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第二章
153話 計画
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ファリア帰還後、私たちは休む暇もなく緊急会議を開催した。
孔明を含めたファリアの中心人物を全員招集して、ことの全容を一から話す。
「──それは、おめでとうございます、と手放しに喜べるようでもないですね……」
「貴族である以上、いずれ似たようなことにはなるとは思っていたさ」
「でも、レオくん自身は本当にそれでいいと思っているのかなぁ……?」
「シズネさん……。仕方ないんです。陛下の決められたことは覆せない。もうじき正式な公布がファリアまで届きますよ……」
シズネは悲しそうに俯いた。
「……悔やんでも仕方がない。とにかく、諸侯との緩衝などについてはエアネスト公爵もといデアーグ公爵に頼んだが、私たちでもこの問題にどう対処すべきか考える必要がある」
貴族への対応はデアーグ公爵に任せるとして、私たちは私たちでいつか来る皇女への対応を考えなければならない
「存在自体が危険でありながら、危うい中央との関係との間を埋める鍵にもなり得る、まさに一得一失の存在。……これは大仕事となりそうです」
「私はいいとして、皇女殿下がこのような土地に住むというのがまず問題だ」
私は所々傷んだ屋敷の天井を見上げる。
ファリアは土地こそ大きいが、そのほとんどが農作地である。人口も増加傾向にあるとはいえウィルフリードには遠く及ばない。
皇女に相応しい場所ということを考えると、私自身が皇城に召還される可能性の方が高いまである。
「てかそもそも婚約って段階ならまだ皇女はこっちに来ないんじゃねェか?」
「だといいんだがな。それなら来年の私の誕生日まで引き伸ばせる」
私は春の終わり頃の生まれだ。初夏の今から見て一年弱の猶予が貰える。
「ですが地方領主に嫁ぐ皇族など前例がない故に、そう言いきれないのがなんとも……」
孔明も羽扇で顔を覆い頭を抱える。
全く同じには考えることはできないが、貴族間の結婚では婚約段階で相手の家に入っていることも少なくない。それはほぼ全ての場合、皇族の結婚とは政略結婚であり、女性は人質に差し出されたようなものだからだ。
相手方としては一刻も早く手元に人質をおきたがる。
「まぁどの道亜人・獣人たちと住むために都市計画を大きく変えている所だ。悪いがそこに皇女という存在もねじ込んで建築計画などをいじってくれ」
「了解しました。どの程度のものを用意しましょう」
「せめてウィルフリードの屋敷だな。皇女がファリアに御不満であれば最悪私が皇女を連れて私の実家に戻るという形を考えている。……それでも駄目ならデアーグ公爵などを頼る他あるまい」
私の頭にはリーンや皇都での迎賓館、エアネストの屋敷が思い浮かんだ。だがそれらを用意するのは簡単ではない。
ウィルフリードも、要塞都市である経緯から多少無骨ではあるが大きさなどは立派な屋敷に仕上がっている。
そもそも私は無駄に豪華な家や部屋が好きではない。元の世界では庶民的な家庭で育ち、こちらでもあのウィルフリードで育った私には、豪華絢爛の限りを尽くした貴族らしい空間など落ち着かないのだ。
しかし今となっては、かつてのファリアの主であるバルン=ファリアが集めたあの蒐集品が惜しい。残念ながら芸術的・文化的に価値があると思われるもの以外は全て売っぱらってしまった。
「そして団長と歳三には皇女の警護についても準備しておいて欲しい」
「了解しました。近衛騎士団として長年培ったこの力、遺憾なく発揮してみせます」
「街の治安維持にも力を入れるぜ」
歳三は最近妖狐族に普段の仕事として街の警備を積極的にやらせていた。そして自らその指揮を執り街を歩いているようだった。
刀を持った集団が街の警備に練り歩くとは、やはり歳三も妖狐族の出で立ちを見て懐古心がくすぐられたのだろうか。
「ヘクセルにシフも、引き続きファリアの産業を支えてくれ」
「わ、わかったよ……」
「ああ」
軍需産業など私の理想からかけ離れているように見えるが、目的と手段を履き違えてはいけない。
