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第三章

194話 皇帝

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「……あら、緊張してるの?」

「ま、まあ……、多少はな……」

 終戦から一ヶ月間、それは怒涛の日々と呼ぶに相応しいものだった。

 一番厄介だったのは貴族たちである。
 この戦いで味方だった者は報酬や今後の便宜を求め、敵だった者は恩赦を求め、私の元へ詰めかけた。

 それらは基本的に孔明が対処してくれたが、私としても今後長い付き合いになるであろう権力者らを無下にもできず、連日長時間拘束され心身共に疲弊した。

 そして反乱を起こされないよう、私の皇位継承が認められるよう慎重に立ち回った。
 ナポレオンは「従わないのなら武力で」と言ったが、これ以上帝国内で争い共倒れすることは避けたかったし、それは諸侯も理解していたため穏便に済んだ。

「戴冠式は立派だったわよ? 結婚式はガチガチだったけれど」

「……帝国中の貴族が一堂に会して、緊張しない方が図太すぎるよ……」

 次に面倒だったのは国民、特に皇都の民衆である。
 私からすれば諸悪の根源であるヴァルターやボーゼンを除いたという認識だが、彼らからすれば次々に国のトップが死んで入れ替わり、しかも歴史上初めて首都を攻められるという経験をした訳だ。
 私の支持率も決していいものではなかった。

 そのためエルシャを積極的に出した。各地の訪問や街宣、国庫からのボランティアイベントの主催など幅広く行った。
 隠居を決めた皇后を除けば、エルシャは最後の皇族になる。五十年の治世を築いたプロメリトス家の血筋が残れば、それだけで国民にとっての心の拠り所と成り得た。

「ほら、もっと背筋伸ばして」

「…………」

 一ヶ月間は臨時政府としてこうした統治を行ったが、目立った反発がなかったのは、私たちの努力のおかげか、あるいはもう帝国にはもはや抵抗する体力すら残されていないのか。

 どちらにせよ、今日という日を無事に迎えられたことは感謝せねばならない。

「さあ、時間よ。行きましょう」

「……ああ──」







 私とエルシャは皇城の城壁に設けられたバルコニーに出た。それを見た軍楽隊によるファンファーレが鳴り響く。
 眼下の城下前広場には全国各地から集められた百万の兵士が整列している。更にその奥には民衆が詰めかけていた。

「……あー……」

 ヘクセルによって改良された魔導拡声器は皇都中のスピーカーに繋がれ、私の声はどこまでも響いた。
 そしてこれは無線機を中継として帝国中に届けられている。

 子どもをあやす様にエルシャに背中を撫でられ、私は思わず苦笑いを浮かべる。それから目を瞑り覚悟を決め、大きく息を吸い

「──親愛なる帝国民の皆様、ごきげんよう! 私はレオ=ウィルフリード改め、レオ=フォン=プロメリトス! このプロメリア帝国の新たな皇帝である!」

 自分でそう言って、改めてこの国のトップになったのだと実感する。
 羽織ったローブも、取ってつけたように頭に載せられた冠もコスプレのようにしか感じなかった。だがこうして大勢の人間の前に立ち私が皇帝だと宣言することで、彼らの命を握る責任を負っているのだという重圧がそのまま私に乗っかってきた。

「……このような栄誉ある地位に就くことができ、感慨深い思いで一杯である。私は自分がこのような責任ある地位に就くことができたことを光栄に思い、真摯な心で皇国の繁栄に尽力していく所存だ。私は皆が幸せに暮らせる社会を築くために、全力を尽くすことをここに誓う! 私は国民の幸福と帝国の繁栄のために、日夜努力を惜しまない」

 まさか自分が一刻の首長として所信表明演説をする日が来るなど、前の人生では考えもしなかった。

「──また私たちの国は歴史的にも文化的にも豊かな国であり、それを守り、発展させていくことが私の責務であると認識している。私たちは多様な文化や信仰を尊重し、共存する社会を築くことが大切であると考えている。……それは国を超え、種族を超え、亜人・獣人たちを含む、新たな国の形を目指していくつもりだ」

 国として亜人・獣人との関係を正式に宣言する。
 私の理想が一つ、叶った瞬間であった。

「最後に、私は国民の皆に感謝の意を表したい。皆の支えがあってこそ、私たちは今日このような地位に立つことができたのだ。私たちは国民とともに、この国の未来を担うことをここに誓う!」

 兵士たちの間で歓声が沸き起こった。私の味方をした地方貴族たちも満足気な表情で私のことを見上げている。

「……最後に、妻から皆に一言伝えたいことがあるそうだ」

 私は横のエルシャと場所を代わった。

「……皆様、御機嫌よう、エルシャ=フォン=プロメリトスです。本日はお集まり頂きありがとうございます」

 彼女は柔らかな笑顔でそう挨拶した。

「まずは私から、国を治める皇族として、皆様に謝罪させて頂きたいのです。この度は度重なる戦乱に皆様を巻き込んでしまったこと、深くお詫び申し上げます」

 エルシャは深々と頭を下げた。私もそれに合わせて頭を下げる。
 皇帝と皇后がこうした場で二人揃って国民に頭を下げるなど、前代未聞のことであろう。

「国民の皆様から、不安の声が届いております。私自身、父を失い、兄二人を失い、絶望の淵にありました。……ですが、そんな絶望から救ってくれたのが、レオでした。──きっと皆様の生活も、この国の未来も、私の夫なら全てを救ってくれる。そう信じています」

 そう言うと彼女は私の方をチラリと見て、少し笑った。
 今のは本心よ、とでも言いたいのだろうか。

「これから、帝国が試される時間が続くでしょう。私の夫は普通の人では理解できない程、上を行く人です。ですがいつも最後には素晴らしい結果が待っていました。あと少しだけ、一緒に耐えましょう。十年後、きっと誰もがレオのことを称えるでしょう。百年後、誰もがレオの治世を羨むでしょう。千年後、誰もが歴史書でその伝説の王を知るでしょう」

 私はそれを横で聞いてどんな顔をすればいいか分からなかった。だが、エルシャがそれ程までに熱弁してくれているという事実が、ただただ嬉しかった。

「どうか夫のこと、よろしくお願いします。……私からは以上です」

 今度は民衆の間で歓声が沸き起こった。
 ここから見下ろす全ての人間が、私たちを祝福している。

 今日、この日、この宣言をもって、私がこの国の皇帝となったのだ。
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