46 / 262
第一章
44話 神算鬼謀(挿絵あり)
しおりを挟む
目を開けると、やはりそこは白い光の部屋だった。実態を感じることは出来ず、それでも何故か立っていられる。
私は手足や服装を確認した。それもやはりサラリーマン時代のもので、自分が転生者なのだという事を思い出させられた。
一歩前に踏み出すと、以前のように目の前に画面とキーボードが浮かび上がった。
〈英雄を選択してください〉
その文字に従い、私はキーボードで名前を打ち込む。
彼の名前をどう表現すべきか少し悩んだが、その全てを書くべきだと思い、こう入力した。
「諸葛亮孔明」
エンターキーを押すとパネルは消えた。私はそのままの方向にある扉に歩み寄る。
扉をそっと開けると、そこは一軒家のような場所に繋がっていた。私が足を踏み入れると、今さっきいた場所はただのどこまでも続く道に変わっていた。
私は前に向き直ってその家に近づく。
物音がするので、どうやら誰かが居るようだと分かった。そしてその家主が恐らく彼であることも。
「失礼します。どなたかいらっしゃいますかー?」
私は敷地の外から声を掛けた。が、返事はない。仕方が無いので、扉を軽く叩いて更に呼びかける。
「私は貴方に会いに来たのです。どうかその力を私にお貸しいただきたい!」
しかし、一向に家主が私の呼び掛けに応じることは無かった。
「お邪魔します……」
さすがに勝手に扉を開けて入るのは気が引けたので、私は庭の方へ回ってみることにした。
「あ、貴方が……」
「ふふ、またこうして私を訪ねてくる人がいるとは……」
家主は庭に面する縁側のような所に座っていた。彼は白く美しい羽織に身を包み、頭には独特な模様の帽子を被っている。笑っているその口元を隠す羽扇がふわりと風になびく。
「貴方が、彼の諸葛丞相で間違いないですか……?」
「私は既に天命尽きた身。今は役職も失いただの諸葛亮としてここにいますよ」
「失礼。それではなんとお呼びすれば……?」
「ふふ、今はそのようなこと、どうでも良いではありませんか」
つかみどころのない彼の言動に、私は思わず歯がゆい思いでいた。だが、彼の目に見つめられると、その心の深淵まで覗かれているように感じ、身震いしていまうほどの威厳すら感じさせた。
「もてなしはできませんが、話を聞くぐらいならできますよ?」
そう言い彼は家の中に入っていった。私もそれに続く。
家の中は外から見たように質素な造りで、机の上には中国大陸と思われる地図が広げられていた。
「不思議な格好の客人の目的は分かっています。ですがその前に、私の我儘にお付き合い願いたい」
「な、なんでしょう……?」
「中原の鹿を射止めたのは一体誰でしょうか。蜀はどうなったのでしょう」
私の服装から、私が未来に生きる人間だということを見抜いたのだろう。歳三の時も同じだったが、いつだって人間は未来のことを知りたいものだ。
それが、自分が命を賭けて戦った国の未来なら尚更……。
「貴方なら百言わずとも分かってしまうでしょう。……端的に言います。蜀は滅び、司馬懿の孫である司馬炎が魏を乗っ取る形で晋を建て、その後中華統一を果たします」
司馬懿。字名は仲達。諸葛亮のライバルとして描かれる人物であり、「死諸葛走生仲達」または「死せる孔明、生きる仲達を走らす」などと言うように、その知略をぶつけ合った相手である。
「───そうですか。確かに彼の一族なら成し遂げたかも知れませんね。そして、姜維に北伐の任は重すぎたようです」
ぽつりと呟く彼は、昔を思い出すような、冷たい悲しい顔をしていた。
「その後の歴史もお伝えしましょうか?」
「いえ、その必要はありませんよ」
「……分かりました」
私たちの間にはゆったりとした時間が流れる。この私のスキルの世界でありながら、完全にペースを持っていかれている事実に私は微かな恐怖すら感じた。
底の見えぬ天才を前に私は萎縮していたのだ。
「───それで、今度は私に策を授けてはくれませんか?」
「ふむ……」
彼は私の目をじっと見つめる。羽扇で隠された口元は微かに笑っているように見えた。
「そんなに怖がらないでください。……良いですよ。今度は貴方の天下取りに協力しましょう」
「本当ですか!」
私は思わず身を乗り出した。
「ふふ。……玄徳は三度私の元を訪ねました。しかし、貴方は死んだ私の元にまでやって来たのです。これで断るのは義に反するというもの」
「諸葛亮さん!」
「やめてください。貴方は今から私の君主なのです」
「それでは……、孔明……?」
「ふふ、懐かしいですね。この感じは……。私をそう呼んだのはたった一人だけでした」
それは唯一孔明より上の身分である劉備玄徳のことだろうか。
───────────────
「さて、随分ここで話し込んでしまいましたね」
孔明はすっと立ち上がった。その後ろには先ほどまで見えていた掛け軸や壁はなく、白い光がだんだんと広がってきていた。
「さぁ、そろそろ行きましょう」
「あぁ!」
私も立ち上がり孔明に続く。
「それで、貴方の名前をまだ聞いていませんでしたね」
孔明は光の方へ向かいながら、私を振り返ってそう言う。
「私は、レオ=ウィルフリードだ」
「ほう。初めて聞く類いの名前ですね」
今は日本人の姿形をしているため、その名前はあまりに不釣り合いに見えただろう。
「この光に飛び込み再び天に命を受けてから、まだまだ聞きたいことが沢山ありますよ」
「時間はいくらでもある! 存分にその力を発揮してくれ!」
孔明は光の壁を目の前に両手を広げ私の方を向く。
「さぁレオ! この一歩を踏み出しなさい! 貴方が天下を統べる王道の幕開けです!」
「行こう孔明!」
私たちは同時に、先の見えない、しかし確実に目の前で輝いているその未来へと足を踏み入れた。
私は手足や服装を確認した。それもやはりサラリーマン時代のもので、自分が転生者なのだという事を思い出させられた。
一歩前に踏み出すと、以前のように目の前に画面とキーボードが浮かび上がった。
〈英雄を選択してください〉
その文字に従い、私はキーボードで名前を打ち込む。
彼の名前をどう表現すべきか少し悩んだが、その全てを書くべきだと思い、こう入力した。
「諸葛亮孔明」
エンターキーを押すとパネルは消えた。私はそのままの方向にある扉に歩み寄る。
扉をそっと開けると、そこは一軒家のような場所に繋がっていた。私が足を踏み入れると、今さっきいた場所はただのどこまでも続く道に変わっていた。
私は前に向き直ってその家に近づく。
物音がするので、どうやら誰かが居るようだと分かった。そしてその家主が恐らく彼であることも。
「失礼します。どなたかいらっしゃいますかー?」
私は敷地の外から声を掛けた。が、返事はない。仕方が無いので、扉を軽く叩いて更に呼びかける。
「私は貴方に会いに来たのです。どうかその力を私にお貸しいただきたい!」
しかし、一向に家主が私の呼び掛けに応じることは無かった。
「お邪魔します……」
さすがに勝手に扉を開けて入るのは気が引けたので、私は庭の方へ回ってみることにした。
「あ、貴方が……」
「ふふ、またこうして私を訪ねてくる人がいるとは……」
家主は庭に面する縁側のような所に座っていた。彼は白く美しい羽織に身を包み、頭には独特な模様の帽子を被っている。笑っているその口元を隠す羽扇がふわりと風になびく。
「貴方が、彼の諸葛丞相で間違いないですか……?」
「私は既に天命尽きた身。今は役職も失いただの諸葛亮としてここにいますよ」
「失礼。それではなんとお呼びすれば……?」
「ふふ、今はそのようなこと、どうでも良いではありませんか」
つかみどころのない彼の言動に、私は思わず歯がゆい思いでいた。だが、彼の目に見つめられると、その心の深淵まで覗かれているように感じ、身震いしていまうほどの威厳すら感じさせた。
「もてなしはできませんが、話を聞くぐらいならできますよ?」
そう言い彼は家の中に入っていった。私もそれに続く。
家の中は外から見たように質素な造りで、机の上には中国大陸と思われる地図が広げられていた。
