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第17話 寂しいお手紙(2023.2.21一部修正)
しおりを挟む政務の遅れを取り戻そうと、躍起になっていたら日付は変わり二時間も経っていた。
フレイアはとっくに床に入ったようで、二人の部屋も寝静まっている。暖炉に焚べてあった最後の薪は間も無く燃え尽きそうだ。ロスカが一本だけ、薪を焚べれば先ほどよりも強く燃え上がる。
その炎の明るさのせいだろう、暖炉の前の机にあった紙が白く光ったようだ。少なくともロスカには。
折り畳まれた紙の上には陛下、と書かれている。すぐに開かず、裏面を見てみればフレイアの名前があった。簡易的ではあるが彼女からの手紙らしい。婚姻前に、いくつかやり取りを重ねたが輿入れの日が近づくにつれ、彼も政務に追われ手紙の返事を出せなくなっていたのだ。
両端をぴっちりと揃えた紙をひらけば、大きさの整った文字が彼の目に映る。
『陛下
本日は私の思慮不足でご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。もっと、慎重に行動するべきでした。妃としの自覚が薄かったと言われても、返す言葉はございません。お叱りを受けるかもしれませんが、どうか、彼女らには、寛大なご処遇を向けて頂ければ幸いと存じます。
フレイア』
自分の命が狙われたのに、よく言えたものだ。
短い手紙を読み終わった後のロスカの感想はそれであった。彼女の願った通り、寛大な処遇を下しておきながら、彼は自身の妻をお人好しだとも感じた。内乱を経てなお、と思ったところでロスカはフレイアの領地では農民からの反発がなかった事を思い出す。そんな場所に住んでいたから、こう思えるのか。そうかもしれない。しかし、一番の理由は深く考えずとも彼はわかっていた。
フレイアは自分とは決定的に違う。彼女は幼い頃から、人を必要以上に疑う事をせず、生きてきたのだ。
しなくても良い環境に生まれた、の方が正しいだろう。その事実で彼女の事を恨めしいとは思わない。そんな子ども時代を過ごせた事を、彼は羨ましいと思ったくらいだ。
暗い螺旋階段が記憶の奥底から、一段一段出てくる。
ロスカは転ばないように、記憶の中で階段を辿っていった。重い扉を開けた先にあった部屋は真っ暗だ。簡素なベッドが置かれ、小さな小窓は自分の手でいっぱいになってしまう。そして、見えるのは同じく小さな青空だけであった。彼の、幼い頃の記憶の大部分はその景色で埋め尽くされている。ロスカは蘇った景色を消そうと、拳を握っては小指の骨を強く何度もテーブルに当てた。小指の骨では弱い、ならばと拳を作る際に盛り上がる指の関節でテーブルを叩いた。
音を立てないようにとするも、音は次第に大きく鳴り響く。
フレイアが起きてしまうかもしれないのに。だからか、彼を恐ろしいと思った薪が大きな音を立てて爆ぜた。ロスカの視線と思考は薪の方へ向けられる。彼を狙いにきた人間が、木の枝を踏んだわけではない。
ようやく、冷静になった彼はフレイアからの手紙の下の部分、余白部分に返事を綴ることにした。
残念ながら、明日からは首都から少し北上せねばならない仕事があるのだ。朝に顔を合わせる事が出来ない。だから、とペンを取ったものの思考がこんがらがったせいか、ロスカは肝心な書き始めを書き損じてしまった。
◇ ◇ ◇
「よく来たな」
「お前もだぜ、ロスカ」
首都から三時間程、馬車に揺られた所でロスカは幼馴染の辺境伯と落ち合った。
ロスカは足早に馬車を降り、従者たちから距離を置くようにしながら彼らの前を歩いた。
「そんなに馬車が嫌いかよ」
辺境伯はよく覚えていた。ロスカが亡命生活を終え、首都に戻る時に馬車に乗らねばならない時のことを。嫌だ嫌だ、と強く拒絶していたのだ。臣下に宥められるロスカを眺めながら、幼くまだ辺境伯ではなかった彼は餞別に持ってきた物を渡せず困ったのものであった。ちなみに、餞別は彼の母親の自慢の木苺のパイだ。
「狭くて嫌な気分になる」
「・・・王様の馬車は大きいだろ」
「俺は好きじゃない」
ロスカは強く言い切ると辺境伯は首を傾げて、両掌を空へ向けて見せた。よくわからない、と言いたげに。
狭い四角い箱がロスカにとって暗い塔にいた時間を思い出させるのだ。お前にはわかるまい、と彼は鼻を鳴らした。
少しでも、自由に外の空気に吸いたい気持ちは塔を出た日から続いている。
「ウエリ湖はもう雪で覆われたか?」
「まだだ、今年はまだ遅い。隣国は既に強く降り初めてるようだが」
「国境警備に問題はないのか」
彼の目下の心配は、内乱の隙間を突いてきたメナヤ公国の存在である。
彼の治める国と同じように、長い冬が鎮座する国だがメナヤ公国の広大な国土の大半は永久凍土なのだ。作物が育たず、国民の多くは長い冬に飢え死ぬという。故に古くからメナヤ公国は潤沢な資源を持つ国を狙い戦争を仕掛けていた。かくして、メナヤ公国は公国と呼ぶには大きすぎる国へ成長したのだ。
「今のところは。内乱で領地の人間は疲弊してるのが問題だ」
ロスカの溜息は重く苦しそうだ。辺境の地、極光が見える場所に住む民に憤りを感じているのではない。
自身の父親が成した事にロスカは憤りを感じているのだ。辺境伯はも同じように溜息を吐いては、彼の肩を励ますように叩いた。
「でも、領地の人間は皆、二度と内乱も隣国の侵入もごめんだと思っている」
「・・・それもそうだ。可能な限り、国境に予算を増やしたい」
「ありがたいぜ、ロスカ」
二人はしばし、馬車の前で散歩をしながら芳しくない世相について話し合った。
ロスカが心を開ける数少ない友人だからこそ、出来るものであった。辺境伯は正直者である。耳が千切れそうだから、続きは馬車で、と言えばロスカは嫌がりながらも馬車へ乗り込んでくれた。
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