武器を持たずに平和を叫んでも、悪意を持ち剣先を向ける隣国には届くはずもないのだから。
「シズネさんは教育関係に事務までお任せして忙しいと思いますが、よろしくお願いします」
「はぁい」
新しくファリアにやってきた亜人・獣人たちへの教育もシズネに頼んでいる。獣人として同じ目線からこの国の法律や人間の生活について教えられる彼女が適任だ。
「よし! 全体での会議もこれで終了とする。詳細は各員の裁量に委ねる。最終的には孔明の判断を仰ぐように。──それでは、解散!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……レオ、少しいいですか?」
「どうした孔明?」
皆が会議室を去った後、孔明が話しかけてきた。
「レオは覚えていますか? 私が以前、レオがこの国を統べなさいと言ったことを」
「……その話か」
「ついに絶好の機会が巡ってきたようです」
「……確かに皇帝家との血縁関係というのは大きい。しかしまだその時ではない」
「それはつまり、“その時”が来ると?」
「…………」
「……分かりました。……ではその時を待ちましょう」
私の命の危機を感じる今、孔明は早く行動を起こすことを望んでいるのだろう。殺られる前にやり、のし上がる。まさに乱世を生き抜いた英雄の考えだ。
確かに強力な派閥や亜人・獣人たちの後ろ盾は大きい。しかしそれでもまだ私は全てを屠る覚悟はできていなかった。
思想家マキャベリに言わせれば、それは確実に一度で全てを消し去らなければならない。失敗すれば私の立場はより危うくなる。
私はまだ君主になるだけの自信は足りていなかった。
「孔明。私を張角ではなく、劉備のようにしてくれ」
「はい。しかと心得ております。……今は私も司馬懿を見習うとしましょうか」
傭兵として一から築き上げた劉備と孔明たち。しかしその志は半ばに打ち砕かれた。
それに対し、有力者であった魏の曹操の軍師として爪を研ぎ続け、最後は司馬一族が秦として中華を統一した。
私たちは歴史の勝者にならなければならない。後世に語り継がれる名声など必要ない。
平和な世界を作るために、最後には私が立っていなければならないのだから。
孔明を含めたファリアの中心人物を全員招集して、ことの全容を一から話す。
「──それは、おめでとうございます、と手放しに喜べるようでもないですね……」
「貴族である以上、いずれ似たようなことにはなるとは思っていたさ」
「でも、レオくん自身は本当にそれでいいと思っているのかなぁ……?」
「シズネさん……。仕方ないんです。陛下の決められたことは覆せない。もうじき正式な公布がファリアまで届きますよ……」
シズネは悲しそうに俯いた。
「……悔やんでも仕方がない。とにかく、諸侯との緩衝などについてはエアネスト公爵もといデアーグ公爵に頼んだが、私たちでもこの問題にどう対処すべきか考える必要がある」
貴族への対応はデアーグ公爵に任せるとして、私たちは私たちでいつか来る皇女への対応を考えなければならない
「存在自体が危険でありながら、危うい中央との関係との間を埋める鍵にもなり得る、まさに一得一失の存在。……これは大仕事となりそうです」
「私はいいとして、皇女殿下がこのような土地に住むというのがまず問題だ」
私は所々傷んだ屋敷の天井を見上げる。
ファリアは土地こそ大きいが、そのほとんどが農作地である。人口も増加傾向にあるとはいえウィルフリードには遠く及ばない。
皇女に相応しい場所ということを考えると、私自身が皇城に召還される可能性の方が高いまである。
「てかそもそも婚約って段階ならまだ皇女はこっちに来ないんじゃねェか?」
「だといいんだがな。それなら来年の私の誕生日まで引き伸ばせる」
私は春の終わり頃の生まれだ。初夏の今から見て一年弱の猶予が貰える。
「ですが地方領主に嫁ぐ皇族など前例がない故に、そう言いきれないのがなんとも……」
孔明も羽扇で顔を覆い頭を抱える。
全く同じには考えることはできないが、貴族間の結婚では婚約段階で相手の家に入っていることも少なくない。それはほぼ全ての場合、皇族の結婚とは政略結婚であり、女性は人質に差し出されたようなものだからだ。
相手方としては一刻も早く手元に人質をおきたがる。
「まぁどの道亜人・獣人たちと住むために都市計画を大きく変えている所だ。悪いがそこに皇女という存在もねじ込んで建築計画などをいじってくれ」
「了解しました。どの程度のものを用意しましょう」
「せめてウィルフリードの屋敷だな。皇女がファリアに御不満であれば最悪私が皇女を連れて私の実家に戻るという形を考えている。……それでも駄目ならデアーグ公爵などを頼る他あるまい」
私の頭にはリーンや皇都での迎賓館、エアネストの屋敷が思い浮かんだ。だがそれらを用意するのは簡単ではない。
ウィルフリードも、要塞都市である経緯から多少無骨ではあるが大きさなどは立派な屋敷に仕上がっている。
そもそも私は無駄に豪華な家や部屋が好きではない。元の世界では庶民的な家庭で育ち、こちらでもあのウィルフリードで育った私には、豪華絢爛の限りを尽くした貴族らしい空間など落ち着かないのだ。
しかし今となっては、かつてのファリアの主であるバルン=ファリアが集めたあの蒐集品が惜しい。残念ながら芸術的・文化的に価値があると思われるもの以外は全て売っぱらってしまった。
「そして団長と歳三には皇女の警護についても準備しておいて欲しい」
「了解しました。近衛騎士団として長年培ったこの力、遺憾なく発揮してみせます」
「街の治安維持にも力を入れるぜ」
歳三は最近妖狐族に普段の仕事として街の警備を積極的にやらせていた。そして自らその指揮を執り街を歩いているようだった。
刀を持った集団が街の警備に練り歩くとは、やはり歳三も妖狐族の出で立ちを見て懐古心がくすぐられたのだろうか。
「ヘクセルにシフも、引き続きファリアの産業を支えてくれ」
「わ、わかったよ……」
「ああ」
軍需産業など私の理想からかけ離れているように見えるが、目的と手段を履き違えてはいけない。
武器を持たずに平和を叫んでも、悪意を持ち剣先を向ける隣国には届くはずもないのだから。
「シズネさんは教育関係に事務までお任せして忙しいと思いますが、よろしくお願いします」
「はぁい」
新しくファリアにやってきた亜人・獣人たちへの教育もシズネに頼んでいる。獣人として同じ目線からこの国の法律や人間の生活について教えられる彼女が適任だ。
「よし! 全体での会議もこれで終了とする。詳細は各員の裁量に委ねる。最終的には孔明の判断を仰ぐように。──それでは、解散!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……レオ、少しいいですか?」
「どうした孔明?」
皆が会議室を去った後、孔明が話しかけてきた。
「レオは覚えていますか? 私が以前、レオがこの国を統べなさいと言ったことを」
「……その話か」
「ついに絶好の機会が巡ってきたようです」
「……確かに皇帝家との血縁関係というのは大きい。しかしまだその時ではない」
「それはつまり、“その時”が来ると?」
「…………」
「……分かりました。……ではその時を待ちましょう」
私の命の危機を感じる今、孔明は早く行動を起こすことを望んでいるのだろう。殺られる前にやり、のし上がる。まさに乱世を生き抜いた英雄の考えだ。
確かに強力な派閥や亜人・獣人たちの後ろ盾は大きい。しかしそれでもまだ私は全てを屠る覚悟はできていなかった。
思想家マキャベリに言わせれば、それは確実に一度で全てを消し去らなければならない。失敗すれば私の立場はより危うくなる。
私はまだ君主になるだけの自信は足りていなかった。
「孔明。私を張角ではなく、劉備のようにしてくれ」
「はい。しかと心得ております。……今は私も司馬懿を見習うとしましょうか」
傭兵として一から築き上げた劉備と孔明たち。しかしその志は半ばに打ち砕かれた。
それに対し、有力者であった魏の曹操の軍師として爪を研ぎ続け、最後は司馬一族が秦として中華を統一した。
私たちは歴史の勝者にならなければならない。後世に語り継がれる名声など必要ない。
平和な世界を作るために、最後には私が立っていなければならないのだから。
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