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第41話 瞳の中には何がある(2023.2.20改稿)
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昨夜、たっぷりと涙を流したのだからフレイアは暫く涙は出ないだろう、と思っていた。だが、頬は知らぬ間に濡れていた。
「ロスカ様が昨夜のように感情を爆発させたのは、極光の地以来です。お兄様の訃報を聞いた以来でした。お辛い気持ちが少しでも軽くなるように、話を聞きますと伝えましたが、ロスカ様は口を硬く結んで話してくれませんでした。心の内を明かしたくなったのはあるでしょう。でもそれ以上に、ロスカ様は本当に伝えたい事をうまく言えないのだと思います。話し相手になってくれたお兄様はもう居ません。いれば、もう少し違ったと私は考えます。でも、息を潜める生活も長く、城の中では常にお父様の機嫌を伺っていましたから。心の中にある言葉を隠す理由を探すのに、慣れてしまったのかもしれません。やけに正直な時があるくせに、肝心な時は言葉を失う。難しいですな。・・・だからと言って、坊ちゃんを、ロスカ様を庇うのは違います。苦しい過去があるからと言って、他人を傷つけて良い事にはなりません」
臣下は机の横にある本棚から、一冊の本を取り出す。背帯は何度も同じ項目を開いているせいか、真っ直ぐな折り目が入っていた。
「これは、ロスカ様が描いた絵なのですよ」
そう言っては机に何枚もの紙切れを広げる。
動物の絵や、花の絵。臣下の絵もあった。どれも亡命先で、ペンと紙が手に入った際に描いていたものらしい。確かに、裏を返してみれば異なる国の名前が記されていた。聞かずとも多くの国を渡り歩いた事が伺える。
「ロスカ様は絵もお上手なのです。それと、こちらはお妃様にお渡ししましょう」
本ではなく、机の引き出しを開ける音がした。臣下は一枚の紙を、絵をフレイアへ渡した。彼女の顔である。
「初めて、フレイア様にお会いした日の夜に描いてくれた姿絵ですよ。美しい娘に出会った、と言って。絵の通りだと思いましたよ、私は」
線は荒々しいものの、彼女の顔の特徴をよくとらえている。目は丸い、髪はにんじんの色のよう、肌は薄い、など文字も書いてある。
昨夜、嵐を吹き荒らすように怒っていた彼とは大違いだ。
「ロスカ様は初めて見た時から、フレイア様がお好きだったのですよ。自分を真っ直ぐに見つめてくれる瞳が忘れられない、と仰っていました」
フレイアは恥ずかしそうに笑っては首を横に小さく振った。そして、小さな紙の中にいる自分へ視線を落とした。
「きっと、フレイア様の瞳の中にある安寧を見つけたのでしょうな」
臣下の言葉にフレイアは首を傾げた。
歳の差が成せるものなのか、感覚の違いなのか。彼の言わんとする事が掴めなかった。けれども、臣下は若き国王陛下が望むものをわかっていた。わかっていたし、フレイアがその持ち主だとも感じていた。
国王ではなく、ロスカとして見てくれた事に心奪われたのだ。曇りなき瞳で真っ直ぐに見つめられ、彼は自分が必要とされているように感じたのだろうと。
存在し得ぬよう、隠れ続けたロスカの心を掴むのには十分な出来事だったのだ。
「春の夜明けだったのですよ、フレイア様との出会いは」
臣下はそう言って微笑むだけである。傷心の妃は首を傾げるばかりだ。
「愛というのは人をおかしくさせますな。フレイア様、私はあなたの味方です。声が出なくてもあなたは立派な、お妃様になられるこ。これから、医師が来られる予定ではなかったですか?」
あ、とフレイアは思い出したように立ち上がった。
彼女の手にはロスカの絵が握られている。そして、ふと、彼女は夫がどこにいるのか気になった。
「ロスカ様はきっと、見張り塔に一人でおられますよ。彼の癖なのです。悩むと、小石を壁にぶつけるのです」
「ロスカ様が昨夜のように感情を爆発させたのは、極光の地以来です。お兄様の訃報を聞いた以来でした。お辛い気持ちが少しでも軽くなるように、話を聞きますと伝えましたが、ロスカ様は口を硬く結んで話してくれませんでした。心の内を明かしたくなったのはあるでしょう。でもそれ以上に、ロスカ様は本当に伝えたい事をうまく言えないのだと思います。話し相手になってくれたお兄様はもう居ません。いれば、もう少し違ったと私は考えます。でも、息を潜める生活も長く、城の中では常にお父様の機嫌を伺っていましたから。心の中にある言葉を隠す理由を探すのに、慣れてしまったのかもしれません。やけに正直な時があるくせに、肝心な時は言葉を失う。難しいですな。・・・だからと言って、坊ちゃんを、ロスカ様を庇うのは違います。苦しい過去があるからと言って、他人を傷つけて良い事にはなりません」
臣下は机の横にある本棚から、一冊の本を取り出す。背帯は何度も同じ項目を開いているせいか、真っ直ぐな折り目が入っていた。
「これは、ロスカ様が描いた絵なのですよ」
そう言っては机に何枚もの紙切れを広げる。
動物の絵や、花の絵。臣下の絵もあった。どれも亡命先で、ペンと紙が手に入った際に描いていたものらしい。確かに、裏を返してみれば異なる国の名前が記されていた。聞かずとも多くの国を渡り歩いた事が伺える。
「ロスカ様は絵もお上手なのです。それと、こちらはお妃様にお渡ししましょう」
本ではなく、机の引き出しを開ける音がした。臣下は一枚の紙を、絵をフレイアへ渡した。彼女の顔である。
「初めて、フレイア様にお会いした日の夜に描いてくれた姿絵ですよ。美しい娘に出会った、と言って。絵の通りだと思いましたよ、私は」
線は荒々しいものの、彼女の顔の特徴をよくとらえている。目は丸い、髪はにんじんの色のよう、肌は薄い、など文字も書いてある。
昨夜、嵐を吹き荒らすように怒っていた彼とは大違いだ。
「ロスカ様は初めて見た時から、フレイア様がお好きだったのですよ。自分を真っ直ぐに見つめてくれる瞳が忘れられない、と仰っていました」
フレイアは恥ずかしそうに笑っては首を横に小さく振った。そして、小さな紙の中にいる自分へ視線を落とした。
「きっと、フレイア様の瞳の中にある安寧を見つけたのでしょうな」
臣下の言葉にフレイアは首を傾げた。
歳の差が成せるものなのか、感覚の違いなのか。彼の言わんとする事が掴めなかった。けれども、臣下は若き国王陛下が望むものをわかっていた。わかっていたし、フレイアがその持ち主だとも感じていた。
国王ではなく、ロスカとして見てくれた事に心奪われたのだ。曇りなき瞳で真っ直ぐに見つめられ、彼は自分が必要とされているように感じたのだろうと。
存在し得ぬよう、隠れ続けたロスカの心を掴むのには十分な出来事だったのだ。
「春の夜明けだったのですよ、フレイア様との出会いは」
臣下はそう言って微笑むだけである。傷心の妃は首を傾げるばかりだ。
「愛というのは人をおかしくさせますな。フレイア様、私はあなたの味方です。声が出なくてもあなたは立派な、お妃様になられるこ。これから、医師が来られる予定ではなかったですか?」
あ、とフレイアは思い出したように立ち上がった。
彼女の手にはロスカの絵が握られている。そして、ふと、彼女は夫がどこにいるのか気になった。
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