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第27話 はしばみ色は滲んでいる
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寝衣を纏って出てきたフレイアは、とても複雑そうな顔をしていた。
無理もないだろう。肌を見せた事のない彼女は、うっかり、夫に肌を見られてしまったのだ。
それに、今日は侍女が言っていた陰口も聞いてしまった。余計に自分がはしたない女に思われるのではないか、と考えてしまっているのだ。
「フレイア、悪かった」
足を見てどうなる、と言ったロスカだが流石にこればっかりは駄目だと理解しているらしい。
「ノックをするべきだった」
反省の態度を示しているつもりなのに、彼が好きな満月のような瞳は徐々に溺れていく。
そして、みるみる湖の中に溺れていってしまった。ロスカはギョッとした。そんなにフレイアを傷つけてしまったのだろうか。
彼は次に紡ぐべき言葉がわからない。ただ立ち尽くして、涙する彼女を眺めてしまった。幸いにも、そばに居た侍女長の娘が手を差し伸べてくれた。
「お、お妃様。暖炉の前にいらしてください。お体が冷えてしまいます。私、木苺のスープを温めて参りますので」
娘はロスカを見つめ、暖炉の前で顔を覆って泣くフレイアにバレないように何かを囁いた。
彼女の空いている隣へ指を挿しながら、こちらへ、と。そして出際に小さくこう言った。
「誰にも言いませんから」
誰にも?ロスカは怪訝な顔をして、娘の出て行く姿を見つめた。今日はよくわからない日だ。
彼は言われた通りに、フレイアの横に腰をかけた。実に素直な国王である。でも、どうすれば良いのかわからず、彼は暫し暖炉の揺らめく炎を見つめた。塔から出てきた後、焚き火をした時に永遠と見つめれた事を思い出した。パチパチと乾いた音が爆ぜるが、隣にいるフレイアの頬は湿っている。
『まあ、ロスカ。お父様が恐かったのね』
ぼんやりと、母親の冷たい手が自分の背中に触れた事を思い出す。飼っていた犬が亡くなった日である。母親の左手には華奢な指には似合わない大きな、黒い指輪があった。その手で背中を撫でられたのをよく覚えている。ロスカの、数少ない幼い頃の母親との記憶である。彼は殆ど乳母に育てられたのだ。それに、母親は早くに亡くなってしまった。
「・・・フレイア」
ロスカは恐る恐る、涙する彼女の背中に触れた。
つい昨日触れたばかりなのに、遠慮してしまうのは彼女が泣いているからかもしれない。
少しだけ、彼女の肩が跳ねたが嫌な訳ではないらしい。声もなく、顔を覆われては泣いているのかわからない。
「何かあったのか?」
なるべく、強く聞こえないように声音を抑える。
自分ではそのつもりもないのに、他人には強く苛立っているように聞こえる時があるらしいのだ。
暫くまた、薪が爆ぜる音が聞こえた後、フレイアは顔をゆっくりと上げた。
夫のロスカを見つめる顔はすっかり、濡れている。顔も洗ったというのに。眉毛を八の字にして、唇を噛み締めている。フレイアは目尻に溜まった涙を、無理矢理擦って、机にあったペンを取った。視界がまだ歪んでいるらしく、文字も同じように歪んだ。そして、彼は驚いた。こんな風にフレイアが質問をしてくるなんて、夢にも思わなかったのだ。
ー私ははしたないのでしょうか?
「・・・何故?」
不安の四肢が少しだけ動く。まさか、前の婚約者との事で何か思い詰めていたのだろうか、と。
ゆっくりと綴られる文字に対して、ロスカは焦っていた。早く理由を知りたかったのだ。でも、フレイアの涙の理由は彼が想像していたのとは違ったようだ。
ー私が、足首を見せたから
ロスカはああ、と瞳を一瞬天井へ向けた。
「俺のせいで怪我をして、俺が見せてほしい、と言ったからだろ」
ー断るべきだったでしょうか
「どうしてだ?怪我だぞ、女が他にいないからって、怪我人に我慢させるのはおかしいだろ」
どこかで既に繰り返した議論である。
夫の苛立ちを見て、フレイアは何か考えているようだが、釈然としないらしい。
無理もないだろう。肌を見せた事のない彼女は、うっかり、夫に肌を見られてしまったのだ。
それに、今日は侍女が言っていた陰口も聞いてしまった。余計に自分がはしたない女に思われるのではないか、と考えてしまっているのだ。
「フレイア、悪かった」
足を見てどうなる、と言ったロスカだが流石にこればっかりは駄目だと理解しているらしい。
「ノックをするべきだった」
反省の態度を示しているつもりなのに、彼が好きな満月のような瞳は徐々に溺れていく。
そして、みるみる湖の中に溺れていってしまった。ロスカはギョッとした。そんなにフレイアを傷つけてしまったのだろうか。
彼は次に紡ぐべき言葉がわからない。ただ立ち尽くして、涙する彼女を眺めてしまった。幸いにも、そばに居た侍女長の娘が手を差し伸べてくれた。
「お、お妃様。暖炉の前にいらしてください。お体が冷えてしまいます。私、木苺のスープを温めて参りますので」
娘はロスカを見つめ、暖炉の前で顔を覆って泣くフレイアにバレないように何かを囁いた。
彼女の空いている隣へ指を挿しながら、こちらへ、と。そして出際に小さくこう言った。
「誰にも言いませんから」
誰にも?ロスカは怪訝な顔をして、娘の出て行く姿を見つめた。今日はよくわからない日だ。
彼は言われた通りに、フレイアの横に腰をかけた。実に素直な国王である。でも、どうすれば良いのかわからず、彼は暫し暖炉の揺らめく炎を見つめた。塔から出てきた後、焚き火をした時に永遠と見つめれた事を思い出した。パチパチと乾いた音が爆ぜるが、隣にいるフレイアの頬は湿っている。
『まあ、ロスカ。お父様が恐かったのね』
ぼんやりと、母親の冷たい手が自分の背中に触れた事を思い出す。飼っていた犬が亡くなった日である。母親の左手には華奢な指には似合わない大きな、黒い指輪があった。その手で背中を撫でられたのをよく覚えている。ロスカの、数少ない幼い頃の母親との記憶である。彼は殆ど乳母に育てられたのだ。それに、母親は早くに亡くなってしまった。
「・・・フレイア」
ロスカは恐る恐る、涙する彼女の背中に触れた。
つい昨日触れたばかりなのに、遠慮してしまうのは彼女が泣いているからかもしれない。
少しだけ、彼女の肩が跳ねたが嫌な訳ではないらしい。声もなく、顔を覆われては泣いているのかわからない。
「何かあったのか?」
なるべく、強く聞こえないように声音を抑える。
自分ではそのつもりもないのに、他人には強く苛立っているように聞こえる時があるらしいのだ。
暫くまた、薪が爆ぜる音が聞こえた後、フレイアは顔をゆっくりと上げた。
夫のロスカを見つめる顔はすっかり、濡れている。顔も洗ったというのに。眉毛を八の字にして、唇を噛み締めている。フレイアは目尻に溜まった涙を、無理矢理擦って、机にあったペンを取った。視界がまだ歪んでいるらしく、文字も同じように歪んだ。そして、彼は驚いた。こんな風にフレイアが質問をしてくるなんて、夢にも思わなかったのだ。
ー私ははしたないのでしょうか?
「・・・何故?」
不安の四肢が少しだけ動く。まさか、前の婚約者との事で何か思い詰めていたのだろうか、と。
ゆっくりと綴られる文字に対して、ロスカは焦っていた。早く理由を知りたかったのだ。でも、フレイアの涙の理由は彼が想像していたのとは違ったようだ。
ー私が、足首を見せたから
ロスカはああ、と瞳を一瞬天井へ向けた。
「俺のせいで怪我をして、俺が見せてほしい、と言ったからだろ」
ー断るべきだったでしょうか
「どうしてだ?怪我だぞ、女が他にいないからって、怪我人に我慢させるのはおかしいだろ」
どこかで既に繰り返した議論である。
夫の苛立ちを見て、フレイアは何か考えているようだが、釈然としないらしい。
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