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第42話 項垂れる王様(2023.2.20改稿)

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 恐いもの見たさ、と言うべきかもしれない。
臣下の話を聞いた後のフレイアは、妃としての数少ない予定をこなしていた。
孤児院への寄付を国民に願う手紙を記したり、侍女に刺繍を教えたり。先般の内乱で手先の器用な侍女の多くが辞めてしまった。妃らしからぬ、と元老院が声を上げる時もあったが、ロスカの一声で彼らはすぐに黙った。
 
 だからだろうか、刺繍を縫っている間も憎たらしい筈の夫の顔が浮かんでしまったのだ。臣下の言っていた、見張り塔へ足を運ぶことにした。
日が暮れ、城はあっという間に夜闇に包まれてしまった。ロスカのいる見張り塔は東に位置しているものらしい。フレイアは近衛兵を引き連れ、塔へ続く入り口の所で控えるよう手で知らせた。
声の出ない彼女は、二人の近衛兵に掌を見せたのだ。彼らは頷き、塔の入り口で既に警備に当たっていた近衛兵と一緒になりフレイアを見送った。

 頑強な煉瓦で作られた階段が彼女を出迎える。
暗く、窓のない場所だからフレイアは手に持った蝋燭だけが頼りであった。上へ近づけば近づく程、壁と何かがぶつかる音が聞こえてきた。音の正体がわからないが、彼女はとにかく上へと登った。そして、暫し登った後、最後の一段を踏むと、蝋燭の炎が揺れては外に出た事を知らせた。

 真っ暗だわ。
 
 階段を登っていた時も同じだが、蝋燭がなければ彼女は辺りをはっきりと捉えることが出来なかっただろう。こんな暗い場所にロスカがいるなんて、いささか信じがたいものだ。けれども、臣下の言った通り、彼は居た。椅子の代わりに置かれた積み重なった煉瓦の上に座り、石を壁に投げていた。
ああ、この音だったのか。フレイアはすぐに理解した。石を投げるのに夢中なのか、ロスカは彼女に気づいていない。別に気づかれなくても構わなかった。ただ様子を見にきただけなのだから。でも、淡い金髪が夜空によって暗く染まっているように、なんだかロスカも暗闇に飲み込まれてしまいそうだった。

 彼の中に残る悲しみに身を委ねて、夜空へ溶け込んではいなくなってしまうのではないか。
 
 フレイアは途端に不安になった。そんな事などあり得ないのに。不安が彼女の足を突き動かす。蝋燭を床へ置いて、項垂れる夫の背中にそっと、寄り添った。
 
「っ!」
 
 足音も聞こえていなかったのか、彼は酷く驚いたようで肩を跳ねさせる。
 
「・・・何をしに来た・・・」
 
 弱かった風が、強く速くなる。分厚い雲の上で眠っていた月が起こされ、ゆっくりと月明かりが見張り塔へと差し込んで来た。真っ暗な世界を照らすには眩しい程の灯りである。ロスカの睫毛には白い結晶がついていた。フレイアは聞かずとも、彼が泣いていた事を理解した。こんなに寒い日に外で涙を流すと、涙が凍ってしまうのだ。前の方に回り込み、腰をかがめた。それから、フレイアは彼の顔に手を伸ばしたのだ。
 
「やめろ」
 
 口ではそういうものの、ロスカはフレイアに瞳を、睫毛を触れられるのを避けようとはしなかった。睫毛に残る涙の結晶を取りたかったが上手く出来ない。人の目である。行き場を失った手で、彼女はロスカの頬を拭った。
 
「・・・何がしたい」
 
 不貞腐れた、子どものようだ。
あなたに会いにきた、そう言えれば良いが声は出ない。だからフレイアはまた、彼の首に手を回して抱きしめた。自分の心臓の音を聞かせるように、ぎゅう、と彼の頭に手を添えて。
 
「おい、」
 
 フレイアの柔らかな服に頭が沈んだ。
悪態を付きたかったのに、つけない。それどころか、じわり、と目頭が熱くなった。気づいているのか知らないのか、フレイアはロスカの頭に口づけを落とす。

 強張っていた体の力が抜け、ロスカの目尻から涙が静かに溢れていった。どうすれば良いかわからなかった。こんな風に、誰かに抱きしめられて涙をするなんて。せめて気づかれないように、と思うも風は意地悪らしい。
半分だけ起こしていた筈の、月を完全に起こしてしまった。肌を見せた月は、真珠が潤うように輝く。
それだけではない。強く、フレイアの腰を押したらしく、彼女はバランスを崩しそうになった。ロスカの方によろけたが、彼の腕が腰に回り二人で転ぶことは避けられた。
 
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