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第一章

59話 執事

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「──────ですから………! ………だと! ………まったく………! ……………なんですか……!?」

 誰かの怒鳴り声が頭にガンガン響いて気がついた。

「ぅぅぅ……」

「起きましたかレオ様! まずは水を飲んでください! お説教は明日するので、今日はちゃんと休んでください!」

「こ、ここは……?」

 見上げると、そこは薄暗い部屋だった。

「適当な宿を取りました。明日陛下にお目見えするのに、子供が酔っ払って倒れたなんてバレたら一大事ですよ! 今日は身分を隠してここに泊まります」

 横にはアルガーが腕を組んで立っていた。
 奥のソファを見ると、父、歳三、孔明が横一列に並べられていた。皆しゅんとした顔をしている。

 アルガーを含め全員が外套を被っていたので、自分の服を確認すると、それは少々みすぼらしい町人の格好だった。

「はぁ……。せめて陛下との謁見が終わってからハメを外してください。いや、貴族なんだからハメを外して遊び回らないでくださいっ!」

「ご、ごめんなさい……」

 アルガー怖い。

「都合上、ウルツは迎賓館に顔を出さないとマズイです。レオ様の英雄たちは置いていくので、ご自身でちゃんと管理してください」

 そんなぞんざいに扱わないでやってくれ……。

 そう思ったが、歳三は顔を真っ赤にして髪は乱れ、孔明はうとうと眠りかけていた。
 あの後どれほど飲んだのか分からないが、これは怒られても仕方がない。

「ほら! ウルツ行きますよ! 立ちなさい!」

「う、うむ……」

 父はアルガーに連れられて部屋を後にした。

 普段は家にいないアルガーが、こんなに厳しい性格だと思っていなかった。
 いや、母が甘すぎる分、アルガーが引き締めることでウィルフリードは成り立っているのかもしれない。

 父の豪快さと行動力。それが帝国一の英雄と呼ばれる由縁ならば、それはアルガーの支えなしではこの地位まで来れなかっただろう。

 などと考えていられる訳もなく、酷い頭痛と鉛のように重くなった体をそのままベットに沈みこませ、不快な眠りについた。




 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




「…………おーいレオー、もうそろそろ行くぞー」

 歳三に体を揺すられて目を覚ました。

 歳三はしっかりと髪を整え、黒い軍服とコートでキメている。
 孔明は羽扇を口元に当てながら目を閉じているが、多分起きている。

「うぅん、……おはよう」

「これを着て迎賓館まで来いとよ。料金はアルガーが払ってくれているらしい。俺らはこっそり抜け出すぞ」

 テーブルの上には私の正装と、それを隠すための外套が並べられていた。

「着替え終わったら行くぞー」

「ちょっと待ってくれ」



 私たちは店主に顔を見られないよう、外套で隠しながらそそくさと宿を後にした。
 店主は不審に思っただろうが、金は払っているので問題ない。
 ……どことなく罪悪感は感じるが。

「あちらですね。早く行きましょう」

 外は既に大勢の人で賑わっていた。
 朝には出店が道路にズラリと並ぶ。

 焼きたてのパンや、採れたての野菜。昨日戻ったという有名な冒険者の話が書かれた新聞。
 その賑わいは私の胸にのしかかる不吉な塊を吹き飛ばすような、晴れやかな気持ちにさせてくれた。

 こうして街を歩いているだけでも面白い。

 龍の鱗で出来たという鎧だったりミスリルの剣だとうたっている武具屋。
 ウィルフリードの中央商店よりもずっと大きな呉服屋。

 そう言えば、セリルたちは元気にしているだろうか。

 喧騒で満ちた皇都で、ほんの少しウィルフリードのことが懐かしく思い出された。



 今日も朝日で眩しく輝くライヒシュタート城に向かって歩くこと数分。
 一際目を引く大きな屋敷の前に、見慣れた馬車が止まっていた。

「あれだな」

「あぁ。行こう!」

 私たちは外套を脱ぎ、屋敷の前に並んでいる人の方へ近づいた。

「───おお! おはようございますレオ様! お着きになられたのですね!」

「え? お、おはようアルガー……」

 アルガーのその不自然な言葉に私は困惑した。

「ふむふむ。ではこちらが噂に聞くウルツ殿のご子息ですね」

「あ、ど、どうも初めまして……」

 そう私に向き合った男。
 彼の出で立ちは、肩より少し上で切りそろえられたショート。ほぼ見えていなさそうな糸目。眩しいくらいの色白で細身。

 それなのに身長は大柄な父と変わらない程高く、折れてしまうんじゃないかと心配になるようなスタイルだ。

「初めましてレオ様。私(わたくし)はフェア=ヴァルターと申します。これでも、陛下の元で執事をさせて頂いております。無事こちらに到着出来たようで何よりです」

「いやはや! 息子は初めての遠出だから、余裕を持った日程で来させたのですよ! 間に合ってよかった!」

 なるほど。父のわざとらしい口ぶりから察するに、私たちの到着をそういう事にしたらしい。

 そして、それより気になったのは父が敬語で話しているところだ。
 ウィルフリード領では、父が領主であるため当然父が敬語を使うこともなかった。

 ヴァルターなるこの男、陛下直参の執事とは。
 どの時代のどの国でも、君主よりその側近が力を持つことは多々ある。この男も侮れない。

「齢十歳にして数倍の敵兵を破る用兵術。前例なき人間の召喚。貴方の噂はかねがね……。こちらでも話題になっているのですよ」

「い、いえ! それも皇都からの援軍があったからこそです!」

「ふふ、そうですね。バハムート団長もよく頑張ってくれました……。さて! 陛下が首を長くしてお待ちですよ。心の準備は良いですね?」

「は、はい!」

 不気味なくらいにこやかに話すヴァルターの言葉に、私は精一杯力強く応じた。
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