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第一章

10話 これからの話

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 ひと仕事終えた次の日の朝ほど気持ちいいものは無い。窓を開けると気持ちのいい風が吹き込んできた。


 食堂に行くと父と母、そして歳三が座っていた。

「おはようございます」

「おはよう」

 一人増えたこの家は、何気ないこんな時間さえ活気づいたような気がした。

「レオ、食事が済んだら私の部屋に来なさい。将来の大切なことについて沢山話がある」

「わかりました」

 いつか渡される領主のバトン。それまでに学ばなきゃいけないことは無限にある。

「さぁ、まずは食べましょう!歳三も遠慮しないでいいのよ」

「あァ、頂くとするか」

 歳三の食べっぷりは見事なものだった。思えば、彼はこの世界に来てからまだ何も口にしていない。治療の際に飲まされた薬と水ぐらいだろうか。

 私の誕生日ムードも過ぎ去り、朝食の内容はまた前のように質素なものだったが、子供の私にはこのぐらいがちょうど良かった。

 父は自分の皿にある肉を歳三に切り分けてやるなど、なにやら戦友的な友情が芽生えたかのようだ。


 朝食を平らげた歳三は、「ちょっくら街でも回ってくるぜ」とどこかへ出ていった。家のことに口は出さないという、歳三なりの配慮なのだろう。

 出ていく時にマリエッタから少しばかりお小遣いも貰っていた。なんかやけに仲良いなあそこ。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 私が食べ終わるのを待ち、私たち親子三人は父の書斎へと向かった。

 父はいつかのように、奥の椅子に座った。母はその横に佇んでいる。

「レオ、改めて聞こう」

「はい父上」

 私は背筋を伸ばした。

「お前はこのウィルフリードを継ぐ覚悟はあるな?」

 ゴクリと唾を飲む。そして深く息を吸い、その問いにハッキリ答える。

「はい、もちろんです!」

「……いい返事だ。それではまず六年間、家庭教師を雇い様々な事を学んでもらう。礼儀作法から読み書き計算などの基本な事だ」

「まぁ、レオはもう大丈夫そうだけどね」

 そう母が微笑む。

 しかしながら、この教育制度も問題だ。

 当然ながらこの世界に義務教育などない。金持ちや貴族たちは独自に家庭教師を雇い、自分の子供には各自で教育を受けさせている。そのため、農民たちは識字率も極端に低く、計算も正確では無い。

 これにより、悪徳領主に税率を誤魔化されたり、無茶な法律を作られたりと、様々な問題が生じている。

「その間、私やアルガー、そのほかの兵士たちと訓練に参加し、武術も学んでもらう」

 これは帝国に忠誠を捧げる貴族の役目のひとつだ。戦争や軍務に備え日々研鑽を積むことになる。

「そして十二歳になると、皇都にある国立学園に入学してもらうことになる」

「これはどの学園にするかすごく悩んだのよ」

「レオのスキルは確かに強い。今までにない特殊な能力で、きっとお前を何度も助けてくれるだろう。しかし、それはお前自身が強くなった訳では無い」

 その通りだ。この力は、いわば借り物の力。他力本願を根底にした能力だ。

「魔法の才能があれば魔法学園、武術の才能があれば騎士学園など、色々選択肢があったが……」

 残念ながらその才能は私には無い。

「ここは無難に貴族学園がいいと思うの」

「レオ、お前はそこで政治や貴族のあるべき姿などを学び、この地の領主として恥じない力を身につけて欲しいと思う」

 まぁ妥当な判断だろう。父は、本当は自分と同じ騎士学園に入れたかったのだろうが。

 しかしまぁ、こっちの世界に来てまで政治やらについて勉強することになるとは……。

 逆に言えば、私は未来の先進的な政治体制や社会基盤のあり方を知っている。いわゆる知識チートというやつだ。楽しい学園生活が待っている……といいのだが、という希望的観測。

「俺とルイースはこれから皇都から招いた家庭教師候補と面談をする予定だ」

「レオはその間にうちの兵士たちに挨拶をしに行ってらっしゃい。うちの前にはアルガーがもう待っているはずよ」

「分かりました!」

 現場視察も新たな仕事のひとつというわけだ。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 




 玄関を出るとアルガーがちゃんと来てくれていた。朝から鎧に身を包みご苦労なことだ。

「おはようございますレオ様」

「おはようアルガー」

「説明は既に聞いているかと思います。それでは早速兵舎の方へ向かいましょう」

 兵舎は屋敷のすぐ側にある。私たちは雑談をしながら徒歩で向かった。

「昨日はお疲れ様でした」

「ありがとう。アルガーも色々と助かったよ……」

「えぇ、本当に……」

 式典の警備から一騎打ちの立会人まで、本当に一日中頼りっぱなしだった。

 やはりこういう頼れる人間が身近にいるというのは何かと心強いものだ。




「さぁ、ご存知でしょうがここが兵舎です。兵たちには既に今日のことについて伝えてあります」

「おはようございます!レオ様!」

 門番の衛兵は私の顔を見るなり門を開けてくれた。これが顔パスというやつだ。

「皆の者!今日はレオ様がご挨拶にいらした!静粛に聞くように!」

 兵舎の中央にある訓練場兼広場には既に兵士たちが整列していた。

 私は前の方に出て、奥まで聞こえるように声を張り上げた。

「皆さんおはようございます!改めまして、私が時期領主となりましたレオ=ウィルフリードです!これから私も訓練に参加したり、指揮の練習をすることになります!これからよろしくお願いします!」

「おぉー!」

「レオ様バンザイ!」

「昨日はご立派でした!」

 全く、よく教育されているな。そう思いアルガーの方をチラリと覗くと、彼はしたり顔をして返した。

「それではこの後はいつものように各自訓練に励むように!解散!」

 その一声で整然としていた兵士たちは一斉に散っていった。規律正しく、練度も高く、士気も旺盛。ウィルフリードの軍は素晴らしい質だった。

「それではレオ様、少しだけ今後の訓練についてお話しましょう」

「頼むよアルガー」

 そうして私たちは訓練について打ち合わせをした。

 まずは剣を握るところからだ。何せ私はいたいけな六歳児だ。鉄の剣は重くて持つこともままならないだろう。

 当然、前世でも武術の心得など全くない。精々、修学旅行のノリで買った木刀を少し振り回して遊んでたぐらいだ。

「これから、午前はここで訓練、午後はご自宅でお勉強ということになります。詳しいことはまたウルツ様からお話されるでしょう」

「分かったよ。訓練が始まったらまた来るよ!」

「はい、分かりました。……お送りしましょうか?」

「いや、大丈夫!アルガーも早く訓練の指示に行ってあげて」

「では、そうさせて頂きます。本日はお疲れ様でした」

「お疲れ様!」

 
 家の方に向かって歩いていると、うちの前に何台か馬車が止まっていた。恐らく家庭教師に応募した人達の馬車だろう。

「お帰りなさいませレオ様。家庭教師にいい人が見つかったので、レオ様が帰ってきたら応接間まで来るように、と旦那様から仰せ遣っております」

「ありがとうマリエッタ」

 早速候補が見つかるとは。さすが優秀な人材を見抜く『慧眼』のスキルを持つ母が居るだけある。こういう話はすごくスムーズに進む。

 私は新たな出会いに期待を膨らませ、応接間へと向かった。
 
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