114 / 262
第二章
112話 泡沫の夜
しおりを挟む
「最後に、貴方のお顔を直接拝見させて頂いても良いでありんしょうか?」
私とてシラユキの正体を見たい気持ちはある。
「え、あぁ、……はい。問題ありませんが……」
私の返答に影は軽く頷き、御簾が上へ開けられる。
中から姿を表したのは、透明なまでに白い肌をした若い女性であった。
細く鋭い目の周りは朱で隈取られ、薄い唇も紅で艶々しく彩られている。そして彼女がフブキの母、妖狐族の女性であると象徴するようにフブキと同じ白く長い髪が結われ、美しい毛並みの耳と尻尾があった。その尻尾は影に映っていた九つではなく、フブキと同じ一本である。
「──嗚呼……、なんて精悍な顔つき……。正に英雄の相……」
「え、いや、あっ──」
シラユキは幾重にも重なった、いかにも重そうな白い着物を引きずりながら身を乗り出し私の顔に手のひらを添えてきたのだ。
「でも、とっても哀しそうな目をしているのは何故なのでありんすか……?──悲運、困難、苦痛……。貴方の行く先、運命は──」
「ち、ちょっと!何してるの!」
「あら」
突然部屋に入ってきたフブキは、つい先程のヒュウガの屋敷のように、肩を掴みシラユキと私の間に入り私を抱き締めた。
「い、いや問題はないですよ。少しお話していただけなので……」
しかしフブキの怯え具合を見ると、やはりシラユキには何らかの特殊なスキルがあるのだろうか。
「フブキ。この方たちに今夜の宿を手配してやりなんし?」
「もうカワカゼに頼んであります。──行こうレオくん!」
「え、あ、はい……。それでは失礼します」
フブキに手を引かれ私はシラユキの部屋を後にした。
その後歳三と合流し、父や近衛騎士団たちが待つ里の入口まで戻った。
初めてここに来た時はピリついた雰囲気だったため不安だったが、数時間も経てば多少は打ち解けているようだった。
「──つまり、ウルツ殿は十八の時に戦争で武功を挙げられたのですな」
「ああ。若さを失ったとしても、こうして技術を磨くことで全盛期を超える力を……」
焚き火を中心に談笑している様子は、妖狐族は争いを好まない種族であることの裏付けに思えた。
「お待たせしました父上。日がすっかり落ちてしまうまで時間が掛かってしまい申し訳ありません」
「いや、無事戻ったようで何よりだ」
「あなたたち、もう下がって良いですよ」
「はいフブキ様」
妖狐族の男たちの態度を見るに、フブキは里の中では有力者の娘として確かな立ち位置であるようだ。
「皆さん、敵の総指揮が判明しました。竜人族と人虎族だそうです。今すぐにでも話をつけに行きたいところですが、この暗闇の中進むのは危険です。今夜は里でお世話になりましょう」
「この里に訪れる人などいないので宿はありません。空き家で申し訳ないですがお食事はこちらでご用意します」
「それはとてもありがたい」
「いえ、旦那様と奥様から頂いたご恩を考えれば……」
父とフブキの会話を見ていると、平和だった懐かしい景色を思い出す。
「聞いたなお前たち!妖狐族の方々のご厚意に感謝を忘れず、今日は十分な休養を取るように!尚、民間人へ不要な恐怖を与えないよう、武器はこの袋に集めること!袋の護衛は────」
団長は騎士たちに的確な命令を与え、すぐに準備に取り掛かった。
「旦那様、レオくんはうちの屋敷にどうぞ。……歳三さんも」
「ありがとうございます」
屋敷で出された食事は質素なものだった。貴族の生活に慣れてしまった私にとっては味気なく感じたが、歳三はご満悦の表情だ。
「まさか漬け物がこの世界にも存在していたなんてな!」
「あまり豪華なものを出せなくてごめんなさい。里も結構厳しい状況が続いていてね……」
フブキの言葉に胸が痛む。
妖狐族の里を含め、獣人・亜人の国々は大小関わらず、近年の帝国の侵略の被害を受け国土が圧迫されているのだ。帝国民、ひいては貴族という政治的な権力者である私自身に非がないと言い切ることはできない。
「いや!俺はこれぐらいが一番好きだぜ!なァ、レオもそうだろ?」
「はい。懐かしい味です」
おっと。口が滑った。後ろで歳三に肘で小突かれる。
「前にも食べたことが……?それなら良かった」
「うむ。陣中では新鮮な野菜や穀物を口にすることが難しい。とてもありがたいな」
「旦那様にもそう言って頂けて嬉しいです」
アルガーや近衛騎士団の兵たちもゆっくり休めているだろうか。
団長の指示で重い鎧や剣を外して、久しぶりに穏やかな夜が過ごせていると思う。まぁ、護身用の短剣ぐらいは装備しているのかもしれないが。
敵地でありながらこうしたセーフゾーンとなり得たのは、ウィルフリード家と妖狐族長の娘であるフブキとの関係のおかげだ。
やはり戦争のようないがみ合いは止め、地道な交流による信頼関係の構築が最重要なのである。
囲炉裏を囲み、温かな食事と何気ない会話。たったそれだけのことが、今の私にはこれ以上ない幸せに思えた。
私とてシラユキの正体を見たい気持ちはある。
「え、あぁ、……はい。問題ありませんが……」
私の返答に影は軽く頷き、御簾が上へ開けられる。
中から姿を表したのは、透明なまでに白い肌をした若い女性であった。
細く鋭い目の周りは朱で隈取られ、薄い唇も紅で艶々しく彩られている。そして彼女がフブキの母、妖狐族の女性であると象徴するようにフブキと同じ白く長い髪が結われ、美しい毛並みの耳と尻尾があった。その尻尾は影に映っていた九つではなく、フブキと同じ一本である。
「──嗚呼……、なんて精悍な顔つき……。正に英雄の相……」
「え、いや、あっ──」
シラユキは幾重にも重なった、いかにも重そうな白い着物を引きずりながら身を乗り出し私の顔に手のひらを添えてきたのだ。
「でも、とっても哀しそうな目をしているのは何故なのでありんすか……?──悲運、困難、苦痛……。貴方の行く先、運命は──」
「ち、ちょっと!何してるの!」
「あら」
突然部屋に入ってきたフブキは、つい先程のヒュウガの屋敷のように、肩を掴みシラユキと私の間に入り私を抱き締めた。
「い、いや問題はないですよ。少しお話していただけなので……」
