【完結】極夜の国王様は春色の朝焼けを知る

胡麻川ごんべ

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第19話 不安の四肢は掴めない

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「前の辺境伯の尻拭いで苦労してる」
 
 ロスカは幼馴染の言葉を聞いて、内乱は明けても国としての夜明けはまだ先だと考えた。
しかし、幼馴染の若き辺境伯の悩みは領地の管理でも国境警備でもなかった。
 
「領民の娘を食っては自殺させてたんだよ。そんな奴が信頼を得れる訳がないし、極光の、ウエリみたいな場所では価値観が固定されやすい」
 
 幼馴染は深くため息を吐いて、窓の外を見つめた。見えるのは積もった雪で遊ぶ馬だけである。
 
「・・・それは、予想外な話だな」
 
「お妃様の遠縁の親戚だったって知ってるな?」
 
「ああ、聞いてる」
 
「婚姻期間はお妃様を尋ねにいったか聞いたか?」
 
「彼女の母親は、一度も訪ねて来なかったと言っている」
 
「なら良いけどさ」
 
 幼馴染の言葉はロスカにとって響きはよく聞こえなかった。
溢したインクを拭いきれなかったような、歯切れの悪さを感じたのだ。
 
「どうした」
 
「別に」
 
 ロスカは耳だけでなく、鼻もきく。
物理的な鼻の良さの話ではない。何か不穏な空気を嗅ぎ分けるのが上手なのだ。僅かな人の視線の揺れ、声の調子や言葉の選び方で隠した物を見つけれる。悲しいかな、彼の父親は猜疑心によりその能力を身に付けたが、ロスカは幼い頃に亡命生活を経たことで身につけたのだ。
幼馴染はロスカにじっと見つめられ、目を逸らせなくなってしまった。目を逸らしても良いが、逸らせば真実を話した後に余計に詰られるし、ロスカを上に立たせる事になる。肩書きも彼の方が上だが。
 
「・・・前の辺境伯は三度も婚約を結んでいた。何も、婚姻の前に初夜を行って相手との婚約を破棄している」
 
 幼馴染の言葉にロスカは何も言わない。表情も変えずに聞いている。
 
「中には妊娠した娘もいたが、彼は認知しなかった」
 
「フレイアを疑ってるのか」
 
「俺は言ってないぞ、そんな事」
 
 ロスカが猟犬であったら、とっくに幼馴染の手は噛みちぎられていただろう。
彼がロスカを牽制するように突き出した手に苛立っているのだ。現に、ロスカの眉間の間には先程まで無かった筈の皺が刻まれている。
 
「だって、フレイア、フレイアと婚姻を結んだ後あいつは死んだじゃないか。俺が言いたいのは、奴が死んで良かったって事だ。死者に対して言うのは悪いが、あいつは多くの人間を悲しませたから・・・・」
 
 そう言ってから、お妃様だな、と幼馴染は言い直したがロスカは気にしていなかった。
幼馴染の伯爵の言葉はロスカの胸の中にインクをこぼしたが、そのインクは幼馴染の言葉で拭いきれなかった。ロスカの眼差しは目の前にいる辺境伯ではなく、自身の胸の中に落ちたインクに向けられている。
 
「お妃様の声が出ないのが、前の辺境伯のせいだったらどうしようかと思ったんだよ。お妃様に接触してないなら、違う理由だな」
 
 下肢を伸ばしては、上肢で跡を彩っていくインクは何色なのだろうか。どんな姿をしているのだろうか。ロスカは幼馴染の問いに、肩を小さく竦めるだけだ。重い沈黙が生まれ、幼馴染の目的地に着くまで馬車の中で会話に花が咲くことはなかった。
 
 
 ◇     ◇     ◇     

 
 雪を乗せた風が斜めに吹き出した頃、ロスカは城に戻った。
夕食の時間に間に合っていたのに、彼は食事を自室で摂りたいと侍女に告げた。急ぎ用意する、という侍女に返事もせず彼は椅子に座り込んだままだ。

 隠すも何も、ロスカはフレイアに声が出ない理由を尋ねた事がなかった。
何か話したくない事でもあるのでは無いかと、彼なりに配慮をしたつもりであった。しかし、もし、その理由が以前の婚約者の辺境伯のせいであったら?彼女の母親は一度も、フレイアに会いに来た事がないと言っていたが、本当だろうか。時計の針は戻せないし、彼女の屋敷の使用人に聞いても皆、来ていないと言うだろう。幼馴染の話は残念ながら、ロスカの嫌な想像を作るのに十分な材料であった。

 本当はフレイアは婚姻前に辺境伯に会っており、肌を触れさせていたのではないか。信じていたのに裏切られた、となり声を失ったのでは無いだろうか。全て妄想である。妄想なのに、ロスカは無い話ではない事だと思ってしまった。事情は異なるが、とある公国の皇太子は女伯爵と密会を重ねていた。女は結婚できるもの、と信じていたが皇太子は違う貴族の娘と婚姻を結んだ。その女伯爵は自死を選んだという。自分を選んでくれると信じて、体を差し出したのに。

 幼馴染はロスカとフレイアの夜の事情について尋ねて来なかったものの、ロスカが形を成していない不安を恐れるのは無理もなかった。彼は鼻がききすぎる。ききすぎる故に、在らぬ不安を具現化してはそれを暴いていくのだ。
 
 かの炎帝もそうして身を滅ぼしていった。確かな真実は本人に聞かねばわからないのに、自分の頭の中で想像し得る事は現実で、既に存在していると思い込んでしまうのだ。色ボケした辺境伯の跡を継いだ幼馴染の辺境伯は、フレイアの純潔について言及していないのに。ロスカはすっかり、自身の妻の声が出ないせいはそれなのではないか、と不安に苛まれた。幼い頃の親友を思っての発言が裏目に出たとは、幼馴染の辺境伯も今頃しまった、と思っただろう。
 
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