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第一章

16話 前哨戦の後で

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  薄暗がりの中目を覚ました。窓を開けても、街の方から声も聞こえず、まるで世界に私一人しか居ないのかと錯覚するようであった。

  屋敷の前にはいつもいる門番の姿もない。彼らもまた、交代で見張りに駆り出されているか、兵舎で仮眠を取っているのだろう。

  私は冷たくなったスープに乾いて固くなったパンを浸して口に詰め込んだ。それはかつて食べていた食事の中で最低とも思える代物だったが、空腹を満たすだけにただ全て飲み干した。

  気分転換に私は屋敷の裏の庭を散歩することにした。

  父と歳三の一騎打ちをした場所だ。アルガーや母の姿も思い返される。

「あのクソ野郎が……」

  あの時、確かにファリアの領主もいた。あの顔を思い出すと殴りたい気持ちが込み上げてくる。拳を握りしめ、歯がギシギシと音を立てる。

  気分転換に来たはずが、返って胸糞悪くなっただけであった。


  私は、昨日の夜あれから何を話して何か決まったことがあるか、歳三に聞くため兵舎に向かうことにした。

  玄関の扉を開けると、後ろから誰かが階段を降りてくる音がした。

「お、おはようございますレオ様」

「すまないマリエッタ。起こしてしまったか?」

  珍しく彼女は髪もちゃんと纏まっておらず、メイド服も曲がっている。少し目の下にクマもあり、眠れない夜を過ごしたのは誰も同様のようだった。

「本日のお食事はどう致しましょうか」

「朝食はいらない。昼食は兵たちと一緒に食べるよ。夕食だけお願いしよう」

「かしこまりました」

「それじゃあ、私は兵舎に行ってくるよ。もし疲れているようだったらマリエッタたちもまた休んでて構わない」

「他のメイドにも伝えておきます」

  そうしてマリエッタに見送られ、私は兵舎に向かった。


  歳三は、父、アルガーに次ぐ実力を認められており、部屋は一般兵とは別の幹部用の場所にある。

「歳三、朝早くからすまない。起きているか?」

  私は歳三の部屋の扉を叩いた。

「おう、レオか。入っていいぜ」

「失礼する……」

  扉を開けると、歳三は椅子に座っていた。机の上にはウィルフリード周辺の地図が乗っており、沢山の書き込みがあった。

「昨日はちゃんと眠れたか?」

「あぁ。熟睡とは言えないがな」

「少しでも寝れりゃァ上出来だ」

  歳三はそう言い笑う。しかし、彼の顔には隠しきれない疲れが見えた。溶けて短くなった蝋燭を見るに、一晩中作戦を考えていたようだ。

「昨日は先に休ませてもらってすまなかった。あの後何か決まったことがあれば教えて欲しい」

「いや、特に何も無いな。今のところ、ナリスの言ったように、好機を狙って敵の傭兵部隊を突破するってことしか……」

「そうか」

  良策が浮かんでいれば、あんな地図に書き込んで必死に作戦を考えたりはしないだろう。私たちに残された手立ては少ない。

「少し早いがもう屋敷の会議室に行くか?あと一時間位でまた集まることになってるが……」

「そうしよう」

  歳三は懐中時計をしまい立ち上がった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




  屋敷に戻ると何やらシズネたちが忙しそうにしていた。

「おはよぉレオくん」

「シズネさんおはよう」

  彼女の顔を見て、いくらか気分もマシになった。会議まで時間はあるのでもう少し話したい気もしたが、彼女は大量の書類を抱えてそのまま走っていった。

  仕方が無いのでそのまま会議室に向かうと、既にゲオルグたちの姿があった。

「朝早くから集まって頂き感謝する。……それと、昨晩は私だけ一足先に休ませてもらってすまなかった」

「気にするなよレオ様。十歳の子供の、それも初めての戦いがこんな負け戦じゃ、誰だって普通じゃいられねぇさ。今日ここにまた来られたってだけでも十二分だ」

「ありがとうゲオルグ」

  人の命を奪う。それは平和な世の中で育ってたかつての私からは想像もできない事だった。

「負け戦とはゲオルグ殿も衰えたようだ。武勇に優れたウィルフリードを継ぐレオ様が負けるとでも言いたいのかな?」

「ナリス殿、これは手厳しいな」

  二人は笑いの声を漏らす。会議室の空気はいくらかマシになり、私もしっかり前を向いて話せた。

「あぁ、ウィルフリードは決して負けない。昨日のような小さな勝利を重ねればきっと勝てると信じている。……どうか最後まで私と共に戦って欲しい!」

「あぁ!」

「もちろんだ!」

  それぞれが自分に活を入れる。

「それじゃァ、今日はどうするんだ?一挙に畳み掛けるのって考えもあるが……」

「いや、昨日の今日では流石に敵軍も警戒しているでしょう。無闇に突撃しては返り討ちにあう危険が高すぎる」

「私もそう思う。ここは明日来るかもしれない援軍を待ちたい。例え今日勝ったとしても、被害は最小限に抑えられる方法があるならそっちに賭けたい」

  我ながら、まだそんな甘い考えを捨てきれないでいることに辟易した。しかし、失うものが少なければその方がいいというのは当たり前のことだ、と言い訳したい。

「俺もレオ様に賛成だ」

「なら、今日は兵たちに交代で見張りと防衛装備の点検を行わせるぜ」

「歳三、頼んだ」

  今日は明日の援軍に期待しつつ、いざと言う時に備えるということで全会一致した。



「それでは、商店の方では本日から物資の配給を開始しようと思います」

「そこでなのですが、一部の店の再開をお願いしたいのです。住民の一部から強い要望が出ていまして……」

「分かった。敵方の様子を伺うに、すぐに攻めてくる様子も無いようだ。セリルには一部商店の再開とそこで物資の配給、ベンには民たちからの要望をまとめることをお願いしたい」

  昨日は戦時体制を整えるのに精一杯だった。だが、今度は街に閉じ込められている民たちの事も考えなければならない。

  籠城戦を勝つためにはウィルフリード全員の協力が必要不可欠だ。戦いが長引くにつれ、暴動、反乱にも気を配らなければならない。

「分かりました。いくつかの店主に私から話を通しておきましょう」

「頼んだセリル」

  彼はすぐに秘書に何かを命じていた。この行動の速さが、ウィルフリードで一番の商店を立ち上げた彼の手腕ということか。


「レオ様、私の方から個人的な提案がございます」

「ほう、ベン、気兼ねなく申してみよ」

  自治会長とはいえ、ただの平民である彼はやけに怖気付いているようだった。いや、私も貴族の子供として育てられなければ、このような戦時に、このような街を代表するメンバーと共に会議などできなかっただろう。

「本日の昼ごろにでも、レオ様の口から直接住民へこの戦の説明をお願いしたいのです。まだ彼らは状況が分かっておらず、不安な夜を過ごしました。ですので……」

「なるほど。確かにそれは私の口からちゃんと公表すべきだな」

「是非俺たちの活躍も伝えて頂きたいものだな!」

  このゲオルグという男、かなり気さくなやつだな?

  それにしても、どのように公表すべきか。

  いや、我々に非は無く、全くのとばっちりである。その点を正々堂々と示せばよいだけだ。


  だが、私の命令で人を殺したと、大勢の前で宣言するにはまだ、覚悟が足りていなかった。
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