56 / 262
第一章
54話 女傑・ザスクリア=リーン
しおりを挟む
「領主様がいらしたぞ!」
使用人たちの騒ぎ声に、私たちは料理を貪る手を止めた。
「ザスクリアのやつが来たか!」
父はナプキンで口を拭った。まだ髭にソースがちょっと付いている。
「ハァーイ! ウルツ! 無事に魔王領から帰ってこれたようで何よりだわ!」
「うむ! そっちも健勝そうでなによりだ!」
「え? じょ、女性だったんですね……」
父と共に戦った軍人と聞いていたから、てっきり男だと思っていた。
ザスクリアと呼ばれる彼女は、父と同年齢と考えれば三十そこらのはずなのに、二十代前半と言われても怪しむ余地もないほど綺麗だった。
波打つロングのブラウンヘアーと程よく焼けた肌が健康的な雰囲気を出している。
だが、グレーのズボンに黒のジャケットを合わせるといったカジュアルな格好の下には、筋肉の角張りが見て取れた。それは父に見る騎士の姿だった。
「レオ君も生きてまた会えて嬉しいわ!」
「えっと……、援軍ありがとうございました。おかげさまで生き長らえました。そしてまたって言うのは……?」
「まずは~! ……お礼を言えて偉い!」
そう言うとザスクリアはしゃがんで私と同じ目線の高さに合わせ、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
それはあまりにいきなりのことで、私は動揺を隠せなかった。
「ま、忘れててもおかしくないわ! 一度だけ、レオ君が六歳の誕生会で挨拶しただけだものね!」
そういえば、居たような気がしないでもない。なにぶん極度の緊張の中で、沢山の貴族と挨拶をして回ったのでほとんど覚えていない。
「いやはや、ザスクリア! 援軍感謝する! 今日はその礼をしに来たのだが、返ってこのように気を使わせてしまってわるいな!」
「援軍の礼はあの盗賊たちの首でチャラにしてあげるわ。どの道軍を出して討伐する予定だったから。そ・れ・と……」
彼女は立ち上がり、今度は父の方へ歩く。
「お髭にソースがついてるわ。ルイースちゃんが怒るわよ?」
そう言うと、彼女は指で父の髭をなぞり、そのソースをそのまま口に運んだ。
「おぉ、これは失敬……」
「───うん! ウチのシェフの腕は確かね!」
あーあ。これは母上に告げ口せねばなるまい、と思った。
母を怒らせるのはザスクリアの方だ。
「それで? アルガー君はまだウルツの保護者をやってるわけ? いつでもウチに移籍していいのよ?」
「は、ザスクリア様。勿体ないお言葉感謝します。ですが、今もウルツ様には大変お世話になっており、そのお誘いはお断り申し上げます」
人前ではちゃんとしてるアルガーは、胸に拳を当て敬礼しながら頭を下げる。
「あらあら、またアタシ振られちゃった?」
「いい加減お前も所帯を持ったらどうだ」
「……そんな親みたいなこと言わないでよ…………」
ザスクリアはわざとらしく肩をすかしてみせる。
「───で、アタシが来たのに手も止めないコイツらはなんなの?」
そう言われて始めて歳三と孔明はナイフとフォークを置いて立ち上がった。
「こ、これは私の部下が失礼しました……!」
たまらず私が即座に謝った。
「ふぅん、レオ君がいっちょ前に家来引き連れてきたんだ……。オシャレな腕輪までして……。すっかり大人になったね!」
「ふふふ、これは大変失礼致しました。私は諸葛孔明。レオの軍師として召し抱えられております。以後お見知りおきを……」
「俺は土方歳三っていうモンだ。レオの護衛なんかをやってる」
孔明に至っては、ザスクリアの出方や対応を試しているのか、それともただお腹が空いていたのか分からない。
歳三は元から飄々としているので、それほど気にとめていなさそうな様子だ。
「護衛って……。ウルツやアルガー君がいれば、軍隊でも寄越さない限り大丈夫でしょ? そして軍師なんて雇って、どうしたのよウルツ」
「いや、この歳三は俺と一騎打ちで負けずとも劣らず。軍師殿の実力は計り知れないが、レオの能力によると相当の手練(てだれ)のはずだ」
歳三はどこか小っ恥ずかしそうに鼻を擦った。
孔明は羽扇の下で不敵な笑みを浮かべている。……いや、もぐもぐ咀嚼してるのか? あれ。
「ウルツと同じレベルの化け物がそうそういてくれてはたまらないわよ。ん? もしかしてあの日に戦ってた人……? ……まぁ、レオ君を守るには十分そうではあるわね」
ザスクリアはそう言いつつも、なお疑いの目を歳三に向ける。
見慣れない服装に見慣れない武器。そして顔つきも異なる歳三をそうそう認めることが出来ないのは、武人の意地なのだろうか。
そして余程父のことを信頼しているのだ。
確かにあの日は歳三が敗北したとはいえ、それなりに戦えていた。それでも認められないのは、やはり生死を共にした戦友への厚い信頼から来るのだろう。
「……てことは、こっちの軍師様もレオ君のスキルから……。ちゃんと能力を使いこなせて偉い!」
「あ、ありがとうございます」
母の優しい感じとは違い、かなり勢いのあるザスクリアとの出会いに、私は終始押されっぱなしだった。
使用人たちの騒ぎ声に、私たちは料理を貪る手を止めた。
「ザスクリアのやつが来たか!」
父はナプキンで口を拭った。まだ髭にソースがちょっと付いている。
「ハァーイ! ウルツ! 無事に魔王領から帰ってこれたようで何よりだわ!」
「うむ! そっちも健勝そうでなによりだ!」
「え? じょ、女性だったんですね……」
父と共に戦った軍人と聞いていたから、てっきり男だと思っていた。
ザスクリアと呼ばれる彼女は、父と同年齢と考えれば三十そこらのはずなのに、二十代前半と言われても怪しむ余地もないほど綺麗だった。
波打つロングのブラウンヘアーと程よく焼けた肌が健康的な雰囲気を出している。
だが、グレーのズボンに黒のジャケットを合わせるといったカジュアルな格好の下には、筋肉の角張りが見て取れた。それは父に見る騎士の姿だった。
「レオ君も生きてまた会えて嬉しいわ!」
「えっと……、援軍ありがとうございました。おかげさまで生き長らえました。そしてまたって言うのは……?」
「まずは~! ……お礼を言えて偉い!」
そう言うとザスクリアはしゃがんで私と同じ目線の高さに合わせ、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
それはあまりにいきなりのことで、私は動揺を隠せなかった。
「ま、忘れててもおかしくないわ! 一度だけ、レオ君が六歳の誕生会で挨拶しただけだものね!」
そういえば、居たような気がしないでもない。なにぶん極度の緊張の中で、沢山の貴族と挨拶をして回ったのでほとんど覚えていない。
「いやはや、ザスクリア! 援軍感謝する! 今日はその礼をしに来たのだが、返ってこのように気を使わせてしまってわるいな!」
「援軍の礼はあの盗賊たちの首でチャラにしてあげるわ。どの道軍を出して討伐する予定だったから。そ・れ・と……」
彼女は立ち上がり、今度は父の方へ歩く。
「お髭にソースがついてるわ。ルイースちゃんが怒るわよ?」
そう言うと、彼女は指で父の髭をなぞり、そのソースをそのまま口に運んだ。
「おぉ、これは失敬……」
「───うん! ウチのシェフの腕は確かね!」
あーあ。これは母上に告げ口せねばなるまい、と思った。
母を怒らせるのはザスクリアの方だ。
「それで? アルガー君はまだウルツの保護者をやってるわけ? いつでもウチに移籍していいのよ?」
「は、ザスクリア様。勿体ないお言葉感謝します。ですが、今もウルツ様には大変お世話になっており、そのお誘いはお断り申し上げます」
人前ではちゃんとしてるアルガーは、胸に拳を当て敬礼しながら頭を下げる。
「あらあら、またアタシ振られちゃった?」
「いい加減お前も所帯を持ったらどうだ」
「……そんな親みたいなこと言わないでよ…………」
ザスクリアはわざとらしく肩をすかしてみせる。
「───で、アタシが来たのに手も止めないコイツらはなんなの?」
そう言われて始めて歳三と孔明はナイフとフォークを置いて立ち上がった。
「こ、これは私の部下が失礼しました……!」
たまらず私が即座に謝った。
「ふぅん、レオ君がいっちょ前に家来引き連れてきたんだ……。オシャレな腕輪までして……。すっかり大人になったね!」
「ふふふ、これは大変失礼致しました。私は諸葛孔明。レオの軍師として召し抱えられております。以後お見知りおきを……」
「俺は土方歳三っていうモンだ。レオの護衛なんかをやってる」
孔明に至っては、ザスクリアの出方や対応を試しているのか、それともただお腹が空いていたのか分からない。
歳三は元から飄々としているので、それほど気にとめていなさそうな様子だ。
「護衛って……。ウルツやアルガー君がいれば、軍隊でも寄越さない限り大丈夫でしょ? そして軍師なんて雇って、どうしたのよウルツ」
「いや、この歳三は俺と一騎打ちで負けずとも劣らず。軍師殿の実力は計り知れないが、レオの能力によると相当の手練(てだれ)のはずだ」
歳三はどこか小っ恥ずかしそうに鼻を擦った。
孔明は羽扇の下で不敵な笑みを浮かべている。……いや、もぐもぐ咀嚼してるのか? あれ。
「ウルツと同じレベルの化け物がそうそういてくれてはたまらないわよ。ん? もしかしてあの日に戦ってた人……? ……まぁ、レオ君を守るには十分そうではあるわね」
ザスクリアはそう言いつつも、なお疑いの目を歳三に向ける。
見慣れない服装に見慣れない武器。そして顔つきも異なる歳三をそうそう認めることが出来ないのは、武人の意地なのだろうか。
そして余程父のことを信頼しているのだ。
確かにあの日は歳三が敗北したとはいえ、それなりに戦えていた。それでも認められないのは、やはり生死を共にした戦友への厚い信頼から来るのだろう。
「……てことは、こっちの軍師様もレオ君のスキルから……。ちゃんと能力を使いこなせて偉い!」
「あ、ありがとうございます」
母の優しい感じとは違い、かなり勢いのあるザスクリアとの出会いに、私は終始押されっぱなしだった。
16
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜
平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。
途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。
さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。
魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。
一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる