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第一章

43話 二人目の英雄

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  目を開けると、やはりそこは白い光の部屋だった。実態を感じることは出来ず、それでも何故か立っていられる。

  私は手足や服装を確認した。それもやはりサラリーマン時代のもので、自分が転生者なのだという事を思い出させられた。

  一歩前に踏み出すと、以前のように目の前に画面とキーボードが浮かび上がった。


 〈英雄を選択してください〉


  その文字に従い、私はキーボードで名前を打ち込む。

  彼の名前をどう表現すべきか少し悩んだが、その全てを書くべきだと思い、こう入力した。

「諸葛亮孔明」

  エンターキーを押すとパネルは消えた。私はそのままの方向にある扉に歩み寄る。



  扉をそっと開けると、そこは一軒家のような場所に繋がっていた。私が足を踏み入れると、今さっきいた場所はただのどこまでも続く道に変わっていた。

  私は前に向き直ってその家に近づく。

  物音がするので、どうやら誰かが居るようだと分かった。そしてその家主が恐らく彼であることも。

「失礼します。どなたかいらっしゃいますかー?」

  私は敷地の外から声を掛けた。が、返事はない。仕方が無いので、扉を軽く叩いて更に呼びかける。

「私は貴方に会いに来たのです。どうかその力を私にお貸しいただきたい!」

  しかし、一向に家主が私の呼び掛けに応じることは無かった。

「お邪魔します……」

  さすがに勝手に扉を開けて入るのは気が引けたので、私は庭の方へ回ってみることにした。

「あ、貴方が……」

「ふふ、またこうして私を訪ねてくる人がいるとは……」

  家主は庭に面する縁側のような所に座っていた。彼は白く美しい羽織に身を包み、頭には独特な模様の帽子を被っている。笑っているその口元を隠す羽扇がふわりと風になびく。

「貴方が、彼の諸葛丞相で間違いないですか……?」

「私は既に天命尽きた身。今は役職も失いただの諸葛亮としてここにいますよ」

「失礼。それではなんとお呼びすれば……?」

「ふふ、今はそのようなこと、どうでも良いではありませんか」

  つかみどころのない彼の言動に、私は思わず歯がゆい思いでいた。だが、彼の目に見つめられると、その心の深淵まで覗かれているように感じ、身震いしていまうほどの威厳すら感じさせた。

「もてなしはできませんが、話を聞くぐらいならできますよ?」

  そう言い彼は家の中に入っていった。私もそれに続く。



  家の中は外から見たように質素な造りで、机の上には中国大陸と思われる地図が広げられていた。

「不思議な格好の客人の目的は分かっています。ですがその前に、私の我儘にお付き合い願いたい」

「な、なんでしょう……?」

「中原の鹿を射止めたのは一体誰でしょうか。蜀はどうなったのでしょう」

  私の服装から、私が未来に生きる人間だということを見抜いたのだろう。歳三の時も同じだったが、いつだって人間は未来のことを知りたいものだ。

  それが、自分が命を賭けて戦った国の未来なら尚更……。

「貴方なら百言わずとも分かってしまうでしょう。……端的に言います。蜀は滅び、司馬懿の孫である司馬炎が魏を乗っ取る形で晋を建て、その後中華統一を果たします」

  司馬懿。字名は仲達。諸葛亮のライバルとして描かれる人物であり、「死諸葛走生仲達」または「死せる孔明、生きる仲達を走らす」などと言うように、その知略をぶつけ合った相手である。

「───そうですか。確かに彼の一族なら成し遂げたかも知れませんね。そして、姜維に北伐の任は重すぎたようです」

  ぽつりと呟く彼は、昔を思い出すような、冷たい悲しい顔をしていた。

「その後の歴史もお伝えしましょうか?」

「いえ、その必要はありませんよ」

「……分かりました」

  私たちの間にはゆったりとした時間が流れる。この私のスキルの世界でありながら、完全にペースを持っていかれている事実に私は微かな恐怖すら感じた。

  底の見えぬ天才を前に私は萎縮していたのだ。



「───それで、今度は私に策を授けてはくれませんか?」

「ふむ……」

  彼は私の目をじっと見つめる。羽扇で隠された口元は微かに笑っているように見えた。

「そんなに怖がらないでください。……良いですよ。今度は貴方の天下取りに協力しましょう」

「本当ですか!」

  私は思わず身を乗り出した。

「ふふ。……玄徳は三度私の元を訪ねました。しかし、貴方は死んだ私の元にまでやって来たのです。これで断るのは義に反するというもの」

「諸葛亮さん!」

「やめてください。貴方は今から私の君主なのです」

「それでは……、孔明……?」

「ふふ、懐かしいですね。この感じは……。私をそう呼んだのはたった一人だけでした」

  それは唯一孔明より上の身分である劉備玄徳のことだろうか。




 ───────────────

「さて、随分ここで話し込んでしまいましたね」

  孔明はすっと立ち上がった。その後ろには先ほどまで見えていた掛け軸や壁はなく、白い光がだんだんと広がってきていた。

「さぁ、そろそろ行きましょう」

「あぁ!」

  私も立ち上がり孔明に続く。

「それで、貴方の名前をまだ聞いていませんでしたね」

  孔明は光の方へ向かいながら、私を振り返ってそう言う。

「私は、レオ=ウィルフリードだ」

「ほう。初めて聞く類いの名前ですね」

  今は日本人の姿形をしているため、その名前はあまりに不釣り合いに見えただろう。

「この光に飛び込み再び天に命を受けてから、まだまだ聞きたいことが沢山ありますよ」

「時間はいくらでもある! 存分にその力を発揮してくれ!」

  孔明は光の壁を目の前に両手を広げ私の方を向く。

「さぁレオ! この一歩を踏み出しなさい! 貴方が天下を統べる王道の幕開けです!」

「行こう孔明!」

  私たちは同時に、先の見えない、しかし確実に目の前で輝いているその未来へと足を踏み入れた。
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