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第34話 伝染病をもたらす足音
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日が短くになるにつれ、曇り空増えるにつれてロスカの気持ちは暗く重くなって行った。
始めの頃こそは、フレイアもよくわからなかったが今では確かにわかる。彼は何か、不愉快なのだ。
抱擁し合って眠りにつく事も無くなった。
食事の時も会話は極々、少ない。それは問題ないのだが、彼女の心を不安にさせた事が一つあった。
眠る前に、暖炉で話す事である。婚姻の当初からずっと、二人は時間が合えば紙ともって会話し続けていた。
なのに、最近は無い。話すかもしれない、とフレイアは椅子に腰掛けまって居るのに、彼は寝室にすぐに下がってしまうのだ。
「陛下は最近お忙しいようです」
侍女長は疑問に思うフレイアを感じ取ったのか、そう告げた。嘘である。
臣下から彼女にはそう告げるようにと言われたのだ。元老院とロスカの近くに居る者にしか聞こえなかった暗い足音が鳴り始めていた。
聞き覚えのある、足音である。人々は皆、その足音の主と目を合わせまいと急いで首を垂れた。
煙の香りもしないのに、煙の香りがすると言われては恐ろしいからだ。
瞳の下に、クマを住み始めさせたロスカは、父親である炎帝そっくりであった。
まだ内乱の起きる前、炎帝も政権も元気であった頃の話である。
疑わしき芽は全て摘む、その通りに彼が一度匂いを嗅ぎつければ城中に疑いの眼差しが向けられた。
煙を出す目を炙り出すような瞳と、重い影を背負った足音は皆を恐怖に陥れた。誰かが無実の罪を着せられて殺される。
ロスカもその事はよくわかっていた。兄にその話をした時、決して父親に言わないようにと言われた事も。
『父上の足音は伝染病のように広がる』
皆が、伝染病のように炎帝を恐れたのだ。
そしてまさか、自分がそのようになりつつあるとは、ロスカは思いもしなかった。と言うのは言い過ぎだろう。
彼はああ、と自分を酷く嫌悪した。フレイアの瞳の向こうにある煙を探そうとしているのだ。
煙などないのに、ロスカは炙り出そうと無意識のうちに必死になっていた。そのせいか眠りは浅い。
夜に何度も目覚めるし、起床時間になって目覚めても外はまだ暗い。酷く気分が落ち込んだ。
まるで、亡命生活で塔に幽閉されていた時のようなのだ。永遠に夜明けなどない。当時、真っ暗な塔の天井を見つめながら思った事と同じ事を思い出した。
今も同じだ。陽が上ろうにも分厚い雲が日差しを独り占め類ように、多い隠す。
陰鬱な空で、ロスカの気持ちは更に沈んだ。でも、これはこの国に住まう人間の多くが感じる事であった。日差しがないと、こんなにも人間の心は沈むのか。皆誰もが、春を待ち遠しく思っていた。
「お妃様の髪色は、春の陽気ですね」
勿論、それはフレイアの護衛をする近衛兵も同じであった。
彼女は彼の言葉にそうかしら、と首を傾げる。
「真っ白に染まる世界で見える、唯一の春の色です」
辺りを見回せばそうだろう。世界は白銀の世界に染まっている。木々も緑色、と言うには黒く見えた。
今視界に映る殆どの色は木々の黒さか、雪の白さだけなのだ。フレイアは眉頭を寄せてから、でも、嬉しそうに微笑んで見せた。
近衛兵の彼は弟と歳が同じであった。だから、彼と馬を乗る時間は彼女にとって数少ない力を抜ける時間であった。しかし、この時間は長く続かない。
近衛兵はフレイアの背中へ視線を投げ、姿勢を正した。
振り向けばロスカがいたのだ。同じように近衛兵を引き連れている。だが、フレイアと違ってただの遊びではなく、政務のようだ。
複数の元老院が馬丁に馬を馬房から出させていた。ロスカも例に漏れずである。しかし、彼はフレイアに優しく声をかける事もなければ、触れることもなかった。
「あまり近衛兵と親しくするな」
目も合さず、ロスカはそう言って馬房から出てきた馬に荒々しく乗った。
残念ながら小さくなっていたロスカの不安の四肢が疼き、異様に鼻が大きくなってしまったのだ。
始めの頃こそは、フレイアもよくわからなかったが今では確かにわかる。彼は何か、不愉快なのだ。
抱擁し合って眠りにつく事も無くなった。
食事の時も会話は極々、少ない。それは問題ないのだが、彼女の心を不安にさせた事が一つあった。
眠る前に、暖炉で話す事である。婚姻の当初からずっと、二人は時間が合えば紙ともって会話し続けていた。
なのに、最近は無い。話すかもしれない、とフレイアは椅子に腰掛けまって居るのに、彼は寝室にすぐに下がってしまうのだ。
「陛下は最近お忙しいようです」
侍女長は疑問に思うフレイアを感じ取ったのか、そう告げた。嘘である。
臣下から彼女にはそう告げるようにと言われたのだ。元老院とロスカの近くに居る者にしか聞こえなかった暗い足音が鳴り始めていた。
聞き覚えのある、足音である。人々は皆、その足音の主と目を合わせまいと急いで首を垂れた。
煙の香りもしないのに、煙の香りがすると言われては恐ろしいからだ。
瞳の下に、クマを住み始めさせたロスカは、父親である炎帝そっくりであった。
まだ内乱の起きる前、炎帝も政権も元気であった頃の話である。
疑わしき芽は全て摘む、その通りに彼が一度匂いを嗅ぎつければ城中に疑いの眼差しが向けられた。
煙を出す目を炙り出すような瞳と、重い影を背負った足音は皆を恐怖に陥れた。誰かが無実の罪を着せられて殺される。
ロスカもその事はよくわかっていた。兄にその話をした時、決して父親に言わないようにと言われた事も。
『父上の足音は伝染病のように広がる』
皆が、伝染病のように炎帝を恐れたのだ。
そしてまさか、自分がそのようになりつつあるとは、ロスカは思いもしなかった。と言うのは言い過ぎだろう。
彼はああ、と自分を酷く嫌悪した。フレイアの瞳の向こうにある煙を探そうとしているのだ。
煙などないのに、ロスカは炙り出そうと無意識のうちに必死になっていた。そのせいか眠りは浅い。
夜に何度も目覚めるし、起床時間になって目覚めても外はまだ暗い。酷く気分が落ち込んだ。
まるで、亡命生活で塔に幽閉されていた時のようなのだ。永遠に夜明けなどない。当時、真っ暗な塔の天井を見つめながら思った事と同じ事を思い出した。
今も同じだ。陽が上ろうにも分厚い雲が日差しを独り占め類ように、多い隠す。
陰鬱な空で、ロスカの気持ちは更に沈んだ。でも、これはこの国に住まう人間の多くが感じる事であった。日差しがないと、こんなにも人間の心は沈むのか。皆誰もが、春を待ち遠しく思っていた。
「お妃様の髪色は、春の陽気ですね」
勿論、それはフレイアの護衛をする近衛兵も同じであった。
彼女は彼の言葉にそうかしら、と首を傾げる。
「真っ白に染まる世界で見える、唯一の春の色です」
辺りを見回せばそうだろう。世界は白銀の世界に染まっている。木々も緑色、と言うには黒く見えた。
今視界に映る殆どの色は木々の黒さか、雪の白さだけなのだ。フレイアは眉頭を寄せてから、でも、嬉しそうに微笑んで見せた。
近衛兵の彼は弟と歳が同じであった。だから、彼と馬を乗る時間は彼女にとって数少ない力を抜ける時間であった。しかし、この時間は長く続かない。
近衛兵はフレイアの背中へ視線を投げ、姿勢を正した。
振り向けばロスカがいたのだ。同じように近衛兵を引き連れている。だが、フレイアと違ってただの遊びではなく、政務のようだ。
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