「不思議な格好の客人の目的は分かっています。ですがその前に、私の我儘にお付き合い願いたい」
「な、なんでしょう……?」
「中原の鹿を射止めたのは一体誰でしょうか。蜀はどうなったのでしょう」
私の服装から、私が未来に生きる人間だということを見抜いたのだろう。歳三の時も同じだったが、いつだって人間は未来のことを知りたいものだ。
それが、自分が命を賭けて戦った国の未来なら尚更……。
「貴方なら百言わずとも分かってしまうでしょう。……端的に言います。蜀は滅び、司馬懿の孫である司馬炎が魏を乗っ取る形で晋を建て、その後中華統一を果たします」
司馬懿。字名は仲達。諸葛亮のライバルとして描かれる人物であり、「死諸葛走生仲達」または「死せる孔明、生きる仲達を走らす」などと言うように、その知略をぶつけ合った相手である。
「───そうですか。確かに彼の一族なら成し遂げたかも知れませんね。そして、姜維に北伐の任は重すぎたようです」
ぽつりと呟く彼は、昔を思い出すような、冷たい悲しい顔をしていた。
「その後の歴史もお伝えしましょうか?」
「いえ、その必要はありませんよ」
「……分かりました」
私たちの間にはゆったりとした時間が流れる。この私のスキルの世界でありながら、完全にペースを持っていかれている事実に私は微かな恐怖すら感じた。
底の見えぬ天才を前に私は萎縮していたのだ。
「───それで、今度は私に策を授けてはくれませんか?」
「ふむ……」
彼は私の目をじっと見つめる。羽扇で隠された口元は微かに笑っているように見えた。
「そんなに怖がらないでください。……良いですよ。今度は貴方の天下取りに協力しましょう」
「本当ですか!」
私は思わず身を乗り出した。
「ふふ。……玄徳は三度私の元を訪ねました。しかし、貴方は死んだ私の元にまでやって来たのです。これで断るのは義に反するというもの」
「諸葛亮さん!」
「やめてください。貴方は今から私の君主なのです」
「それでは……、孔明……?」
「ふふ、懐かしいですね。この感じは……。私をそう呼んだのはたった一人だけでした」
それは唯一孔明より上の身分である劉備玄徳のことだろうか。
───────────────
「さて、随分ここで話し込んでしまいましたね」
孔明はすっと立ち上がった。その後ろには先ほどまで見えていた掛け軸や壁はなく、白い光がだんだんと広がってきていた。
「さぁ、そろそろ行きましょう」
「あぁ!」
私も立ち上がり孔明に続く。
「それで、貴方の名前をまだ聞いていませんでしたね」
孔明は光の方へ向かいながら、私を振り返ってそう言う。
「私は、レオ=ウィルフリードだ」
「ほう。初めて聞く類いの名前ですね」
今は日本人の姿形をしているため、その名前はあまりに不釣り合いに見えただろう。
「この光に飛び込み再び天に命を受けてから、まだまだ聞きたいことが沢山ありますよ」
「時間はいくらでもある! 存分にその力を発揮してくれ!」
孔明は光の壁を目の前に両手を広げ私の方を向く。
「さぁレオ! この一歩を踏み出しなさい! 貴方が天下を統べる王道の幕開けです!」
「行こう孔明!」
私たちは同時に、先の見えない、しかし確実に目の前で輝いているその未来へと足を踏み入れた。
16
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜
平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。
途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。
さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。
魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。
一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる