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第53話 国王様の春に蛾はいない
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「フレイア様、夫からいつも聞いております。よろしいですか、貴族の女達は皆、地位を上げたくてたまらないのです。中にはフレイア様のような朗らかな女はおります。ですが、彼女達にとっての愛は、金のある男に見初められ家の地位を上げる事が、愛なのです」
お茶会の終わりに、フレイアは老年の女性に呼び止められる。いつも夫から、と言われはっとした。あの臣下の妻なのだ。夜闇の小さな明かりを探してはじっとする蛾達は、何もなかった、と部屋を出て行ってしまった。二人きりになり、先程とは違った緊張感にフレイアは背筋を伸ばした。
「自身の地位も上げれますからね。ですから、夫の側によってくる女にはご注意下さい。勿論、女を紹介させようとする男にもです。ロスカ様はそんな男ではないと存じておりますが、注意は必要です。あの小娘どもは、フレイア様の声が出ないから、ああして来たのです。よろしいですか、毅然とした態度でお過ごしください」
臣下の妻に手を握られながらフレイアは話を聞いた。
「陛下は、ロスカ様はお父様と同じように、自分の冠を欲しがる人間は嫌いなのです。お世継ぎも言われると思いますが、どうか、負けずに」
握る手に力が込められる。老年の女性の言葉にただ頷くことしか出来なかったが、どれも彼女のいう通りだとフレイアは考えた。冬の城、ロスカに翻弄されていたが問題は色々あるようだ。
お世継ぎは勿論、ロスカに寄ってくる異性の目。彼女の以前の婚約者、顔も声も知らないが、彼が女の色に負けた様にロスカにもその可能性はある。彼が色に負けて、政権を取られるようなヘマは流石にしないと思うが。どこか、城の問題からは浮いたような存在だったが、そんな事はなかったらしい。フレイアは自分自身が思う以上に、城の問題に、格好の話題の蜜だったのだ。
「居たのか」
侍女よりも、力強いノックがされる。ノックを返す前に入ってくるのはロスカしかいない。その予想通り、フレイアの夫が入ってきた。
「どうだった、お茶会は」
言葉を紡がずとも、ロスカはフレイアの感情を読み取った。眉頭は真ん中に寄せられ、眉尻も目尻も悲しそうに垂れている。
「何か言われたのか?」
今度は口の端がへの字に曲がった。荒々しく、ペンと紙を取る。いつもなら文字を離して書くのに今日は違った。繋ぎ文字は大きく、力強い。フレイアは早く、ロスカに確認したかったのだ。
「愛人を取るかどうか?」
ふと、彼の頭の中に午後に話した貴族の男の顔が蘇る。そして、あの妻と娘がお茶会に参加していたのを思い出した。
「俺は取らない。決して」
迷いのない瞳で言われるも、フレイアは何だか不安だった。だって、今日やってきた娘は皆、美しく聡明そうであった。声が出て、言い返せた所で、もっと賢く言い返されてしまうかもしれない。自分より優れているように、フレイアには見えたのだ。
「フレイア」
顔を上げるように、顔を彼の両手で挟まれる。
「俺はあんなにも、勝手に勘違いして怒鳴る程、フレイアに心を奪われているんだ。・・・褒められた事ではないが」
ロスカの瞳に映るフレイアは変わらず、表情が固いままだ。
「今まで、何度か婚姻の話はあったし、他の貴族の娘に会ったことはある。でも、こんなにも胸を焦がすような思いはした事がない」
大事な言葉を隠すのは得意だったのに。どうしてか、フレイアの前では素直に話してしまう自分がいた。ロスカは自身に驚きながらも、彼女に自身の言葉を紡ぎ続けた。
「あの日、森の中で出会った時から、俺はフレイアの瞳にとらわれたままだ。命が続く限り、ずっと俺の目を見つめてほしい。その思ったのは他の誰でもない、フレイアにだけだ」
ロスカの片手にフレイアの手が重なる。固かった表情は恥ずかしさで溶けていってしまったらしい。もう言わないで、と制止をしたいのだろう。
「だから、そう不安にならないでくれ。俺の心はもう、誰にも奪えない」
暫しの沈黙ののち、フレイアは観念したように目を瞑った。ずっと見つめ続けるには、ロスカの瞳が熱すぎるのだ。ああ、なんだか敵わない。そんな風に思うのは無理もないだろう。ロスカが彼女の瞳にとらわれているのと同じで、フレイアもまた彼の瞳に魅入っていたのだから。
お茶会の終わりに、フレイアは老年の女性に呼び止められる。いつも夫から、と言われはっとした。あの臣下の妻なのだ。夜闇の小さな明かりを探してはじっとする蛾達は、何もなかった、と部屋を出て行ってしまった。二人きりになり、先程とは違った緊張感にフレイアは背筋を伸ばした。
「自身の地位も上げれますからね。ですから、夫の側によってくる女にはご注意下さい。勿論、女を紹介させようとする男にもです。ロスカ様はそんな男ではないと存じておりますが、注意は必要です。あの小娘どもは、フレイア様の声が出ないから、ああして来たのです。よろしいですか、毅然とした態度でお過ごしください」
臣下の妻に手を握られながらフレイアは話を聞いた。
「陛下は、ロスカ様はお父様と同じように、自分の冠を欲しがる人間は嫌いなのです。お世継ぎも言われると思いますが、どうか、負けずに」
握る手に力が込められる。老年の女性の言葉にただ頷くことしか出来なかったが、どれも彼女のいう通りだとフレイアは考えた。冬の城、ロスカに翻弄されていたが問題は色々あるようだ。
お世継ぎは勿論、ロスカに寄ってくる異性の目。彼女の以前の婚約者、顔も声も知らないが、彼が女の色に負けた様にロスカにもその可能性はある。彼が色に負けて、政権を取られるようなヘマは流石にしないと思うが。どこか、城の問題からは浮いたような存在だったが、そんな事はなかったらしい。フレイアは自分自身が思う以上に、城の問題に、格好の話題の蜜だったのだ。
「居たのか」
侍女よりも、力強いノックがされる。ノックを返す前に入ってくるのはロスカしかいない。その予想通り、フレイアの夫が入ってきた。
「どうだった、お茶会は」
言葉を紡がずとも、ロスカはフレイアの感情を読み取った。眉頭は真ん中に寄せられ、眉尻も目尻も悲しそうに垂れている。
「何か言われたのか?」
今度は口の端がへの字に曲がった。荒々しく、ペンと紙を取る。いつもなら文字を離して書くのに今日は違った。繋ぎ文字は大きく、力強い。フレイアは早く、ロスカに確認したかったのだ。
「愛人を取るかどうか?」
ふと、彼の頭の中に午後に話した貴族の男の顔が蘇る。そして、あの妻と娘がお茶会に参加していたのを思い出した。
「俺は取らない。決して」
迷いのない瞳で言われるも、フレイアは何だか不安だった。だって、今日やってきた娘は皆、美しく聡明そうであった。声が出て、言い返せた所で、もっと賢く言い返されてしまうかもしれない。自分より優れているように、フレイアには見えたのだ。
「フレイア」
顔を上げるように、顔を彼の両手で挟まれる。
「俺はあんなにも、勝手に勘違いして怒鳴る程、フレイアに心を奪われているんだ。・・・褒められた事ではないが」
ロスカの瞳に映るフレイアは変わらず、表情が固いままだ。
「今まで、何度か婚姻の話はあったし、他の貴族の娘に会ったことはある。でも、こんなにも胸を焦がすような思いはした事がない」
大事な言葉を隠すのは得意だったのに。どうしてか、フレイアの前では素直に話してしまう自分がいた。ロスカは自身に驚きながらも、彼女に自身の言葉を紡ぎ続けた。
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「だから、そう不安にならないでくれ。俺の心はもう、誰にも奪えない」
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