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第51話 声がしない春
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ロスカの言葉に、フレイアは嬉しくなった。
でも、彼女のおかげだと、暗に知らせたつもりだがわかっていないらしい。
手を握ってみても、フレイアは微笑むだけである。彼の心が晴れているだけで満足だと言いたいのだろうか。
兎が飛び跳ね回るような春はまだ来ないが、彼の胸の中に兎の足音、春の光が差し込んでいるのは事実だった。
癇癪に任せて怒鳴り倒した罪の意識はあるし、それでもなお、自分を探しにきてくれた事がロスカの暗い塔に光を差したのである。
しかし、それを面白く思わない人間は城の中に居るのもまた事実であった。
ロスカに悩みの種を背負わせたい。そんな風に思う輩がいるのだ。
彼本人を快く思わない人間いれば、炎帝の時の恨みを強く受け継いだ跡取り息子や、フレイアの存在自体が気に入らない人間も居た。
「陛下、お妃様を迎え入れて月が三度変わりましたね」
翌年の春以降の、農作物の生産量の予想を聞き終えた時であった。目の前に座る男にロスカは視線を上げる。
代々続く名家の貴族の出身の男である。農作物の安定的な生産に努力をしており、かの内乱の時にはロスカの兄と共に、貴族と農民の間に立ってくれたのだ。
「ああ、早いものだ」
恩がある、とまではいかないがロスカにとっては数少ない安心出来る存在だった。
だから、他愛もない世間話は少しくらい、と思った矢先である。
「お世継ぎのご予定はいかがでしょうか」
これも世間話の一環だろうか。
「まだ三度しか月は変わっていないが」
「もう、三度も変わられています。お声が出ないお妃様も、新しい生活には慣れた頃ではありませんか」
もう、という言葉がロスカは癪に触ったらしい。机の表面に触れるようにして置かれていた手が、ゆっくりと拳に変わる。
「長い冬はまだ続きます。子宝をもうけた方が、国民も喜ぶのではないでしょうか。暗い冬の中、明るい光は皆喜ぶでしょう」
「・・・そういうものなのか?」
「左様でございます。お妃様とよくお話をされてみて下さい。声が出なくては、上手くお話が出来ないかもしれませんが」
炎帝であれば、誰もこんな口のきき方をしない。手元にある杖ですぐに打たれてしまう。
それに、まだ若い国王だ、と自分の思想を吹き込んでは思うように扱いたい。そう願う人間がいたのもまた、事実であった。
ロスカは何も言わずに、じっと男を見つめる。
男も伊達らに長く城にいる訳ではない。沈黙の攻防が行われているのだ。
だが、その沈黙を先に破ったのはロスカであった。
「お前の奥方は声が出るのに、愛人を取ったらしいな」
男の目が細くなり、眉間の皺になかった筈の皺が生まれる。
「年若い女だと聞いた。お前の若々しさには脱帽する。公私共に精力的で良い事じゃないか」
貴族が国王周りの噂を嗅ぎつけるのと同じように、ロスカにも彼らの噂を嗅ぎつける事はあった。
愛人などどうでも良いが、後に勢力狂わせに使われては大変である。当時はまだまだ、女を女として政治的に使う事が珍しくはなかったのだ。
「声が出ずとも、私と妻には何の問題もない。変な女に首の根をかかれないように、注意だけはしてくれ。亡き辺境伯のように」
机の上でロスカの手が組まれた。左薬指にある金の指輪がよく見えるように。
「ご心配頂けるとは、感無量でございます。ですが陛下、声が恋しい時はお知らせください。素晴らしい小鳥をご紹介致します。色よい春をお見せする事を、お約束します」
この男から差し出される鳥は何色だろうか。いずれにせよ、ロスカはその鳥を想像しては片手で潰す瞬間を想像した。鳥の見せる春が何色かも知らない。彼の知る春は、静かで燃える様に熱いものだけである。
でも、彼女のおかげだと、暗に知らせたつもりだがわかっていないらしい。
手を握ってみても、フレイアは微笑むだけである。彼の心が晴れているだけで満足だと言いたいのだろうか。
兎が飛び跳ね回るような春はまだ来ないが、彼の胸の中に兎の足音、春の光が差し込んでいるのは事実だった。
癇癪に任せて怒鳴り倒した罪の意識はあるし、それでもなお、自分を探しにきてくれた事がロスカの暗い塔に光を差したのである。
しかし、それを面白く思わない人間は城の中に居るのもまた事実であった。
ロスカに悩みの種を背負わせたい。そんな風に思う輩がいるのだ。
彼本人を快く思わない人間いれば、炎帝の時の恨みを強く受け継いだ跡取り息子や、フレイアの存在自体が気に入らない人間も居た。
「陛下、お妃様を迎え入れて月が三度変わりましたね」
翌年の春以降の、農作物の生産量の予想を聞き終えた時であった。目の前に座る男にロスカは視線を上げる。
代々続く名家の貴族の出身の男である。農作物の安定的な生産に努力をしており、かの内乱の時にはロスカの兄と共に、貴族と農民の間に立ってくれたのだ。
「ああ、早いものだ」
恩がある、とまではいかないがロスカにとっては数少ない安心出来る存在だった。
だから、他愛もない世間話は少しくらい、と思った矢先である。
「お世継ぎのご予定はいかがでしょうか」
これも世間話の一環だろうか。
「まだ三度しか月は変わっていないが」
「もう、三度も変わられています。お声が出ないお妃様も、新しい生活には慣れた頃ではありませんか」
もう、という言葉がロスカは癪に触ったらしい。机の表面に触れるようにして置かれていた手が、ゆっくりと拳に変わる。
「長い冬はまだ続きます。子宝をもうけた方が、国民も喜ぶのではないでしょうか。暗い冬の中、明るい光は皆喜ぶでしょう」
「・・・そういうものなのか?」
「左様でございます。お妃様とよくお話をされてみて下さい。声が出なくては、上手くお話が出来ないかもしれませんが」
炎帝であれば、誰もこんな口のきき方をしない。手元にある杖ですぐに打たれてしまう。
それに、まだ若い国王だ、と自分の思想を吹き込んでは思うように扱いたい。そう願う人間がいたのもまた、事実であった。
ロスカは何も言わずに、じっと男を見つめる。
男も伊達らに長く城にいる訳ではない。沈黙の攻防が行われているのだ。
だが、その沈黙を先に破ったのはロスカであった。
「お前の奥方は声が出るのに、愛人を取ったらしいな」
男の目が細くなり、眉間の皺になかった筈の皺が生まれる。
「年若い女だと聞いた。お前の若々しさには脱帽する。公私共に精力的で良い事じゃないか」
貴族が国王周りの噂を嗅ぎつけるのと同じように、ロスカにも彼らの噂を嗅ぎつける事はあった。
愛人などどうでも良いが、後に勢力狂わせに使われては大変である。当時はまだまだ、女を女として政治的に使う事が珍しくはなかったのだ。
「声が出ずとも、私と妻には何の問題もない。変な女に首の根をかかれないように、注意だけはしてくれ。亡き辺境伯のように」
机の上でロスカの手が組まれた。左薬指にある金の指輪がよく見えるように。
「ご心配頂けるとは、感無量でございます。ですが陛下、声が恋しい時はお知らせください。素晴らしい小鳥をご紹介致します。色よい春をお見せする事を、お約束します」
この男から差し出される鳥は何色だろうか。いずれにせよ、ロスカはその鳥を想像しては片手で潰す瞬間を想像した。鳥の見せる春が何色かも知らない。彼の知る春は、静かで燃える様に熱いものだけである。
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