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第一章

72話 贈刀品

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 私たちはこの店に至るまでの経緯を話した。

 ザークが言うには来た客を試すために敢えてこんなことをしているらしい。そしてこの剣を見抜いたのは歳三が初めてだとか。

 父すらこの店の剣は素晴らしいと言っていたが、それは単に使わないからだろう。
 私も壁に陳列された立派な剣は名刀だろうと疑わない。まして剣を召喚して戦う父に取って物体の剣は置物でしかないのだから。

「その剣はお前らにやろう。練習にしちゃ中々良くできた」

「ほう? 本番ならもっとスゲェのができるって口ぶりだな?」

「話は聞いてやるってだけだ。まだお前らの為に仕事をするって決めたわけじゃねぇよ」

 そう言いながらもザークはクイッと親指で後ろを指した。カウンターの奥に続く工房の方へ来いということらしい。

 歳三は「お前が持ってろ」と練習作の剣を渡してきた。その斬れ味を目の前で見せられた私は怖くてすぐに鞘に納める。
 斬り落とされた私の元の剣はとりあえずその辺の樽に紛れ込ませておいた。

 歳三はニヤリと笑ってザークに着いていく。




 工房は炉の熱でかなり暑かった。
 これには孔明も羽扇を取り出したパタパタと扇いでいる。

「で、なんだ。俺に作って欲しい武器ってのは」

 ザークはレンガを積んだだけの簡易的な腰掛けに座り込む。

「刀って言うんだが……。まァ見てもらったほうが早ェ」

 そう言うと歳三は和泉守兼定を抜刀した。日本刀独特の刃文に炉の赤い光が妖しく輝く。

「…………! ……もっと近くで見せろ」

 歳三は一度納刀し、鞘ごと刀をザークに手渡す。

 受け取るや否や、ザークは丁寧に刀を抜き隅々まで観察する。

「一体どれほどの修行を積めばこれ程まで……」

 彼は何やらぼそぼそと独り言を言っているようだ。
 初めて見るその新しい武器に込められた刀工の想いに、ザークの職人としての魂が呼応しているのだろう。

「おい、旦那は武器はこれだけか?」

「……? あァそうだぜ?」

「馬鹿な……! これで何人斬った?」

「昔のことは覚えてねェな……。こっちに来てからは、ファリア戦では二十ぐらいだったか? 道中の盗賊共は……、───数えてもいなかったが十人かそこらな気がするな」

「それじゃあ何故刃こぼれ一つもない!」

「あー、そいつは俺も分からねェ。だが兼定も俺と一緒に強くなってるのかもしれねェな!」

 歳三はクククと笑う。
 実際、歳三は召喚されて人間離れした身体能力を手に入れた。刀も何らかの召喚の恩恵を受けているのかもしれない。

 それでも、そもそもこの世界の住人は並外れた身体能力と特別なスキルとかいう能力を持っているので、それでやっとバランスが取れる程度だが。

「ハッ! 俺はそんなのを武器とは認めん。……だが、こんなに美しい武器を見たのは初めてだ。…………良いだろう、カタナとやら、できるだけやってみよう」

「本当ですか!?」

「刃こぼれしないなんてふざけた芸当は流石に無理だがな。……何はともあれ、そのカタナについてもっと詳しく教えろ。材質もただ鉄を打っただけじゃないんだろ?」

「あァそうだ。まず日本刀は玉鋼って言う──────」




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 歳三は事細かに知りうる日本刀についての知識をザークに伝えた。ザークはしきりにメモを取り、刀の鍛造について構想を練っているようだった。

 私も興味深い話だったので黙って横で聞いていたが、孔明には工房が暑すぎたらしく、店内へと出ていった。

「まぁ大体のことは分かった。取り敢えず採寸だけさせろ」

 歳三が「おう」と返事をするのを待たずに、ザークは机の引き出しから紙を取り出し手早く寸法を測り書き込んでいった。
 ほんの少し見ただけで、紙の上には寸分の狂いもない設計図が出来上がる。

「その玉鋼とやらを含むいくつかの素材は聞いたこともない。……だが、いくらか再現性は劣るがそれでもいいってんなら、それなりのモンは作れそうだ」

「そんじゃ頼んだぜ。それは俺からコイツへの贈り物なんだ」

 歳三は私の肩に手を乗せた。

「すぐにでも取り掛かるがいつ完成するか約束はできん。不完全なものを世に出したくないからな」

「それでは先に代金に送料を上乗せしてお支払いします。お手数ですが冒険者ギルドか商人ギルドに頼んで頂けますか?」

 それが最善の方法だろう。流石に完成するまで皇都に滞在する訳にもいかないし、かと言って兵士を残すのも悪い。

「分かった」

「それで幾らぐらいだ? 出来れば俺の給料だけで払える金額なら良いんだが……」

 歳三は他の兵士と同じぐらいの給料しか受け取っていない。ウィルフリード軍の中では、父、アルガーに次ぐ幹部という立場だが、頑なに受け取らないのだ。
 先のファリア戦の戦果に対する報奨金も結局ほとんど使わないまま返してきた。

「そうだな。……金貨五枚でどうだ?」

 日本円にして約五十万か。私にはそれが安いのか高いのか見当もつかない。

「ふうん? もっとぶっ飛んだ金額を吹っ掛けると思っていたんだが……?」

「カタナという俺の知らない武器に対するデザイン料、アイディア料を差し引いといた。もし最初から普通の剣を作れと言われれば材料費で三十と手間賃で七十は貰うがな」

「ハハ! ソイツは何年経っても払えねェな! ───ここに金貨五枚置いとくぜ。この金貨三枚は運賃だ。余った分は取っといてくれ」

 歳三は胸ポケットから巾着を取り出し、計八枚の金貨を机の上に差し出した。
 ザークはそれを確認すると、すぐに金庫らしき鉄の箱にしまい込んだ。

「それじゃァ、後は頼んだぜ!」

「よろしくお願いします!」

「ああ。それに合う鞘も作るから楽しみにしていろ」

 そう言うとザークは初めて私たちの前で笑みを見せた。
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