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第12話 お妃様が見当たりません
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口付けもない、抱擁もない。
それでもロスカとの穏やかな日々だったが、突然小さな炎が芽吹いた日のことである。
マイト家は名家でもなければ、規模の大きい貴族ではなかった。少ない使用人や馬丁とは友好的だった。だから、この城でもそうだろう、と安心しきっていたフレイアに、自身の首に黒い影がかかっていた等は思いもしなかっただろう。
彼女は妃となっても、毎日馬屋に赴き馬の餌やりをしていた。冬のせいか、妃としてこなせる仕事があまりにも少なかった。
天気が良ければ乗馬もしたが、最近は毎日雪が降っていて出来なかった。今日も朝から降り続いていたが、つかぬ間の晴れ間に馬屋へ赴いたのだ。
しかし、そこには愛馬がいなかった。あら、おかしいわね、と馬屋の中を探しても、馬屋の外の周りを見ても居なかった。馬丁もおらず、餌の入ったバケツを置いていこうとした時である。
洗濯係の侍女がフレイアにこう告げた。
「ああ、お妃様!お馬なら陛下と一緒にお出かけしていますわ。お妃様を、あの森の奥でお待ちになるそうです。何でもトナカイの親子に会わせたいそうですよ。十四時まできて欲しいと」
ロスカが?とフレイアは疑問に思った。
残念ながら彼女の愛馬はロスカに懐いてはいない。でも、仲良くなろう、と彼も言っていた。いずれにせよ彼を待たせる訳にはいかない。侍女にありがとう、と口を動かし伝え、王家管轄の森の中へ急いだ。
「赤いりぼんがついた白樺の木を十本超えたところですよ!」
そう言われ、森へ入るもロスカと馬の足跡は見当たらない。
何時から森にいたがわからないが、雪で消えてしまったのかもしれない。赤いりぼんのついた白樺の木を探すが見当たらない。
まだまだ奥かもしれない、と進んでいくが見当たらない。徐に懐中時計を取り出せば時刻は間も無く十四時である。これでは間に合わない。焦りがフレイアの中で込み上げる。赤いりぼんが付いた木はどれなのだろう、と、もう少し奥へ進むがやはりない。
悩むフレイアを見にきたのか、空からは小休止を終えたばかりの雪が舞ってきた。早くロスカと落ち合わねば日が落ちてしまう。フレイアの焦りは増すばかりだ。でも、雪が降っては危ない。どうしようか、と悩んでいる間に雪は次第に強くなっていく。
踵を返し、城へ戻ることにした。すると、自分以外の足跡がきた道に増えていたのに気づく。彼女の足よりも大きく、馬の足跡もあった。ロスカかもしれない!フレイアはそちらの道へ行ってしまった。
一方その頃、馬丁がロスカを探していた。
「陛下、お妃様のお馬が」
そう言われ、彼は馬丁について行った。
するとなんと、馬屋にいるはずの馬が居館の外に繋がれているのだ。城門の警備に聞けば、誰も今日は城の外へ出ていないという。
「お妃様はいつも餌をやり来るので準備をしようとしたら、馬もお妃様もおりませんで・・・」
馬丁は帽子を外し、ロスカに事情を説明する。
「森へ行った訳ではないな?馬を探しに」
良い流れではない。
馬丁はフレイアの愛馬の手綱を取り、馬屋まで急ぎ二人で戻った。愛馬がいつもいる場所の前には、餌の入ったバケツだけが置いてある。
「おお、お、お妃様はもしかして」
「森に入ったのかもしれない」
ロスカは馬屋の外へ出て、白粉を叩いている地面を隈なく見渡した。
フレイアの足跡を探しているのだ。そしてやはり、彼女の足跡は森の方へ続いている。でもどうして?ロスカの中で疑問が生まれた。
彼女もこの国の人間だ、不用意に雪の日に森に入る事はしないだろう。それに、日が沈むまでの時間は決して多くない。あっという間に暗闇が太陽を押し下げるようにやってくるのだ。
「探しに行く。お前は近衛兵に報告してくれ。一時間で戻る」
そう言い残し、ロスカは自身の黒い愛馬に跨り、フレイアの足跡を追う形で森の中へ消えていった。
馬屋からまっすぐ続く、足跡を消さないように、横に並ぶ形で追いかける。途中で彼女は折り返したのだろうか?足跡が複数になっているのにロスカは気がついた。辺りにいるかもしれない、と名を呼ぶ。
「フレイア!」
しかし、声どころか物音もしない。聞こえるのは馬蹄が雪を踏み締める音だけである。
「聞こえたら、木を叩いてくれ!音の方に行くから!」
城を取り囲むような大きな森の中に、国王の声が響き渡る。
彼はひとまず、森の奥へと進んでいった足跡を急ぎ追いかけた。焦る彼を見下ろすように、木々は時折彼の髪に触れる。その度にロスカは煩わしそうに、木の枝を苛立ちながら払い、足跡を追いかけた。そして、たどり着いた先は忽然と開けた場所である。途中から増えていた足跡はここにはない。
彼女であろう人間が折り返した足跡だけだ。ロスカは手綱を引き、馬に来た道を戻らせる。そして、どこからかやってきた足跡とぶつかるように、彼女の足跡は森の左奥の方へ逸れている。連れていかれたのか、彼女がその足跡を追ったのか。ロスカは頭に降り積もった雪を、荒々しく振り叩いてから、また駆け出した。
それでもロスカとの穏やかな日々だったが、突然小さな炎が芽吹いた日のことである。
マイト家は名家でもなければ、規模の大きい貴族ではなかった。少ない使用人や馬丁とは友好的だった。だから、この城でもそうだろう、と安心しきっていたフレイアに、自身の首に黒い影がかかっていた等は思いもしなかっただろう。
彼女は妃となっても、毎日馬屋に赴き馬の餌やりをしていた。冬のせいか、妃としてこなせる仕事があまりにも少なかった。
天気が良ければ乗馬もしたが、最近は毎日雪が降っていて出来なかった。今日も朝から降り続いていたが、つかぬ間の晴れ間に馬屋へ赴いたのだ。
しかし、そこには愛馬がいなかった。あら、おかしいわね、と馬屋の中を探しても、馬屋の外の周りを見ても居なかった。馬丁もおらず、餌の入ったバケツを置いていこうとした時である。
洗濯係の侍女がフレイアにこう告げた。
「ああ、お妃様!お馬なら陛下と一緒にお出かけしていますわ。お妃様を、あの森の奥でお待ちになるそうです。何でもトナカイの親子に会わせたいそうですよ。十四時まできて欲しいと」
ロスカが?とフレイアは疑問に思った。
残念ながら彼女の愛馬はロスカに懐いてはいない。でも、仲良くなろう、と彼も言っていた。いずれにせよ彼を待たせる訳にはいかない。侍女にありがとう、と口を動かし伝え、王家管轄の森の中へ急いだ。
「赤いりぼんがついた白樺の木を十本超えたところですよ!」
そう言われ、森へ入るもロスカと馬の足跡は見当たらない。
何時から森にいたがわからないが、雪で消えてしまったのかもしれない。赤いりぼんのついた白樺の木を探すが見当たらない。
まだまだ奥かもしれない、と進んでいくが見当たらない。徐に懐中時計を取り出せば時刻は間も無く十四時である。これでは間に合わない。焦りがフレイアの中で込み上げる。赤いりぼんが付いた木はどれなのだろう、と、もう少し奥へ進むがやはりない。
悩むフレイアを見にきたのか、空からは小休止を終えたばかりの雪が舞ってきた。早くロスカと落ち合わねば日が落ちてしまう。フレイアの焦りは増すばかりだ。でも、雪が降っては危ない。どうしようか、と悩んでいる間に雪は次第に強くなっていく。
踵を返し、城へ戻ることにした。すると、自分以外の足跡がきた道に増えていたのに気づく。彼女の足よりも大きく、馬の足跡もあった。ロスカかもしれない!フレイアはそちらの道へ行ってしまった。
一方その頃、馬丁がロスカを探していた。
「陛下、お妃様のお馬が」
そう言われ、彼は馬丁について行った。
するとなんと、馬屋にいるはずの馬が居館の外に繋がれているのだ。城門の警備に聞けば、誰も今日は城の外へ出ていないという。
「お妃様はいつも餌をやり来るので準備をしようとしたら、馬もお妃様もおりませんで・・・」
馬丁は帽子を外し、ロスカに事情を説明する。
「森へ行った訳ではないな?馬を探しに」
良い流れではない。
馬丁はフレイアの愛馬の手綱を取り、馬屋まで急ぎ二人で戻った。愛馬がいつもいる場所の前には、餌の入ったバケツだけが置いてある。
「おお、お、お妃様はもしかして」
「森に入ったのかもしれない」
ロスカは馬屋の外へ出て、白粉を叩いている地面を隈なく見渡した。
フレイアの足跡を探しているのだ。そしてやはり、彼女の足跡は森の方へ続いている。でもどうして?ロスカの中で疑問が生まれた。
彼女もこの国の人間だ、不用意に雪の日に森に入る事はしないだろう。それに、日が沈むまでの時間は決して多くない。あっという間に暗闇が太陽を押し下げるようにやってくるのだ。
「探しに行く。お前は近衛兵に報告してくれ。一時間で戻る」
そう言い残し、ロスカは自身の黒い愛馬に跨り、フレイアの足跡を追う形で森の中へ消えていった。
馬屋からまっすぐ続く、足跡を消さないように、横に並ぶ形で追いかける。途中で彼女は折り返したのだろうか?足跡が複数になっているのにロスカは気がついた。辺りにいるかもしれない、と名を呼ぶ。
「フレイア!」
しかし、声どころか物音もしない。聞こえるのは馬蹄が雪を踏み締める音だけである。
「聞こえたら、木を叩いてくれ!音の方に行くから!」
城を取り囲むような大きな森の中に、国王の声が響き渡る。
彼はひとまず、森の奥へと進んでいった足跡を急ぎ追いかけた。焦る彼を見下ろすように、木々は時折彼の髪に触れる。その度にロスカは煩わしそうに、木の枝を苛立ちながら払い、足跡を追いかけた。そして、たどり着いた先は忽然と開けた場所である。途中から増えていた足跡はここにはない。
彼女であろう人間が折り返した足跡だけだ。ロスカは手綱を引き、馬に来た道を戻らせる。そして、どこからかやってきた足跡とぶつかるように、彼女の足跡は森の左奥の方へ逸れている。連れていかれたのか、彼女がその足跡を追ったのか。ロスカは頭に降り積もった雪を、荒々しく振り叩いてから、また駆け出した。
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