しかしフブキの怯え具合を見ると、やはりシラユキには何らかの特殊なスキルがあるのだろうか。
「フブキ。この方たちに今夜の宿を手配してやりなんし?」
「もうカワカゼに頼んであります。──行こうレオくん!」
「え、あ、はい……。それでは失礼します」
フブキに手を引かれ私はシラユキの部屋を後にした。
その後歳三と合流し、父や近衛騎士団たちが待つ里の入口まで戻った。
初めてここに来た時はピリついた雰囲気だったため不安だったが、数時間も経てば多少は打ち解けているようだった。
「──つまり、ウルツ殿は十八の時に戦争で武功を挙げられたのですな」
「ああ。若さを失ったとしても、こうして技術を磨くことで全盛期を超える力を……」
焚き火を中心に談笑している様子は、妖狐族は争いを好まない種族であることの裏付けに思えた。
「お待たせしました父上。日がすっかり落ちてしまうまで時間が掛かってしまい申し訳ありません」
「いや、無事戻ったようで何よりだ」
「あなたたち、もう下がって良いですよ」
「はいフブキ様」
妖狐族の男たちの態度を見るに、フブキは里の中では有力者の娘として確かな立ち位置であるようだ。
「皆さん、敵の総指揮が判明しました。竜人族と人虎族だそうです。今すぐにでも話をつけに行きたいところですが、この暗闇の中進むのは危険です。今夜は里でお世話になりましょう」
「この里に訪れる人などいないので宿はありません。空き家で申し訳ないですがお食事はこちらでご用意します」
「それはとてもありがたい」
「いえ、旦那様と奥様から頂いたご恩を考えれば……」
父とフブキの会話を見ていると、平和だった懐かしい景色を思い出す。
「聞いたなお前たち!妖狐族の方々のご厚意に感謝を忘れず、今日は十分な休養を取るように!尚、民間人へ不要な恐怖を与えないよう、武器はこの袋に集めること!袋の護衛は────」
団長は騎士たちに的確な命令を与え、すぐに準備に取り掛かった。
「旦那様、レオくんはうちの屋敷にどうぞ。……歳三さんも」
「ありがとうございます」
屋敷で出された食事は質素なものだった。貴族の生活に慣れてしまった私にとっては味気なく感じたが、歳三はご満悦の表情だ。
「まさか漬け物がこの世界にも存在していたなんてな!」
「あまり豪華なものを出せなくてごめんなさい。里も結構厳しい状況が続いていてね……」
フブキの言葉に胸が痛む。
妖狐族の里を含め、獣人・亜人の国々は大小関わらず、近年の帝国の侵略の被害を受け国土が圧迫されているのだ。帝国民、ひいては貴族という政治的な権力者である私自身に非がないと言い切ることはできない。
「いや!俺はこれぐらいが一番好きだぜ!なァ、レオもそうだろ?」
「はい。懐かしい味です」
おっと。口が滑った。後ろで歳三に肘で小突かれる。
「前にも食べたことが……?それなら良かった」
「うむ。陣中では新鮮な野菜や穀物を口にすることが難しい。とてもありがたいな」
「旦那様にもそう言って頂けて嬉しいです」
アルガーや近衛騎士団の兵たちもゆっくり休めているだろうか。
団長の指示で重い鎧や剣を外して、久しぶりに穏やかな夜が過ごせていると思う。まぁ、護身用の短剣ぐらいは装備しているのかもしれないが。
敵地でありながらこうしたセーフゾーンとなり得たのは、ウィルフリード家と妖狐族長の娘であるフブキとの関係のおかげだ。
やはり戦争のようないがみ合いは止め、地道な交流による信頼関係の構築が最重要なのである。
囲炉裏を囲み、温かな食事と何気ない会話。たったそれだけのことが、今の私にはこれ以上ない幸せに思えた。
18
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
旧陸軍の天才?に転生したので大東亜戦争に勝ちます
竹本田重朗
ファンタジー
転生石原閣下による大東亜戦争必勝論
東亜連邦を志した同志達よ、ごきげんようである。どうやら、私は旧陸軍の石原莞爾に転生してしまったらしい。これは神の思し召しなのかもしれない。どうであれ、現代日本のような没落を回避するために粉骨砕身で働こうじゃないか。東亜の同志と手を取り合って真なる独立を掴み取るまで…
※超注意書き※
1.政治的な主張をする目的は一切ありません
2.そのため政治的な要素は「濁す」又は「省略」することがあります
3.あくまでもフィクションのファンタジーの非現実です
4.そこら中に無茶苦茶が含まれています
5.現実的に存在する如何なる国家や地域、団体、人物と関係ありません
6.カクヨムとマルチ投稿
以上をご理解の上でお読みください

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。
なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。
しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。
探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。
だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。
――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。
Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。
Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。
それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。
失意の内に意識を失った一馬の脳裏に
――チュートリアルが完了しました。
と、いうシステムメッセージが流れる。
それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる