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第59話 声が溶けている ※前編
しおりを挟む 金曜日の夜、大輝から連絡があった。
時計を見るともう23時だ。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。
「もしもし?」
『もしもし涼香ちゃん? オレオレ大輝』
「……酔ってるのね、今どこ?」
「〇〇町の電光掲示板の前、話したいことがあるんだけど電話で聞いてくれる?」
「あ、やっぱり行くわ。近いし……ちょっと待ってて」
電話を切ると私服に着替えてカバンを持つ、風呂上がりなのですっぴんだがこの際仕方がない。涼香は慌てて出て行った。
地元の情報を絶え間なく映し出す電光掲示板の近くの花壇に項垂れた大輝がいた。横に座るとそっと声を掛ける。
「大輝、くん?」
「お、涼香ちゃんだ」
大輝は涼香と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。少年のような無垢な笑顔に思わずつられて笑ってしまう。
「こんなに酔ってどうしたの?」
「んーちょっとね」
「……ちょっと待ってて」
涼香はすぐそばにある自動販売機に行きミネラルウォーターを購入した。大輝の元へ戻ると蓋を開けて手渡す。
「さて、聞かせてもらいましょうか?」
「…………希……をさ、忘れるのが怖いんだ。忘れられないとは思ってたし、当然だって思ってた。だけど……最近忘れたいと思う自分がいるんだ。最低だろ?」
絞り出すように話す大輝は痛々しかった。
「そう……叶わない思いを抱え続けるのは辛いから、みんな自然と忘れられないから忘れたいと思うんだと思う。でも……簡単に忘れられるなら、苦労しない。それに──」
涼香はちらっと大輝の方を見た。すぐに視線をまっすぐ前に戻した。
「忘れたいと思うのは、前に進もうとしているって事だよ。悪いことじゃない。罪悪感を感じる必要も、ないよ。希さんは苦しむ大輝くんを見て笑顔になれないよ……最低と思っているのは希さんじゃなくて自分自身だけだよ、誰もそんな事思ってない。希さんは幸せになってほしいって思うに決まってるよ」
夢で見た切なそうな希は、俺の罪悪感が作り上げた希だったのか……。希に申し訳ない気持ちの虚像か、それとも──。
「希が……」
──大輝、幸せになって……。
夢の中で聞いた希の声が聞こえる。
涼香の言うことは間違ってない……涼香の口から出た言葉たちが心に降り注ぐ。傷ついているわけではない、ただ優しい木漏れ日のように心が熱くなる。
ヤバイ、泣きそうだ。
必死で堪えて俯く。涼香は気付いたのだろう、ふざけた調子で大輝の肩を横から抱くと、まるで音楽に身をまかせるように左右に体を揺らす。「ふふふ」と笑う涼香に涙が引っ込んだ。
「ねぇ?……大輝くんは希さんを忘れることは出来ないよ……忘れたいと思ったとしてもそれは、出来ない」
「どう言う意味?」
「希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない? それが大輝くんにとって忘れるってことでしょ。無理しなくていいんだって!」
驚いた。
忘れるのは思い出さなくなると思い込んでいた。希を思い出してつらい感情が出なくなればいいのだという発想は無かった。
苦しかった。
希の存在が大きすぎて……自分の心を占めすぎて苦しかった。
大輝は思わず涼香を抱きしめた。涼香は驚いたようだが辿々しく背中に手を回すとその大きな背中を撫でた。
「ごめん、変な意味じゃないから。本当にごめん……」
「分かってるから、大丈夫だってば……謝らないで」
涼香はふっと笑った。きっと大輝くんは泣いている。必死でバレないように、震えないようにしている。
大事な人を突然失った悲しみは、深い。ゆっくりとゆっくりとまた人を愛せる日がくればいい。思いは、心はそんなに簡単なものじゃないから。
大輝くんに幸せになってほしい。誰かを大切に思ってほしい。誰かから大切に愛されてほしい。私だったら、笑顔で……。
え。何?
一瞬頭をよぎった良からぬ考えに驚く。
ヤバイ。動揺して脈が早くなる。心友なのに、同志なのに何変な事考えてんのよ……。
大輝がゆっくりと離れていく。触れ合っていた部分に空気が触れ冷めていく。
「あー、心友が涼香ちゃんで本当に良かったよ」
「うん、当たり前じゃん。私たちは似た者同士なんだから」
涼香は大輝の肩を強めに叩く。自分のダメな考えを振り落とすように……。
夜の澄んだ空気で叩いた音が思いのほか響いた。通りを歩いていた人たちが何事かと振り返る。涼香は恥ずかしくなり大輝の腕を掴み夜道を歩き出した。
大輝はわざと「あー痛いな……痛い痛い」と言いながら大げさに肩を撫でる。涼香は「うるさいっ」と言い更に腕を強く引く。真っ赤になる涼香の耳朶を見て大輝は笑いをこらえた。
時計を見るともう23時だ。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。
「もしもし?」
『もしもし涼香ちゃん? オレオレ大輝』
「……酔ってるのね、今どこ?」
「〇〇町の電光掲示板の前、話したいことがあるんだけど電話で聞いてくれる?」
「あ、やっぱり行くわ。近いし……ちょっと待ってて」
電話を切ると私服に着替えてカバンを持つ、風呂上がりなのですっぴんだがこの際仕方がない。涼香は慌てて出て行った。
地元の情報を絶え間なく映し出す電光掲示板の近くの花壇に項垂れた大輝がいた。横に座るとそっと声を掛ける。
「大輝、くん?」
「お、涼香ちゃんだ」
大輝は涼香と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。少年のような無垢な笑顔に思わずつられて笑ってしまう。
「こんなに酔ってどうしたの?」
「んーちょっとね」
「……ちょっと待ってて」
涼香はすぐそばにある自動販売機に行きミネラルウォーターを購入した。大輝の元へ戻ると蓋を開けて手渡す。
「さて、聞かせてもらいましょうか?」
「…………希……をさ、忘れるのが怖いんだ。忘れられないとは思ってたし、当然だって思ってた。だけど……最近忘れたいと思う自分がいるんだ。最低だろ?」
絞り出すように話す大輝は痛々しかった。
「そう……叶わない思いを抱え続けるのは辛いから、みんな自然と忘れられないから忘れたいと思うんだと思う。でも……簡単に忘れられるなら、苦労しない。それに──」
涼香はちらっと大輝の方を見た。すぐに視線をまっすぐ前に戻した。
「忘れたいと思うのは、前に進もうとしているって事だよ。悪いことじゃない。罪悪感を感じる必要も、ないよ。希さんは苦しむ大輝くんを見て笑顔になれないよ……最低と思っているのは希さんじゃなくて自分自身だけだよ、誰もそんな事思ってない。希さんは幸せになってほしいって思うに決まってるよ」
夢で見た切なそうな希は、俺の罪悪感が作り上げた希だったのか……。希に申し訳ない気持ちの虚像か、それとも──。
「希が……」
──大輝、幸せになって……。
夢の中で聞いた希の声が聞こえる。
涼香の言うことは間違ってない……涼香の口から出た言葉たちが心に降り注ぐ。傷ついているわけではない、ただ優しい木漏れ日のように心が熱くなる。
ヤバイ、泣きそうだ。
必死で堪えて俯く。涼香は気付いたのだろう、ふざけた調子で大輝の肩を横から抱くと、まるで音楽に身をまかせるように左右に体を揺らす。「ふふふ」と笑う涼香に涙が引っ込んだ。
「ねぇ?……大輝くんは希さんを忘れることは出来ないよ……忘れたいと思ったとしてもそれは、出来ない」
「どう言う意味?」
「希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない? それが大輝くんにとって忘れるってことでしょ。無理しなくていいんだって!」
驚いた。
忘れるのは思い出さなくなると思い込んでいた。希を思い出してつらい感情が出なくなればいいのだという発想は無かった。
苦しかった。
希の存在が大きすぎて……自分の心を占めすぎて苦しかった。
大輝は思わず涼香を抱きしめた。涼香は驚いたようだが辿々しく背中に手を回すとその大きな背中を撫でた。
「ごめん、変な意味じゃないから。本当にごめん……」
「分かってるから、大丈夫だってば……謝らないで」
涼香はふっと笑った。きっと大輝くんは泣いている。必死でバレないように、震えないようにしている。
大事な人を突然失った悲しみは、深い。ゆっくりとゆっくりとまた人を愛せる日がくればいい。思いは、心はそんなに簡単なものじゃないから。
大輝くんに幸せになってほしい。誰かを大切に思ってほしい。誰かから大切に愛されてほしい。私だったら、笑顔で……。
え。何?
一瞬頭をよぎった良からぬ考えに驚く。
ヤバイ。動揺して脈が早くなる。心友なのに、同志なのに何変な事考えてんのよ……。
大輝がゆっくりと離れていく。触れ合っていた部分に空気が触れ冷めていく。
「あー、心友が涼香ちゃんで本当に良かったよ」
「うん、当たり前じゃん。私たちは似た者同士なんだから」
涼香は大輝の肩を強めに叩く。自分のダメな考えを振り落とすように……。
夜の澄んだ空気で叩いた音が思いのほか響いた。通りを歩いていた人たちが何事かと振り返る。涼香は恥ずかしくなり大輝の腕を掴み夜道を歩き出した。
大輝はわざと「あー痛いな……痛い痛い」と言いながら大げさに肩を撫でる。涼香は「うるさいっ」と言い更に腕を強く引く。真っ赤になる涼香の耳朶を見て大輝は笑いをこらえた。
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