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第二章

113話 幾度の別れ

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 夜が明ける前に出立するため、私たち突撃隊の全員が既に里の入口に集合し、軽い打ち合わせを行っていた。
 更には見送りとも、警戒とも分からない雰囲気で妖狐族の人々も集まっており、ちょっとした騒ぎになっている。

 孔明の策により、ここまで特に大きな障害もなく妖狐族の里へ来ることができた私たち。しかし、敵の本陣となればそうはいかないだろう。
 一晩英気を養った兵たちの顔には覚悟と、若干の緊張が見て取れた。

「何もできない無力な我々を許してくれ。ウルツ殿のご武運をお祈りする」

「ありがとうカワカゼ。きっとまた会おう」

 父とカワカゼはお互いの手をがっちりと握り、再会を願った。

 いつ命を落とすか分からない戦場で父が別れの言葉にこれを使うのは、負けられない理由を増やす願掛けのようなものなのかもしれない。
 皇帝や帝国民、はたまた出会った全ての人間の想いを背負って戦う父の背中は、父と共に過ごす度にどんどん大きくそびえ立つ壁のように感じていた。

「昨日は悪かったレオ殿。君ならこの戦いを終わらせられると信じているよ」

「ヒュウガ殿もお達者で。あまり無理はなさらないでくださいね」

「敵地のど真ん中を突っ切りここまで来て、更には最も危険な場所にこれから向かう君に言われるとはな!」

 ヒュウガが心から笑った顔は初めて見たかもしれない。

 死にかけたことで死生観が変わることはあるだろうが、歳三に負けてからヒュウガの妙な優しさというかなんというかを感じる接し方をされて若干戸惑う。
 だが私の隣に立つ歳三は笑顔でその様子を眺めていたので、決闘をした後の男とは清々しい気持ちで一杯なのかもしれない。私には一生分かりえない感覚だろうが。

「こちらをお持ちになっていかれなんし」

 ヒュウガの少し後ろに控えていたシラユキが、着物の袖から封筒の形に折られた包み紙を取り出し私に差し出した。

「これが……」

「手紙だけで終わるならとっくに終わっている争いでありんす。わっちは帝国との同盟に賛成するとだけ書き申した。後は貴方次第でありんすえ?」

「同盟の件、ご存知だったのですか?」

「里の中でのことは全て聞こえているでありんす。カワカゼと話していたでありんすえ?……と、そんな悠長なお話をしている場合ではありんせんね」

 妖狐族の後ろ盾。それは僅かながらも確実に私の掲げる理想への支えとなる。

「そうですね。……このご助力を無駄にはしません」

 私がそう言うとシラユキは軽く微笑み、ヒュウガの近くへと戻って行った。

「レオくん、どうか生きて帰ってきて。例え戦争を終わらせられなかったとしても、レオくんさえ死ななければ……」

 フブキは目尻に涙を浮かべながら私の手を取り懇願する。

「そうはいきません。……必ず戦争を止め、平和を取り戻してきます」

「それじゃ駄目。約束して。絶対生きて帰ってくるって」

 彼女のこの口調は、私の幼少期(と言っても数年前だが)の頃、彼女が家庭教師としてウィルフリードで働いていた時のことを思い出させた。

「……約束します」

「本当?絶対だよ?」

「ちゃんと言った通りここまで来たじゃないですか」

「そうだね、レオくんは王子様だ」

「ただの貴族ですけどね」

 そんな小粋な貴族ジョークを挟みつつ、私たちは別れを惜しんだ。

「──そうだフブキさん。……いえ、シズネさん。この戦争が終わったらまたファリアに来てくれませんか。私にあなたが必要です」

 彼女は目を丸くして心底驚いた表情を見せた。
 そして自身の左右を見る。ヒュウガとシラユキは黙って頷く。

「──是非!また働かせてください!」

「よろしくお願いします」

 この時の私に、シズネを帝国民と獣人の融和の象徴に見立てていた節もある。しかし、私の本心はもっと別の所にあった。
 ……それを口に出すことはしないが。



「──ウルツ様、準備完了しました」

 タリオとアルガーが最後の装備が入った袋を持ってきた。

「うむ。レオ、そろそろ……」

「はい。──それでは妖狐族の皆さん、昨晩はお世話になりました」

「総員敬礼!」

 団長の号令で近衛騎士団の全員が一斉にガシャンと鎧を鳴らしながら敬礼した。

「それではお元気で」

 私が馬に乗ると、それを見たアルガーが先行して敵本陣があるという方向へ出発した。
 続いて父、近衛騎士と次々去っていく。

「レオくん、頑張ってね!」

 私はシズネの言葉に黙って頷き、馬の手網を引き、走らせ始めた。歳三とタリオも私の左右を並走する。

 段々と遠ざかっていく妖狐族の里からは私たちに向けられた声援が聞こえてきた。それでも私は馬を走らせる手を止めなかった。
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