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最終話 永遠の命を思わせる緑の瞳とにんじん色の髪

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 フレイアの声が出た、という事はロスカに激しい熱を注いだらしく夜は長かった。名前を呼んでほしいと懇願され、フレイアは何度も何度も彼の名前を呼んだ。そして、彼からも名前を何度も呼ばれ、二人は互いの愛を確認しあった。
 
 そんな夜を経たからだろうか、過越祭の二人はいたく仲睦まじく幸せそうであった。
 
 無限に飲み食いが出来る、とまでは行かないがいつもよりも豪勢な食事に使用人達は喜んだ。
 身分の差を明瞭にする為に、同じテーブルには着かない習慣があったが、今夜だけはその習慣は城では破られた。かの炎帝が生まれる前から続いていた習慣で、内乱前に潰えた習慣でもある。
 
「ロスカ様、良かったですよ。フレイア様のお声が出て」
 
「神様はいるのかもしれないな」
 
「神の名の下、愛を誓ったのにそう仰りますか」
 
 ロスカは臣下の言葉を鼻で笑い、視線をフレイアへと移した。
 食堂の真ん中で、彼女は侍女長の娘と手を取り合って踊っている。にんじん色の髪の毛は、緩やかに波を打ったままだが、左右には柊の実が着けられていた。
 
「年明けからが、大変ですな」
 
「そうだな」
 
「ですが、今年も、無事にロスカ様と年を越せる事を私は嬉しく思います」
 
「・・・俺もだ。どうか、これからも長生きをしてくれ」
 
「仰せのままに」
 
 臣下は恭しく、胸元に手を添えてはロスカにお辞儀をした。彼はそれを辞めろ、と言わんばかりに臣下の少しだけ小さくなった背中に腕を回して寄り添った。一度も受けたことのない、友好の抱擁であった。臣下は若き国王の変化に驚きながらも、息子の肩を抱くようにして抱擁を返した。
 
「ロスカ!」
 
 気恥ずかしそうにロスカが微笑んだところで、フレイアの声が掛かる。踊ろう、と言っているのだ。両手を差し出されるも、ロスカは首を横に振った。
 
「俺は踊りが得意じゃない」
 
「大丈夫です、私も上手ではありません」
 
 そうは思えないくらいにフレイアは、変わるがわる使用人と踊っている。聞けば、彼女の領地では過越祭の前日は領民と一緒に飲んでは踊っていたらしいのだ。
 
 ロスカはため息を吐きながらもフレイアの手を取った。食堂の真ん中に二人がやってくると、周囲から歓声が上がった。皆、程よく酒を飲んで気持ち良くなっている。
 
「楽しそうだな」
 
「はい、とても」
 
「・・・婚姻に後悔はないのか」
 
 両手を取り合って踊りながら、聴こえる音楽に紛れながらロスカはフレイアに尋ねた。
 
「これぽっちも、ありません」
 
「年明けから大変になると思うが」
 
「そうでしょう、やる事は多い筈です」
 
 得意ではない、と言った割には踊れているとフレイアは思った。手を高く上げれば、彼女はくるりと回った。深い緑色のドレスの裾が円を描く。
 
「ロスカ、あなたは私をいつも愛してくれます。私が私でいる事を許してくれる、かけがえのない存在です」
 
「そうだろうか」
 
「そうです。声の出なかった私を愛してくれて、私を見つめてくれます」
 
「・・・俺が父親のようになったらどうする」
 
 そこで初めて、フレイアは彼の聞きたい事に気が付いた。
 
「なりません。血が上っても、自分を省みれるのですから。気をつければ良いのです。きっと、この拳の山を叩かなくても良い日が来ます」
 
「気づいていたのか」
 
 フレイアの指が彼の拳の山になる関節に触れた。ずっとここだけ、硬いのが疑問だったのだ。
 
「はい。ロスカ、ご自分の名前の意味を考えた事はありますか?」
 
「ない」
 
 すぐに否定され、フレイアは目を丸くして笑った。それが不愉快なのか、少しだけ彼はムッとしている。
 
「雪が溶けかかった時の雪、を表すと臣下から聞きました」

「嫌な雪じゃないか」
 
「でも、それは春を思わせます。長い長い冬が終わり、雪が溶けて春の入りを皆に知らせているのですよ」
 
 ロスカの、少しだけ寄った眉間の皺が緩くなる。
 
「この国の冬に、終わりを告げる春をもたらすのです」
 
「・・・そんな立派なものだろうか」
 
「そうです。だって、極光が見えるくらいの寒く暗い場所からやってきては、こんなにも今、城の中は明るいのですから」
 
 疑いのない澄んだ眼差しである。ああ、とロスカはフレイアが愛おしくなった。こんなにも自分を信じてくれるのだ、と。
 
「俺に春を教えてくれたのはフレイアだけだ。ずっと暗い雪の中を歩いていた俺に、春の夜明けをもたらしてくれた。薄く青白い空を押し上げて、太陽が顔を出す時のように、暖かくて柔らかな桃色の空をもたらしてくれたんだ」
 
 その言葉に感謝の気持ちを込めて、彼に口づけをした。
 
「ロスカ、私はあなたの側にずっといます。だから、私を見失わないで。誰よりも愛しています」
 
 ロスカの足が止まり、彼はそのままフレイアに口付けた。人に囲まれている時に愛を表現することなどなかったのに。まだまだ初々しい二人に、周囲から祝福の拍手が送られた。
 
「ああ。命続く限り、俺が愛する人はフレイアだけだ」
 
 極夜の国王様が春の夜明けを知った、にんじん色のお妃様は、彼を抱きしめて、目の前にある愛を確かめた。
 

 
 これから数年後、フレイアはロスカとの間に男の子と女の子の双子を授かる。炎帝の亡霊を背負ったとすらも言われたが、名前の通り愛と豊穣をもたらした妻によって彼は冷静で、優れた観察眼を持った国王になった。
 また、二人の治世により、傷んだ国は緑を芽吹かせて内乱で流れた血に花を咲かせた。国民から最も愛された国王夫妻として、歴史上に名前を残した。
 
   
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