【完結】極夜の国王様は春色の朝焼けを知る

胡麻川ごんべ

文字の大きさ
上 下
13 / 61

第13話 口づけは突然に

しおりを挟む
 心臓が兎のように跳ねた。
 
 フレイアは足跡を追うのをやめ、立ち止まった。白樺の木の横に男がいるのだ。でも、それはロスカではない。
男は何かを読んで集中しているのか、彼女の気配には気づいていないらしい。身につけている服から見るに、兵士だと思われる。だが、彼の兵服は炎帝が施政していた時のものなのだ。
 ようやく、ここでフレイアは自分は騙されたのだと気がついた。だって、思い返せば馬の足跡だってなかったじゃない。馬鹿ね、と自身を頭の中で詰った。フレイアはゆっくりと、男に気づかれないように再び踵を返そうとした。しかし、雪が彼女の立てた物音を消してくれる筈もなく。
 
「フレイア=マイト!!」
 
 足元に転がっていた木の枝を踏んでしまったのだ。
しまった。しかし、後悔をするのはもう遅い。フレイアはドレスの裾を持ち上げ、走り始めた。男も彼女の後を追いかける。自分が彼に何をしたと言うのだ。フレイアには皆目見当もつかない。ただわかるのは、この男が決して友好的ではないという事だけである。男が見ていたのは本でも何でもなく、銃だったのだ。

 そう、男は銃に弾薬を詰めていたのだ。
 
「逃げるな!!」
 
 そう言われて立ち止まる人間がいるものか。
命を狙われているかもしれないのに。馬に乗るのが上手でも、走るのが速くなかったフレイアは焦っていた。
自分の足よりも速く跳ねる心臓が足ならどれほど良かった事か。彼女は顔に飛び込んでくる雪を払うこともせず、必死に男から逃げた。それに伴うように、フレイアが逃げれば逃げるほど、男の脅迫する声は大きくなる。
 
「撃ち殺されてぇのか!!この売女が!!」
 
 幸か不幸か。男の視界からフレイアを遮るように、強い北風が吹き始めたのだ。
荒れゆく雪景色の中、にんじん色の髪は目立ったが、男の視界を邪魔するのには十分であった。かといって、伊達らに妃を追いかけている訳ではない。男は宣言通り、彼女に向かって発砲した。声の出ない短い悲鳴がフレイアの喉から溢れる。
弾は北風の加護によって彼女には当たらなかったが、フレイアの足を止めるのには十分効果があった。

 どさり、と彼女はその場に崩れ落ちてしまったのだ。驚き、腰が抜けたとも言うべきか。
男の近づく足音が聞こえる。近くなればなる程、フレイアは音がうまく捉える事が出来なくなった。風の音に紛れるように、力強く鼓動が鳴り響いたからだ。魔女にでも心臓を取り出されたのだろうか。この男にも聞こえているのではないか、そう思うくらい嫌に鳴り響いていた。
 
「恨みはねぇが、あんたに手伝って貰わねぇと」
 
 男の手がフレイアの方へ伸びてくる。
触らないで、と彼女は男の手を叩いた。既に苛立っていた男の神経を逆撫でしたのは言うまでもない。
 
「女のくせに生意気なんだよ!!」
 
 拳銃を手に持ったまま、男の手が大きく振りかざされる。衝撃に備え、ぎゅう、と目を瞑った時だった。
 
「止まれ!!」
 
 聞き覚えのある声に、男は手を上げたまま静止した。
 
「拳銃を捨てろ。捨てて、地面に伏せろ」
 
 男は既にフレイアの事を見つめていない。
彼女の後ろからやってきた、ロスカの事を見つめているのだ。苛立たし気な表情が青く染まっていく。
 
「聞こえなかったか。拳銃を捨てろ、と俺は言ってるんだ。さもなければお前を撃つ」
 
 ロスカがトリガーに手をかけたのだろうか。男は素直に拳銃を地面へと捨てた。
 
「もう一度言う、地面へ伏せろ。それとも言葉がわからないのか」
 
 怒気を孕んだ声だ。そして、彼の声からは相手を気遣うような調子は見受けられない。男を従わせる威厳のある声であった。
男はゆっくりと両膝をついて、冷たい地面へ腹ばいになった。先程まで高圧的だった男はもういない。ロスカの後ろから、近衛兵がやってきては、座り込むフレイアを追い抜かして慌ただしく男を捕らえた。
 そして、ロスカは彼女の名前を呼んだが、その声は同じように怒気を孕んでいた。しかし、彼女は反応をしない。ロスカは小さく舌打ちをしてから馬を降りる。
彼の方を向こうとしない、座り込んだままの彼女を無理矢理こちらに振り向かせるべく、彼も片膝を地面につけた。
 
「フレイア!どうして勝手に・・・」
 
 怒りが破裂したばかりの声が、徐々に小さくなっていく。フレイアは泣いていたのだ。はしばみ色の満月は濡れている。
声の無い涙だ。彼女の髪色と同じ、にんじん色のまつ毛はすっかり濡れてしまった。潤んだ満月がロスカの顔に迫ってくる。彼は瞳に気を取られて気づかなかったが、大きな彼の背中には華奢な腕が回っていた。フレイアが彼の胸に飛び込んできたのだ。
服の上からでも伝わる、しなやかな体である。ロスカは唖然としたが、恐る恐る、彼女の背中に自身の手を回した。

 するとすぐに、先程よりもフレイアの力が強くなる。久方ぶりの抱擁だった。
言うべき言葉はいくらでもある。こんな真似をしてはいけない、誰に言われたんだ、疑う事を知れ、など。
でも、そんな言葉はスルスルと、ロスカの中で消えていってしまった。背中にある手が溶かしてしまったのかもしれない。彼女の背中をさすろうと、手を動かした時である。
 
 フレイアが涙で濡れきった顔を上げて、ロスカを見つめた。二度ほど、ごめんなさい、と呟いた。するとどうした事だろうか、ロスカの胸の内にえも言われぬ感情が湧き上がった。まるで、握りしめていた拳から力が抜けていくようなのだ。彼を見つめるフレイアの瞳を覗きたくなった。

瞳に吸い込まれるようにして、ロスカは気が付いたら彼女に口づけをしていた。
 

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...