37 / 262
第一章
35話 日常
しおりを挟む
「レオくんお疲れ様。これお願いねぇ」
「シズネさんもお疲れ様です。分かりました。そこに置いといてください」
母の的確な指示が届いてから、ウィルフリードの内政は落ち着きを取り戻した。もはや戦後ではない、とでも言おうか。
壁の穴は仮設の足場で補強され、岩で埋もれた堀は再び水の流れを取り戻した。念の為、壁のない面には堀の外周に木で簡単な柵を立ててある。
ゲオルグの話によると、戦時中に狩れなかった分、最初の頃は魔物も多かったが、今ではもう以前と同じ程度まで数が調整されたらしい。
冒険者たちにも余裕が持てるようになり、街の酒場は騒ぎを見せている。
ナリスの主導の元、いくらか食料の買い先も見つかり、帰ってきた本軍が飢えるという最悪の事態は避けられそうだ。
しかし、ウィルフリードの田畑が荒らされた以上、今後も食料危機には向き合わなければならない。
私はと言うと、また暇になった。
伝令が伝えた当初の予定だと、ウィルフリード本軍は明日か明後日には帰還する。そのため街は大騒ぎで、ウィルフリードの家中も慌ただしい時間が流れる。
タリオがしっかりと書状を届けることができていれば、父はもっとゆっくりと行軍するだろう。そうなれば、帰還は一週間ほど先になるのだろうか。
いずれにせよ私にできることな特にないため、こうしていつも通り、シズネに渡される書類に判を押す仕事に励んでいる。
無論、山積みになった課題が解決したという訳ではない。が、母がもうすぐ帰ってくるとあれば、私が無闇に手を出さない方がいいと判断した。
かくして自由な時間を手にしては、街を歩き、壁から景色を眺め、訓練場に顔を出す。そして次の英雄について考える。
そんな日々が数日続いた。
本軍は未だ戻らず、嵐の前の静けさと言うべき状況だった。
考えれば考えるほどに、「諸葛亮」の名前がこびりついて頭から離れなくなってきた。
いつしか私は次の英雄を「誰にするか」ではなく、「どう紹介するか」考えていたのだ。
ここまで悩み抜いた末の決断なら歳三も分かってくれるだろう。父と母も反対する理由はないはずだ。
今日も今日とて、訓練場に向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「歳三、兵たちの様子はどうだ?」
兵たちはいつものように組手や木剣での打ち込みに励んでいた。歳三も木刀を握り兵の相手をしてやっている。
当初は腕や頭に包帯を巻いている者も多かったが、見る限りそのような兵士はいなかった。
「おうレオ。……そうだなァ、負傷兵もかなり復帰してきたからな。もう皇都からの援軍の兵はお帰り頂いてもいいかも知れねェな」
「うむ……」
団長の取り計らいによりウィルフリードの警備に回された援軍は、今も主に街の外や街道での見回りや門番に就いてくれている。
総勢五百の援軍は、ただ街を守るだけには少々大袈裟なような気もした。冒険者たちの活躍もあり、街の外の危険もかなり減っている。
さらに問題は、彼らの食料も我々持ちであるということだ。
援軍に来てもらっているのだから、当然と言えば当然だ。しかしウィルフリードの兵糧も底が見え始めてきた今、五百の兵士の腹はかなりの重荷でもある。
「では、もうすぐウィルフリード本軍が戻ってくるので任務は終了でいいとあちらの代表に伝えよう」
「それがいいな」
「そうだ歳三、久しぶりに街を歩いてみないか?」
「どうしたんだ急に」
いきなりの誘いに思わず逡巡の表情を見せた。
「こんなに落ち着いているのも今ぐらいなものだろう?久しぶりにゆっくり話したいと思ってな」
「……それなら、……まァ、もうすぐ昼時だし訓練の後でもいいなら午後からでも行こうか」
「ありがとう。そうだな、昼は久しぶりにあの酒場に行ってみるか?」
「ん?……あァ、あそこだな」
四年前、まだ歳三が来たばかりの頃。シズネがうちに採用された時に立ち寄った酒場だ。
あれ以来、冒険者たちの愉快な武勇伝を聞いたりと、何度か遊びがてら食事に訪れている。
「それじゃあ、私は一度戻って準備をしてくるよ」
「俺もこっちを済ませる」
そうして私たちは一度解散した。
「マリエッタ、今日の昼は歳三と酒場に行くから要らない。それと、私の財布を出してくれ」
徒歩で屋敷に帰り、マリエッタに声をかける。
「かしこまりました。あまり遅くならないようになさってください」
マリエッタはそれだけ言い、外行きの服と財布を用意してくれた。だいたいの用意はすぐに出せるようになっている。
財布の中には、一般人の一食分には明らかに多い銀貨と銅貨が入っていた。
ちなみに、以前金貨は一枚十万円に相当すると言ったが、銀貨は一枚一万円、銅貨は千円に相当する。それ以下の金銭のやり取りはそれぞれの価値のコインでやり取りされた。
もっとも、民衆の多くは地域での物々交換で済ますことも多い。そのため帝国の発行する貨幣は冒険者の報酬や、こうした店屋などでしか使われていない。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ」
再び訓練場に着く頃には日も昇り、秋だと言うのに歩くと汗がにじむほど温かな外出日和だった。
「おうレオ、ちょうど片付いたところだ」
兵舎の方から手を掲げ歳三が出てきた。私の護衛の為に刀もしっかりと携えている。
「それじゃあ行こうか」
「シズネさんもお疲れ様です。分かりました。そこに置いといてください」
母の的確な指示が届いてから、ウィルフリードの内政は落ち着きを取り戻した。もはや戦後ではない、とでも言おうか。
壁の穴は仮設の足場で補強され、岩で埋もれた堀は再び水の流れを取り戻した。念の為、壁のない面には堀の外周に木で簡単な柵を立ててある。
ゲオルグの話によると、戦時中に狩れなかった分、最初の頃は魔物も多かったが、今ではもう以前と同じ程度まで数が調整されたらしい。
冒険者たちにも余裕が持てるようになり、街の酒場は騒ぎを見せている。
ナリスの主導の元、いくらか食料の買い先も見つかり、帰ってきた本軍が飢えるという最悪の事態は避けられそうだ。
