45 / 61
第45話 肌を溶かすもの ※
しおりを挟む 追分参五郎は、上州へ向けて旅立った。愛しい女のために清水寿郎長の命を取る旅だった。当然、足取りは軽くない。
上田村辺りの峠に店が在り、飯を食う事にする。飯屋には先客が居て、どう見ても女衒だった。女衒とは、女を商品にして商売する連中の事で、主に百姓家で口減しにあった者や、借金の形で取り引きされた娘を、女郎宿や岡場所に売る職業だった。参五郎が男を女衒だと思ったのは、娘を三人連れているからだった。歳の頃から、男の実の娘とは思えないし、彼女たちが旅をする理由も思いつかない。三人とも、まだ十歳前後だと思われ、幼い顔立ちが哀れに思えた。参五郎は、節もこんな感じで女郎になったのかと思って見つめていた。
「何だい、お兄さん、子供が好みかい」
不意に声をかけられ、慌ててしまう。女衒は、参五郎を不審そうに見ていた。女衒の世界も物騒で、商品を力づくで奪う不届き者も居た。しかも、参五郎は渡世人の格好をしている。警戒するのは当然だった。
「いや、なにね、あっしも郷里に妹が居るもんだから、つい見てしまったんですよ。勘弁しておくんなさいまし」
女衒は、一応は参五郎を信用したらしく、広角を上げた。だが、目は笑っていない。やはり、人買い稼業なんぞをしていると、人が信じられなくなるらしい。
女衒は、娘を連れて先に出た。参五郎は、飯が来たので腹ごしらえをする。
丼に冷や飯が入っている。玄米六割に雑穀四割の黒飯だった。当時は、今と違って温かい白米が常時用意されている訳ではない。漬物を乗せ、熱い味噌汁をかける。これでちょうど食べ頃になる。川魚の塩焼きも入れ、骨も頭も箸でガシガシ汁かけご飯に馴染ませる。これを一気に掻き込んだ。行儀は悪いが気にしない。
参五郎が急いで飯を食ったのは、訳があった。どうにも女衒が連れていた娘が気になる。頬の赤い娘は、どことなく節に似ていた。せめて途中まで見守ってあげたかった。
参五郎は、急いで女衒たちを追う。すると、言い争う声が聞こえた。参五郎は走り出す。
「やめておくんなさい。この娘たちは、上州の前田栄五郎親分の元に連れて行く事が決まっているんですよ」
女衒の声がした。見ると、三人の男に囲まれている。女衒の後ろで、娘たちは不安そうにしている。
三人の男は、無頼者の類いに見えた。時に雲助、つまり、無法な駕籠かき、時に山賊などで生計を立てる悪党だった。
参五郎は、両者に割って入る。
「おいおい、乱暴な真似はよしねぇ。この追分参五郎、騒動の仲裁に入るぜ」
悪党は、お節介な渡世人に怒鳴る。
「引っ込んでろ三下! 怪我じゃ済まないぜ」
参五郎は、相手の言い分が頭に来た。
「済まなきゃどうだって言うんだ。教えてくれよ」
こうなると、血の気の多い連中だから、穏やかには収まらない。悪党は腰刀を抜く。猟師が獲物にとどめを刺す時に使うような簡単な拵えの刀だった。
参五郎は、脇差を抜く。参五郎の刀は、短かった。右手で脇差を構え、左手には縞の合羽を持つ。
「さぁ、来やがれ、山猿ども!」
丁々発止と戦いが始まった。
上田村辺りの峠に店が在り、飯を食う事にする。飯屋には先客が居て、どう見ても女衒だった。女衒とは、女を商品にして商売する連中の事で、主に百姓家で口減しにあった者や、借金の形で取り引きされた娘を、女郎宿や岡場所に売る職業だった。参五郎が男を女衒だと思ったのは、娘を三人連れているからだった。歳の頃から、男の実の娘とは思えないし、彼女たちが旅をする理由も思いつかない。三人とも、まだ十歳前後だと思われ、幼い顔立ちが哀れに思えた。参五郎は、節もこんな感じで女郎になったのかと思って見つめていた。
「何だい、お兄さん、子供が好みかい」
不意に声をかけられ、慌ててしまう。女衒は、参五郎を不審そうに見ていた。女衒の世界も物騒で、商品を力づくで奪う不届き者も居た。しかも、参五郎は渡世人の格好をしている。警戒するのは当然だった。
「いや、なにね、あっしも郷里に妹が居るもんだから、つい見てしまったんですよ。勘弁しておくんなさいまし」
女衒は、一応は参五郎を信用したらしく、広角を上げた。だが、目は笑っていない。やはり、人買い稼業なんぞをしていると、人が信じられなくなるらしい。
女衒は、娘を連れて先に出た。参五郎は、飯が来たので腹ごしらえをする。
丼に冷や飯が入っている。玄米六割に雑穀四割の黒飯だった。当時は、今と違って温かい白米が常時用意されている訳ではない。漬物を乗せ、熱い味噌汁をかける。これでちょうど食べ頃になる。川魚の塩焼きも入れ、骨も頭も箸でガシガシ汁かけご飯に馴染ませる。これを一気に掻き込んだ。行儀は悪いが気にしない。
参五郎が急いで飯を食ったのは、訳があった。どうにも女衒が連れていた娘が気になる。頬の赤い娘は、どことなく節に似ていた。せめて途中まで見守ってあげたかった。
参五郎は、急いで女衒たちを追う。すると、言い争う声が聞こえた。参五郎は走り出す。
「やめておくんなさい。この娘たちは、上州の前田栄五郎親分の元に連れて行く事が決まっているんですよ」
女衒の声がした。見ると、三人の男に囲まれている。女衒の後ろで、娘たちは不安そうにしている。
三人の男は、無頼者の類いに見えた。時に雲助、つまり、無法な駕籠かき、時に山賊などで生計を立てる悪党だった。
参五郎は、両者に割って入る。
「おいおい、乱暴な真似はよしねぇ。この追分参五郎、騒動の仲裁に入るぜ」
悪党は、お節介な渡世人に怒鳴る。
「引っ込んでろ三下! 怪我じゃ済まないぜ」
参五郎は、相手の言い分が頭に来た。
「済まなきゃどうだって言うんだ。教えてくれよ」
こうなると、血の気の多い連中だから、穏やかには収まらない。悪党は腰刀を抜く。猟師が獲物にとどめを刺す時に使うような簡単な拵えの刀だった。
参五郎は、脇差を抜く。参五郎の刀は、短かった。右手で脇差を構え、左手には縞の合羽を持つ。
「さぁ、来やがれ、山猿ども!」
丁々発止と戦いが始まった。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

この結婚に、恋だの愛など要りません!! ~必要なのはアナタの子種だけです。
若松だんご
恋愛
「お前に期待するのは、その背後にある実家からの支援だけだ。それ以上のことを望む気はないし、余に愛されようと思うな」
新婚初夜。政略結婚の相手である、国王リオネルからそう言われたマリアローザ。
持参金目当ての結婚!? そんなの百も承知だ。だから。
「承知しております。ただし、陛下の子種。これだけは、わたくしの腹にお納めくださいませ。子を成すこと。それが、支援の条件でございますゆえ」
金がほしけりゃ子種を出してよ。そもそも愛だの恋だのほしいと思っていないわよ。
出すもの出して、とっとと子どもを授けてくださいな。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる