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第44話 涙の海に沈んでいた瞳
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見張り塔に続く螺旋階段から降りてきた、ロスカとフレイアに近衛兵達は驚きを隠せなかった。
二人で仲良く手を取り合い、降りてきたのだ。ロスカの瞳には暗い雲が生まれていたが、今やどこにもない。
そして、小石を壁に投げては、自身の指の関節を強く机に叩きつけては周囲を不安にさせていたのに。触れては暴発しそうだった。でも、フレイアと手を取る彼を見る限り、その恐れは抱かなくても良いらしい。
声も出ないのに、よくもこの傾いた国王を宥めたものだ。
そう思われていたのを、フレイアは知らない。またこの一件は、領主の娘という立場から彼女を妃という立場へ上げたものになる。
炎帝の亡霊が彷徨う、暗くもの悲しい城に春の足音が近づいた瞬間であった。
「渡したいものがある」
久しぶりに、二人の部屋に戻ったロスカは後ろ手に何かを隠しながらフレイアに歩み寄った。
外套を脱ぎ、彼の方を向けば束ねられた柊が現れた。真っ赤な実を携えた緑の葉は元気に指先を伸ばしている。
思いもよらなかった贈り物に、フレイアはパッと顔を輝かせる。満面の笑みを浮かべて、彼の手からそれを受け取った。実はロスカが臣下に怒られた後、子どものようだが、庭師と一緒に取ってきたものなのだ。
そして、彼女も渡したいものがあるらしい。ロスカの不安の四肢を大きくさせた箱を取り出して、箱を開けた。
嫌な気持ちになったが、それは全て彼の思い込みであった事がすぐにわかる。
「・・・取っておいたのか」
箱の中で彼が見つけた手紙は、彼がフレイアへ書いた手紙であった。輿入れの前のものから、城にやってきてからのものがあった。
なんて愚かなのだ。
そう落ち込む彼に、彼女は紙を一枚差し出した。読むように促され、ロスカは折られた紙を開いた。
『ロスカ
何か、私が悪い事をしてしまったのでしょうか。そうであれば、教えて欲しいです。
あなたと話がしたいです。待っています。』
聞かずとも、これは怒鳴りつける前にフレイアが書いていたものだとロスカは理解した。謝ろうと口を開く前に、彼女はまた一枚、紙を渡した。喉に手を当てながら。
『ロスカ
声が出ないのは亡き辺境伯が、メナヤの女に恋をしたからではありません。
私は亡き辺境伯に、恋心を抱いた事もありません。手紙をくれると言って、一度もくれませんでした。
なのに、異国の女には優しく愛を注いでいたのです。母親は彼が、メナヤの女に恋をした事は知っていました。
でも、母親は女としてのお前の振る舞いが足りないと言いました。悲しくて悲しくて、泣いたのを覚えています。母親に食ってかかりましたが、母親も父親も、誰も私の言葉を聞いてくれませんでした。
なら、声など出なければ良い。困らせてやる、と思いました。そしたら、翌日、声が出なくなってしまったのです。
ロスカは声が出なくても、私の話を聞こうとしてくれます。私が私である事を尊重してくれるように思えます。
あなたの事を思うと、胸が苦しくなります。あなたに突き放されると、悲しくて涙が出ます。
声の出ない自分を呪いたくなります。声が出れば、あなたを呼び止めれたかもしれないのに。
私の心の中にいるのはロスカ、あなただけです。
フレイア』
読み終えたロスカの中には、不安の四肢などどこにもいない。
泡になって溶けていき、どこにもいないのだ。残るのは自己嫌悪だけである。
上がることのない煙の出どころを探そうとして、既にあった物を壊そうとしていた。不安を手綱にして、自身の不幸さを自ら作り上げようとしていたなんて。なんて自分は愚かなのだ。ロスカは繰り返し自分を頭の中で罵った。
「フレイア、こんな気持ちにさせるべきではなかった」
ロスカは彼女を抱き寄せ、腫れた瞼に口づけを落とした。
愛おしい、と思った瞳を涙の海に溺れさせてしまった。今更ながら、その海から掬い上げるようにロスカは何度も何度も、角度を変えて瞼に口づけをした。くすぐったい、と身を捩るフレイアの腰を強く引いて、彼は唇へ口づけを落とした。
二人で仲良く手を取り合い、降りてきたのだ。ロスカの瞳には暗い雲が生まれていたが、今やどこにもない。
そして、小石を壁に投げては、自身の指の関節を強く机に叩きつけては周囲を不安にさせていたのに。触れては暴発しそうだった。でも、フレイアと手を取る彼を見る限り、その恐れは抱かなくても良いらしい。
声も出ないのに、よくもこの傾いた国王を宥めたものだ。
そう思われていたのを、フレイアは知らない。またこの一件は、領主の娘という立場から彼女を妃という立場へ上げたものになる。
炎帝の亡霊が彷徨う、暗くもの悲しい城に春の足音が近づいた瞬間であった。
「渡したいものがある」
久しぶりに、二人の部屋に戻ったロスカは後ろ手に何かを隠しながらフレイアに歩み寄った。
外套を脱ぎ、彼の方を向けば束ねられた柊が現れた。真っ赤な実を携えた緑の葉は元気に指先を伸ばしている。
思いもよらなかった贈り物に、フレイアはパッと顔を輝かせる。満面の笑みを浮かべて、彼の手からそれを受け取った。実はロスカが臣下に怒られた後、子どものようだが、庭師と一緒に取ってきたものなのだ。
そして、彼女も渡したいものがあるらしい。ロスカの不安の四肢を大きくさせた箱を取り出して、箱を開けた。
嫌な気持ちになったが、それは全て彼の思い込みであった事がすぐにわかる。
「・・・取っておいたのか」
箱の中で彼が見つけた手紙は、彼がフレイアへ書いた手紙であった。輿入れの前のものから、城にやってきてからのものがあった。
なんて愚かなのだ。
そう落ち込む彼に、彼女は紙を一枚差し出した。読むように促され、ロスカは折られた紙を開いた。
『ロスカ
何か、私が悪い事をしてしまったのでしょうか。そうであれば、教えて欲しいです。
あなたと話がしたいです。待っています。』
聞かずとも、これは怒鳴りつける前にフレイアが書いていたものだとロスカは理解した。謝ろうと口を開く前に、彼女はまた一枚、紙を渡した。喉に手を当てながら。
『ロスカ
声が出ないのは亡き辺境伯が、メナヤの女に恋をしたからではありません。
私は亡き辺境伯に、恋心を抱いた事もありません。手紙をくれると言って、一度もくれませんでした。
なのに、異国の女には優しく愛を注いでいたのです。母親は彼が、メナヤの女に恋をした事は知っていました。
でも、母親は女としてのお前の振る舞いが足りないと言いました。悲しくて悲しくて、泣いたのを覚えています。母親に食ってかかりましたが、母親も父親も、誰も私の言葉を聞いてくれませんでした。
なら、声など出なければ良い。困らせてやる、と思いました。そしたら、翌日、声が出なくなってしまったのです。
ロスカは声が出なくても、私の話を聞こうとしてくれます。私が私である事を尊重してくれるように思えます。
あなたの事を思うと、胸が苦しくなります。あなたに突き放されると、悲しくて涙が出ます。
声の出ない自分を呪いたくなります。声が出れば、あなたを呼び止めれたかもしれないのに。
私の心の中にいるのはロスカ、あなただけです。
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