上 下
17 / 262
第一章

15話 犠牲

しおりを挟む
 私は西門の主塔に登っていた。

 敵の主軍がいる北門も心配ではあるが、弓兵がいる限りは無理に堀を越えて壁に張り付いてまで侵入はしてこないはずだ。当然、壁上の弓兵の射程は長く、堀を泳いで渡れば狙い撃ちになるだけである。

 それに、かつてここは最前線の要塞であったため、バリスタなどの固定兵器もあり、そう簡単に手出しは出来ない。

 ……それも敵の攻城兵器が到着するまでの間だけの話だが。

 
 少なくとも私の目には、向かいの森に隠れているであろう歳三たちの姿は見えなかった。

「敵部隊の接近を確認!間もなく目視できる距離まで近づきます!」

「あぁ。私の目にも見えている」

 敵の軍勢が大地を踏みしめる音がズンズンと響く。だんだんとその音が大きくなるにつれ、それが目の前で始まる殺し合いのカウントダウンに感じた。

「敵軍、おおよそ八百程です!」

「では恐らく東門の方に二千近く送ったな」

 道の悪い西側よりも、街道のある東側からぐるっと南まで包囲するのが得策だ。しかし、それは私たちにとっても都合が良かった。

 当然だが、兵数が多いほど行軍は遅れる。つまり、東側から南に包囲するまでまだ時間的余裕があるということだ。それなら、歳三たちの部隊の方が先に一撃離脱により南門から撤退することができるだろう。

「さぁ、いよいよだな……」

 今は、歳三や父が鍛えたウィルフリードの兵士やゲオルグたち冒険者の力を信じるしかない。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 敵軍が西門正面に布陣しようと動き始めたその時だった。

 隊列が崩れたその瞬間を見逃さず、木々の間から我が軍が飛び出していった。

 歩兵は横一列に並び、盾で壁を作っている。その後ろから弓兵や魔道士が攻撃をしかける。

「敵軍はかなり混乱した様子です!今のところ反撃の体制もありません!」

「よし!」

 まさに一矢報いたのだ!我々が籠城しているだけだと思っていた敵軍は、背後からの奇襲に対して完全に無防備であった。

 敵兵は反撃も出来ずに次々と倒れていく。

「敵兵は既に百程の負傷者を出している模様です!……あぁ!遂に敵も動き始めました!」

「上出来だ……。さぁ、あとは無事に撤退してくれ……」

 敵の弓兵も歳三たちの部隊に矢を射掛ける。歩兵は包囲殲滅しようと隊列を広げながら切り込んでいる。



 その動きを見るとすぐに歳三たちも撤退を始めた。部隊は山から完全に降り、城の堀近くを走る。

 その意図が私にはすぐに分かった。

「弓兵よ!壁の上から、あの地を這う敵兵を撃ちおろせ!」

 要はインコースを攻めた方が早いというだけの事だ。だが、敵兵は弓の妨害により壁側を走ることが出来ない。

 所詮は歩兵にも弓を持たせただけの応急部隊であるが、ただ妨害するだけなら十分に前述の目的を果たせた。

「矢は余るほどある!当たらなくてもいい!敵に向かって撃ち続けろ!」

 次第に敵軍と歳三たちの部隊の距離は開き、もはや攻撃の手は届くことは無かった。

「よし、もういいぞ!私は南へ向かう。敵が我を忘れて突撃してこないかだけ見ておいてくれ」

 私はそう指示を出し、南門へ向かった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 南門まで行くと、既に部隊は街に入っており、跳ね橋は上げられていた。どうやら、東の敵軍はまだ到着していないようで、無事に撤退出来たようだ。

「皆、無事か!?」

「はァ……、はァ……。あァ、……俺たちは何ともないぜ……」

「ふぅ……、何とか生きて帰ってこれたようだな……」

 歳三もゲオルグも、傷一つなく帰ってくることが出来たようだ。

「良かった……」

 私は胸を撫で下ろした。第一戦は我々の勝利だ!そう思ったのも束の間。

「何人か矢を受けた者がいるようだ。彼らの治療をお願いしたい」

 そう私に話しかけた冒険者の後ろには、肩から血を流す魔道士の姿があった。

 鎧を着込み、体力もある歩兵と違って、魔道士の中には逃げ始めるのに遅れて反撃を受けた者もいるようだった。

「す、すぐに手配しよう……」

 私は目の前で血を流す魔道士の姿を見て、ずしりと心臓を握られたような苦しみに襲われた。

 私の指示で、彼女を戦場に送り出し、そのせいで怪我をした。その事実は、覚悟していたものよりも、ずっと、深く、心にのしかかってきた。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 負傷者を屋敷まで運び、治療を行う頃には日が傾いていた。部隊はそのまま解散し、ひとまずの休息を得た。

 兵舎ではシズネたちが炊き出しを行っていた。兵士や冒険者はそっちへ向かい、私や歳三、ゲオルグなど主要なメンバーは再び屋敷の会議室へ集まった。

「皆、まずはご苦労だった。生きて帰ってこれたのが何よりだ……」

「あぁ。レオ様の初陣を華々しく飾れて光栄に思う」

 ゲオルグは柄にもなく冗談を言い、笑みを浮かべる。私の様子を察したのだろう。

「さァ、戦果を聞かせてもらおうかな」

 歳三の横に控えていた伝令の彼が話し始める。

「は!観測手によると、敵の負傷者は少なくとも二百!その内、およそ五十が死亡又は重症により戦線を離脱しました!」

「対する俺らは軽傷者が数名……。大勝利だな!」

 歳三はそう言い、私の背中を叩く。

 本当は私が率先して勝利を喜ぶべきなのだろう。だが、自分の命令で敵とはいえ人間の命を奪ったこと。その事実から逃れることは出来なかった。

「レオ様、気にする事はねぇぜ。戦争ってのはそういうもんだ。帝国民なら誰もが通る道さ」

「すまないゲオルグ。……・・申し訳ないが、今日のところは私はこれで失礼させていただく。歳三、後のことは頼んだよ……」

「あァ。ゆっくり休めよ……」




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 私は一人屋敷に戻り、用意されていた食事に手をつけたが、一向に喉を通らない。

 結局、パンを一欠片とスープを一口飲んだだけだった。残ったものは後で食べるとメイドに言いつけ、部屋に運ばせた。

 部屋に戻り、ベッドに寝転ぶとふと涙が零れた。

「父上、これが戦争ですか……。私には最後までできる自信が無い……」

 父の部隊はどんなに早くともあと一ヶ月は戻らない。そう分かっていても、泣き言が溢れて仕方がなかった。

 今は優しく慰めてくれる母もいない。


 泣き疲れた私はいつの間にか眠っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

日本VS異世界国家! ー政府が、自衛隊が、奮闘する。

スライム小説家
SF
令和5年3月6日、日本国は唐突に異世界へ転移してしまった。 地球の常識がなにもかも通用しない魔法と戦争だらけの異世界で日本国は生き延びていけるのか!? 異世界国家サバイバル、ここに爆誕!

軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~

takahiro
キャラ文芸
 『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。  しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。  登場する艦艇はなんと58隻!(2024/12/30時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。  ――――――――――  ●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。  ●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。  ●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。  ●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。  毎日一話投稿します。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

処理中です...