【完結】極夜の国王様は春色の朝焼けを知る

胡麻川ごんべ

文字の大きさ
上 下
37 / 61

第37話 可燃性の緑色の瞳

しおりを挟む
 あたたかな、フレイアの優しい手紙であった。大きくなった不安の四肢に心臓を抱かれてしまったせいで、どうにも出来なくなっていた。鼻は醜く大きく、嗅ぎつけなくても良い煙を嗅ごうとしている。見ていないふりをしようと、手紙をそのまま、置かれた時と同じように戻した。
 靄がかかったように頭は重い。それでも、床に入れば目を閉じようにも閉じれない。ロスカの機嫌が斜めに向いていくのも、不安の四肢が自由に動き回る事が出来たのは無理もなかった。黒い大きな手に小突かれた気がした。ロスカはふと、顔を上げれば窓辺に置かれた小さな箱に気がついた。フレイアの私物が入った箱である。いつもなら閉じられているのに。彼女が輿入れの際に持ち込んだものだから、きっと大事な物だろう。心臓を不安の四肢に抱かれながらも、ロスカにはまだ彼女を思う気持ちはあった。蓋を閉じようと近づくと、箱の中には一枚の紙が入っていた。手紙だろうか。薄ら、と文字が浮かんでいるのが伺えた。流石にそれを開くことはなかったが、寝不足で視界の暗いロスカがない煙を見つけ出すのも、無理のないものであった。燃えていない筈の、鳥の羽が燃える匂いである。気のせいだ、とロスカは自身の胸に上がった疑念の声に蓋をするように、箱の蓋を閉じては床に入った。
 
 しかし、一度嗅いだ匂いを過剰に大きくなった鼻が忘れる訳がなかった。翌日のことである。新たな年を迎えるにあたり、国の予算会議を終えた後の事である。痛んだ財政の補填として、農民からの税金を増額しようと述べた貴族がいた。恐怖政治をしいた炎帝のいない自由な時代である。彼は少しでも多く、富を満喫したかった。重く肌に染み渡る薔薇のような富の香りを、もっともっと嗅いでいたいのだ。失われた時間を取り戻したいのは、ロスカも十分わかる。しかし、同じ内乱を苦しんだのに、農民だけが苦しむのはおかしいのではないか。
 
「お前たちの遊び金を減らせば良いだろ。どこかの国王一家を真似て、毎日違う靴を履いているらしいな。それでは今の給金では足りまい」
 
 ロスカの言葉に複数の貴族は顔を見合わせた。平民の、農民の出自の元老院達はひそひそと互いに耳打ちをし合う。その男を恥ずかしく思わせるには十分な言葉だったようだ。男はその場では黙ったものの、国王であるロスカの言葉通りに従う事は出来なかったらしい。恥など何のその、富の香りを嗅ぎ続けれるなら、と閉会後に恭しくロスカへ近づいた。
 
「陛下、お妃様はいかがですかな」
 
 男の髭は長く、よく整えられている。そんな質問をされた所でロスカが簡単に答える訳もない。ただ、今はいつも以上に不愉快なだけである。
 
「お前に話す事はない」
 
「・・・お妃様のお声が出ないのはどうしてでしょうかね。さぞ、ご不便かと存じます。私の知り合いの医師に、陛下のお力になれないかと一度相談した事がございます。医師は新大陸にも行った事のある、経験豊富な者でしたが、強い絶望が原因でそうなる者が多いと聞きました。確かに、戦争の前線に行ったもので精神が触れた者も多くおりますね。ここからは私めの邪推ですが、まさか、亡くなった辺境伯にまだ、恋心を抱いている訳ではありませんね。それではとんだ不敬でございますよ。お優しい国王陛下を、無碍になさるなんて・・・」
 
 
 ロスカの心臓に不安の四肢が突き刺さった。怒りを乗せた血は瞬時に全身を駆け巡り、彼の瞳に激しく燃える灯火をつけた。ロスカが最も、聞きたくない言葉であった。この貴族の男の仕返しである事はわかっていた。だから、ロスカは握った拳を開き、至極冷静に男へ伝えた。
 
 
「その優しい心を、自身の領地の民に向けてはどうだ」
 
 わざとらしい発話が貴族の男を苛立たせたようだ。
 
「若き国王陛下からは、学ぶ事が多いですな」
 
 そう言い残し、貴族の男は踵を返した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響
恋愛
平和だったカヴァニス王国が、隣国イザイアの突然の侵攻により一夜にして滅亡した。 カヴァニスの王女アリーチェは、逃げ遅れたところを何者かに助けられるが、意識を失ってしまう。 目覚めたアリーチェの前に現れたのは、祖国を滅ぼしたイザイアの『隻眼の騎士王』ルドヴィクだった。 憎しみと侮蔑を感情のままにルドヴィクを罵倒するが、ルドヴィクは何も言わずにアリーチェに治療を施し、傷が癒えた後も城に留まらせる。 ルドヴィクに対して憎しみを募らせるアリーチェだが、時折彼の見せる悲しげな表情に別の感情が芽生え始めるのに気がついたアリーチェの心は揺れるが………。 ※内容の一部に残酷描写が含まれます。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす

まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。  彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。  しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。  彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。  他掌編七作品収録。 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」  某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。 【収録作品】 ①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」 ②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」 ③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」 ④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」 ⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」 ⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」 ⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」 ⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...