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第33話 塞がれゆく耳
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雪は降らないのに、曇り空が続く日々であった。
それはロスカの心情も同じだったようで、彼の機嫌は次第に悪い方へ傾いていった。
元から苛立った感情を出すことはあれど、無意味な不機嫌さを出す人間ではなかった。炎帝である父親のようになりたくなかったからである。
しかし、それがどうだろうか。ロスカは父親のように、見えない不安の匂いを嗅いでは炙り出そうとし始めているのだ。
暗闇の中で燃える松明を灯してはロスカは、フレイアの周りにいる人間に疑いの眼差しを向けていた。そして、その煙の中で周囲の人間は囁き始めた。
「やっぱり、炎帝の子は炎帝なのだ」
「お妃様に似ているのは髪だけだ。お兄様が生きていれば良かったのに」
城に住まう人間の囁きとは、非常に小さく聞こえない筈である。
けれども、不思議なことに煙を抜けて、ロスカの耳へ入ってきてしまった。周囲に誰もいないと思って話していた人間が愚かかもしれない。曲がり角から現れたロスカと近衛兵に、男達は、元老院の男二人は息を潜めて首を垂らした。
炎帝の子は炎帝。本当にそうであれば、彼らは今頃鉄鉤付きの棍棒で打たれていただろう。
ロスカの兄譲りか、はたまた母親譲りか。それとも、彼自身の父親のようになるまい、と言う強い決意ゆえか。彼らは血を流すことなく首を上げる事が出来た。
国王に望まれているのは自分ではない。
ロスカも薄々感じていた事であった。多くの者が、内乱を抑えようと貴族と炎帝の間に立ち取りまとめていた兄を英雄のように扱っているのだ。亡命していただけと思われるのも無理がない事もまた、ロスカも理解はしていた。かといって、その事実を飲み込むには酷く苦しいものであった。だから、元老院達の言葉を、握り締めては握り潰す想像を繰り返した。彼らの頭蓋骨ではなく、その言葉が書かれた紙を。
◇ ◇ ◇ ◇
「これはこれは陛下、如何なさいました」
ロスカは珍しく馬屋にやってきていた。先日、街までおりた際に自身の馬に違和感を感じていたのだ。
何事もなく城には戻ってこれたものの、馬の機嫌が悪そうだった。体のどこかに怪我をしたのか確認しようにも、馬は彼に触れられるのが嫌だったらしく、近寄らせまいと足を激しく踏み鳴らしていた。ロスカの思った通り、馬は彼を乗せるので精一杯らしい。
「馬の調子が悪い気がした。どこか怪我でもしてるのか、足の調子でも悪いのか見てくれないか」
「さようでございますか。怪我も無く体調もよさそうでしたが・・・。蹄鉄もあわせて見てみましょうか」
「頼んだ。明日にはまた外に出る」
「承知いたしました。終わり次第、報告致します」
馬丁の言葉にロスカは何も言わなかった。なんだ、と馬丁がロスカの馬から視線を移した。ロスカの向けている視線の先には近衛兵がいた。近衛兵で一番の馬乗りで、フレイアの護衛係である。
「お妃様の馬が彼に懐いているようですね」
人懐っこい馬なので、と言っている馬丁の声はロスカの耳に入らなかったらしい。
自分には触れる事が出来ない馬が、近衛兵の男は触れている。たったそれだけの事なのに、ロスカの心を乱すには十分であった。
フレイアに心を開かれても、その馬は決して彼に心を開かない。
自分には得れないものを近衛兵が得ている気がして、ロスカは不愉快になった。自分で納得していた筈である。
馬が、動物が、彼を嫌う理由を。なのに、許せなかった。何故自分ではなく、あの近衛兵に懐くのか。自分は持ち主のフレイアの夫なのに。どうやら、ロスカの胸にいる緑色の芽吹き、恋心は幸せな春の陽気をもたらしてくれる訳ではないらしい。
それはロスカの心情も同じだったようで、彼の機嫌は次第に悪い方へ傾いていった。
元から苛立った感情を出すことはあれど、無意味な不機嫌さを出す人間ではなかった。炎帝である父親のようになりたくなかったからである。
しかし、それがどうだろうか。ロスカは父親のように、見えない不安の匂いを嗅いでは炙り出そうとし始めているのだ。
暗闇の中で燃える松明を灯してはロスカは、フレイアの周りにいる人間に疑いの眼差しを向けていた。そして、その煙の中で周囲の人間は囁き始めた。
「やっぱり、炎帝の子は炎帝なのだ」
「お妃様に似ているのは髪だけだ。お兄様が生きていれば良かったのに」
城に住まう人間の囁きとは、非常に小さく聞こえない筈である。
けれども、不思議なことに煙を抜けて、ロスカの耳へ入ってきてしまった。周囲に誰もいないと思って話していた人間が愚かかもしれない。曲がり角から現れたロスカと近衛兵に、男達は、元老院の男二人は息を潜めて首を垂らした。
炎帝の子は炎帝。本当にそうであれば、彼らは今頃鉄鉤付きの棍棒で打たれていただろう。
ロスカの兄譲りか、はたまた母親譲りか。それとも、彼自身の父親のようになるまい、と言う強い決意ゆえか。彼らは血を流すことなく首を上げる事が出来た。
国王に望まれているのは自分ではない。
ロスカも薄々感じていた事であった。多くの者が、内乱を抑えようと貴族と炎帝の間に立ち取りまとめていた兄を英雄のように扱っているのだ。亡命していただけと思われるのも無理がない事もまた、ロスカも理解はしていた。かといって、その事実を飲み込むには酷く苦しいものであった。だから、元老院達の言葉を、握り締めては握り潰す想像を繰り返した。彼らの頭蓋骨ではなく、その言葉が書かれた紙を。
◇ ◇ ◇ ◇
「これはこれは陛下、如何なさいました」
ロスカは珍しく馬屋にやってきていた。先日、街までおりた際に自身の馬に違和感を感じていたのだ。
何事もなく城には戻ってこれたものの、馬の機嫌が悪そうだった。体のどこかに怪我をしたのか確認しようにも、馬は彼に触れられるのが嫌だったらしく、近寄らせまいと足を激しく踏み鳴らしていた。ロスカの思った通り、馬は彼を乗せるので精一杯らしい。
「馬の調子が悪い気がした。どこか怪我でもしてるのか、足の調子でも悪いのか見てくれないか」
「さようでございますか。怪我も無く体調もよさそうでしたが・・・。蹄鉄もあわせて見てみましょうか」
「頼んだ。明日にはまた外に出る」
「承知いたしました。終わり次第、報告致します」
馬丁の言葉にロスカは何も言わなかった。なんだ、と馬丁がロスカの馬から視線を移した。ロスカの向けている視線の先には近衛兵がいた。近衛兵で一番の馬乗りで、フレイアの護衛係である。
「お妃様の馬が彼に懐いているようですね」
人懐っこい馬なので、と言っている馬丁の声はロスカの耳に入らなかったらしい。
自分には触れる事が出来ない馬が、近衛兵の男は触れている。たったそれだけの事なのに、ロスカの心を乱すには十分であった。
フレイアに心を開かれても、その馬は決して彼に心を開かない。
自分には得れないものを近衛兵が得ている気がして、ロスカは不愉快になった。自分で納得していた筈である。
馬が、動物が、彼を嫌う理由を。なのに、許せなかった。何故自分ではなく、あの近衛兵に懐くのか。自分は持ち主のフレイアの夫なのに。どうやら、ロスカの胸にいる緑色の芽吹き、恋心は幸せな春の陽気をもたらしてくれる訳ではないらしい。
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