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第43話 迷子の王子様、春のお姫様
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「ここで頭を打ったら助からないぞ」
どこか不服そうな声だった。それでも、ロスカはフレイアの腰を抱いたまま膝の上へと座らせた。
「項垂れてる俺を見にきたのか」
その言葉に彼女は、口の端を曲げた。
そして、ロスカの鼻先を力一杯摘んだ。うわ!と彼は声を上げたが、フレイアはやめなかった。
「やめろ」
鼻声で言われ、手首が彼に取られてしまう。
彼は唖然として何か言いたげだったが、口をそのまま紡いだ。わかっていたのだ。自分が彼女に強く抗議出来る立場ではないと。
「・・・あんなに怒鳴って、すまなかった」
太ももの上に置かれた手に、フレイアは自身の手を重ねた。
「もっと、冷静になるべきだった。声の出ないお前に、悪い事をした。・・・首に手をかけたのも、勿論・・・」
反省の言葉を言えば言うほど、ロスカは項垂れていくように見えた。フレイアは彼の頬に手を置いて、彼女の方へと顔を向かせた。
どうして、と尋ねたのだ。
「どうして」
フレイアの口の動きを読んでは、彼は声に出した。風が木々の揺らす音が聞こえる。今夜は冷えるらしい。そういえば、白い息が上がっていた事に彼女は今更ながら気がついた。
「・・・自分以外の、人間と親しくているのが嫌だった。俺には制限する権利がないのに。それと、不安だった。俺は、フレイアが好きだけれども、フレイアの心には辺境伯がいるのではないかと思ってしまった。フレイアが本当は亡くなった辺境伯に恋をしていて、まだ傷ついているのではないかと」
手袋もしていない、ゴツゴツとした指をフレイアは握った。
床に落ちた彼の視線を自分の方へ上げさせる為である。ロスカの視線は悪い事をしたとわかっている子どもにも似ていた。そんな彼に、フレイアはゆっくりと首を振ってみせた。
好きではない。全く。悲しい。
彼女の言葉を読み取ってから、ロスカはああ、と落ち込んだ。わかってはいたが、本人に直接悲しい、と言われると胸に来るものがある。なんて愚かなのだ、と彼は自分にも酷く落胆した。
「本当に、すまなかった。・・・自分でも、どうかしていると思う。愚かだ。人を疑って、死んでいった父親と同じになっている」
ロスカの眼差しは遠くを見つめている。色白な月光が、彼の横顔を照らし出した。沈みゆく国の一縷の望みの為に亡命を余儀なくされ、暗闇に閉じ込められた彼には何が見えるのだろうか。フレイアは想像もつかなかった。
「俺はこんな風になりたくなかった。父親のようにはなりたくない。なのに、俺は後を追っている」
苦しそうにロスカの瞳が伏せられる。王の元に生まれたばかりに、翻弄されているのだ。抗えぬ運命を背負わされ、自由を失ったのだ。国民が王に翻弄されたように、彼もその一人なのだと彼女は思った。
「・・・ずっと側にいて欲しいと思ってるのに、どうして俺はあんな事をしてしまったんだろう」
ロスカはフレイアの肩口に顔を埋めた。腰を強く引かれ、離れることが出来ない。離れるつもりもなかったが、彼女はただ優しくロスカの髪を撫でた。そしてまた、声の出ない自分を恨めしく思った。声が出れば、彼をもっと励ます事が出来たかもしれないのに、と。
「フレイア。愚かな俺を許してほしい」
彼女の手はすっかり彼の手に包まれてしまった。
「頭に血を昇らせて、目の前を見ることも出来ない愚かな俺を許して欲しい。・・・俺はフレイアを失いたくない」
その言葉に、フレイアはこう言った。
迷子の王子様、と。そして、彼の頬に口づけを落とした。
「・・・それならフレイアは、春のお姫様だ」
フレイアは予想もしなかった言葉に顔を顰めた。春のお姫様?私が?
けれどもロスカは答えない。答えずに、許しを乞うような口づけをしては彼女を抱きしめるばかりだったのだ。
だから彼女も、これで彼の心が、悲しみが少しでも和らぐなら。そう思い、彼の腕の中にいる事にした。
どこか不服そうな声だった。それでも、ロスカはフレイアの腰を抱いたまま膝の上へと座らせた。
「項垂れてる俺を見にきたのか」
その言葉に彼女は、口の端を曲げた。
そして、ロスカの鼻先を力一杯摘んだ。うわ!と彼は声を上げたが、フレイアはやめなかった。
「やめろ」
鼻声で言われ、手首が彼に取られてしまう。
彼は唖然として何か言いたげだったが、口をそのまま紡いだ。わかっていたのだ。自分が彼女に強く抗議出来る立場ではないと。
「・・・あんなに怒鳴って、すまなかった」
太ももの上に置かれた手に、フレイアは自身の手を重ねた。
「もっと、冷静になるべきだった。声の出ないお前に、悪い事をした。・・・首に手をかけたのも、勿論・・・」
反省の言葉を言えば言うほど、ロスカは項垂れていくように見えた。フレイアは彼の頬に手を置いて、彼女の方へと顔を向かせた。
どうして、と尋ねたのだ。
「どうして」
フレイアの口の動きを読んでは、彼は声に出した。風が木々の揺らす音が聞こえる。今夜は冷えるらしい。そういえば、白い息が上がっていた事に彼女は今更ながら気がついた。
「・・・自分以外の、人間と親しくているのが嫌だった。俺には制限する権利がないのに。それと、不安だった。俺は、フレイアが好きだけれども、フレイアの心には辺境伯がいるのではないかと思ってしまった。フレイアが本当は亡くなった辺境伯に恋をしていて、まだ傷ついているのではないかと」
手袋もしていない、ゴツゴツとした指をフレイアは握った。
床に落ちた彼の視線を自分の方へ上げさせる為である。ロスカの視線は悪い事をしたとわかっている子どもにも似ていた。そんな彼に、フレイアはゆっくりと首を振ってみせた。
好きではない。全く。悲しい。
彼女の言葉を読み取ってから、ロスカはああ、と落ち込んだ。わかってはいたが、本人に直接悲しい、と言われると胸に来るものがある。なんて愚かなのだ、と彼は自分にも酷く落胆した。
「本当に、すまなかった。・・・自分でも、どうかしていると思う。愚かだ。人を疑って、死んでいった父親と同じになっている」
ロスカの眼差しは遠くを見つめている。色白な月光が、彼の横顔を照らし出した。沈みゆく国の一縷の望みの為に亡命を余儀なくされ、暗闇に閉じ込められた彼には何が見えるのだろうか。フレイアは想像もつかなかった。
「俺はこんな風になりたくなかった。父親のようにはなりたくない。なのに、俺は後を追っている」
苦しそうにロスカの瞳が伏せられる。王の元に生まれたばかりに、翻弄されているのだ。抗えぬ運命を背負わされ、自由を失ったのだ。国民が王に翻弄されたように、彼もその一人なのだと彼女は思った。
「・・・ずっと側にいて欲しいと思ってるのに、どうして俺はあんな事をしてしまったんだろう」
ロスカはフレイアの肩口に顔を埋めた。腰を強く引かれ、離れることが出来ない。離れるつもりもなかったが、彼女はただ優しくロスカの髪を撫でた。そしてまた、声の出ない自分を恨めしく思った。声が出れば、彼をもっと励ます事が出来たかもしれないのに、と。
「フレイア。愚かな俺を許してほしい」
彼女の手はすっかり彼の手に包まれてしまった。
「頭に血を昇らせて、目の前を見ることも出来ない愚かな俺を許して欲しい。・・・俺はフレイアを失いたくない」
その言葉に、フレイアはこう言った。
迷子の王子様、と。そして、彼の頬に口づけを落とした。
「・・・それならフレイアは、春のお姫様だ」
フレイアは予想もしなかった言葉に顔を顰めた。春のお姫様?私が?
けれどもロスカは答えない。答えずに、許しを乞うような口づけをしては彼女を抱きしめるばかりだったのだ。
だから彼女も、これで彼の心が、悲しみが少しでも和らぐなら。そう思い、彼の腕の中にいる事にした。
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