しかし、ウィルフリードの田畑が荒らされた以上、今後も食料危機には向き合わなければならない。
私はと言うと、また暇になった。
伝令が伝えた当初の予定だと、ウィルフリード本軍は明日か明後日には帰還する。そのため街は大騒ぎで、ウィルフリードの家中も慌ただしい時間が流れる。
タリオがしっかりと書状を届けることができていれば、父はもっとゆっくりと行軍するだろう。そうなれば、帰還は一週間ほど先になるのだろうか。
いずれにせよ私にできることな特にないため、こうしていつも通り、シズネに渡される書類に判を押す仕事に励んでいる。
無論、山積みになった課題が解決したという訳ではない。が、母がもうすぐ帰ってくるとあれば、私が無闇に手を出さない方がいいと判断した。
かくして自由な時間を手にしては、街を歩き、壁から景色を眺め、訓練場に顔を出す。そして次の英雄について考える。
そんな日々が数日続いた。
本軍は未だ戻らず、嵐の前の静けさと言うべき状況だった。
考えれば考えるほどに、「諸葛亮」の名前がこびりついて頭から離れなくなってきた。
いつしか私は次の英雄を「誰にするか」ではなく、「どう紹介するか」考えていたのだ。
ここまで悩み抜いた末の決断なら歳三も分かってくれるだろう。父と母も反対する理由はないはずだ。
今日も今日とて、訓練場に向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「歳三、兵たちの様子はどうだ?」
兵たちはいつものように組手や木剣での打ち込みに励んでいた。歳三も木刀を握り兵の相手をしてやっている。
当初は腕や頭に包帯を巻いている者も多かったが、見る限りそのような兵士はいなかった。
「おうレオ。……そうだなァ、負傷兵もかなり復帰してきたからな。もう皇都からの援軍の兵はお帰り頂いてもいいかも知れねェな」
「うむ……」
団長の取り計らいによりウィルフリードの警備に回された援軍は、今も主に街の外や街道での見回りや門番に就いてくれている。
総勢五百の援軍は、ただ街を守るだけには少々大袈裟なような気もした。冒険者たちの活躍もあり、街の外の危険もかなり減っている。
さらに問題は、彼らの食料も我々持ちであるということだ。
援軍に来てもらっているのだから、当然と言えば当然だ。しかしウィルフリードの兵糧も底が見え始めてきた今、五百の兵士の腹はかなりの重荷でもある。
「では、もうすぐウィルフリード本軍が戻ってくるので任務は終了でいいとあちらの代表に伝えよう」
「それがいいな」
「そうだ歳三、久しぶりに街を歩いてみないか?」
「どうしたんだ急に」
いきなりの誘いに思わず逡巡の表情を見せた。
「こんなに落ち着いているのも今ぐらいなものだろう?久しぶりにゆっくり話したいと思ってな」
「……それなら、……まァ、もうすぐ昼時だし訓練の後でもいいなら午後からでも行こうか」
「ありがとう。そうだな、昼は久しぶりにあの酒場に行ってみるか?」
「ん?……あァ、あそこだな」
四年前、まだ歳三が来たばかりの頃。シズネがうちに採用された時に立ち寄った酒場だ。
あれ以来、冒険者たちの愉快な武勇伝を聞いたりと、何度か遊びがてら食事に訪れている。
「それじゃあ、私は一度戻って準備をしてくるよ」
「俺もこっちを済ませる」
そうして私たちは一度解散した。
「マリエッタ、今日の昼は歳三と酒場に行くから要らない。それと、私の財布を出してくれ」
徒歩で屋敷に帰り、マリエッタに声をかける。
「かしこまりました。あまり遅くならないようになさってください」
マリエッタはそれだけ言い、外行きの服と財布を用意してくれた。だいたいの用意はすぐに出せるようになっている。
財布の中には、一般人の一食分には明らかに多い銀貨と銅貨が入っていた。
ちなみに、以前金貨は一枚十万円に相当すると言ったが、銀貨は一枚一万円、銅貨は千円に相当する。それ以下の金銭のやり取りはそれぞれの価値のコインでやり取りされた。
もっとも、民衆の多くは地域での物々交換で済ますことも多い。そのため帝国の発行する貨幣は冒険者の報酬や、こうした店屋などでしか使われていない。
「じゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ」
再び訓練場に着く頃には日も昇り、秋だと言うのに歩くと汗がにじむほど温かな外出日和だった。
「おうレオ、ちょうど片付いたところだ」
兵舎の方から手を掲げ歳三が出てきた。私の護衛の為に刀もしっかりと携えている。
「それじゃあ行こうか」
17
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。
いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成!
この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。
戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。
これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。
彼の行く先は天国か?それとも...?
誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中!
現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。
スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。
地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!?
異世界国家サバイバル、ここに爆誕!
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。
毎日一話投稿します。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる