来た。いや、今は“よくぞお越しくださった”と言うべきか?」

「気を使わなくて結構だヒュウガ殿。今日は歳三がいなくて申し訳ないがな」

 腰に大きな刀を引っ提げ、誇らしそうに腕を組みながらヒュウガが私を出迎えてくれた。隣には白無垢を来たシラユキの姿もある。

「お久しぶりですありんす。フブキ……シズネは元気でありんすか?」

「はい。それにカワカゼや他の者たちも皆元気によくやってくれていますよ。それに……」

「お久しぶりでござる族長! にんにん!」

「あらあら……。元気そうでありんすなあ……」

 妖狐族は主に歳三付きの部隊、つまり特殊作戦部隊隊員としてまさに今魔王領で活動している。

「話したいことも沢山あるが、今日は例のところを見たくて来た」

「聞いている。着いてきてくれ」

 私たちはヒュウガ自らの案内により妖狐族の里のそのまた向こう、海岸線まで徒歩で向かった。






「なんだかここも不思議な所ね」

「ここでも一泊していく予定だ。妖狐族の食事も、皇都では絶対食べないようなものでまた良いぞ」

「それは楽しみね」

 そんな話を死ながら小さな山を越えると目的のものが見えて来た。

「──ほう、これは順調そうだな」

「ああ。夢が実現されようとする光景は、我々に希望を与えてくれる」

 ヒュウガは大層嬉しそうに笑顔を見せながらそう言った。

 海岸線に広がっていたのは、巨大な造船所とそれに付する四つのドックである。
 現在進行形で一つのドックでは船の骨格が組み上げられていた。

「現場は危険だから少し離れたここから見るのが一番いい」

 造船所には大量の木材や鉄材が運び込まれてくる。木材はエルフの森から、鉄材は協商連合から輸入したものだ。
 ドックの方ではドワーフたちを中心とした技術者たちが忙しなく働いている。

「帆船ではどれだけ大型にしても潮流に呑まれて座礁してしまった。今は試験的に木造船に蒸気機関を載せた蒸気船に着工したところだ」

 蒸気船のいい所はその強力なパワーで鉄の船すら動かすことができる所だ。いつかはこれを発展させ、戦艦大和をも動かす蒸気タービン方式への進化が待たれる。
 二つの月から生み出されるイカれた潮流すら切り裂き、まだ見ぬ海の向こうへ私たちを連れて行ってくれるだろう。

「これは国家予算のそれなりを費やした一大プロジェクトだ。必ず成功させてくれ」

「ああ。我々は絶対に諦めない」

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