【完結】極夜の国王様は春色の朝焼けを知る

胡麻川ごんべ

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第5話 不思議な国王様

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 フレイアは困惑していた。不思議な王様、と。

王家の紋章入りの手紙が届けられた日の朝のことである。家庭教師が来る前のわずかな時間、今日は寝坊もしていないし逃げ出しもしていない、その時間を使って婚約者からの手紙を読んでいた。足の調子を尋ねる内容であったが、彼女を最も驚かせたのは以下の通りであった。
 足を見ることになってしまったが、不愉快な気分になっていたら申し訳ない。

 フレイアは驚き、手紙を誰にも見られないように一度折りたたんでしまった。
そして何度か瞬きをして、今一度読み直した。自分の理解が間違っているかもしれないから。でも、やはり何度読んでもそこには謝罪の文字が並んでいた。

 こんな国王様っているのかしら。

 彼女が生まれた時からこの国は炎帝が治めていた。
神よりも偉く、この世のどんなものも手に入れる事が出来る存在なのだと幼い頃から信じていた。どんなに理不尽と感じても国王が正解なのだと。だから、王家の人間からこうして文をもらう事はフレイアにとって信じがたいのだ。


 この日の授業は全く集中できなかった。ずっとどういう風に返事を書けば良いのか。
そればかりが彼女の頭の中にあった。午後15時に授業が終わり、いつもなら愛馬のいる馬屋に駆けて行くが今日は違った。

 真っ直ぐに自室に戻り、棚の中にある入れておいたレターセットを取り出した。
どんなのにしようかしら、といくつかめくった後に手を止める。国王様に送るなら、花柄はやめた方が良いかしら。
そんな風に考えたが、何となく彼なら許してくれそうだったので、フレイアは白地に小さな花の絵が描かれた便箋を選んだ。
 
 万年筆を握り、国王陛下の文字を丁寧に綴り、ゆっくりとロスカへの返事を書いた。書き損じをしないように。
 
 足の調子はおかげで問題無い事、足を見られたのは気にしていないし助かった、と書き記した。
兵士達の態度にこそ不満はあれど、ロスカへの不満は何もなかった。

 足を見られた事に関しては確かに、望ましくはなかったが、あの状況では致し方がなかった。
紐は太く固かったし、彼女の手では到底解けなかった。それに、内側に小さな歯がいくつも織り込まれていたのだ。
小さな歯とも言えど、フレイアの薄い肌を裂くのは十分だった。その傷口から冷たい風が当たる方が不愉快だったから、彼女は何とも思っていなかった。寧ろ、国王自ら手当をしてくれた事に驚いた。高貴な人のする事なのだろうか、と。
 
 家まで送ってくれた時に至っては、フレイアを彼の馬に乗せてくれた。
家の門を潜った所にいた馬丁は開いた口が塞がらなかったようで、すぐに奥様!と母親を呼びに行き騒ぎになった。そして勿論、ロスカが帰路についた後フレイアは酷く怒られたのは言うまでも無い話である。
 

 『お前がサイドサドルで落ちなかったのも、国王様のおかげよ。馬から落ちたらどうなった事か』
 
 母親は頭痛がする、と言わんばかりに額を押さえて大きなため息を吐いた。
母親のお説教がフレイアは大嫌いだったが、今回の件ばかりは至極真っ当だと思った。それに、確かに母親の言う通り、馬から落ちた方がもっと大変だった。頭ぐらいは踏まれていたかもしれない。


『落とさないよう受け止めるから』


 乗っている間もそうだったが、乗る時も降りる時には、彼は両手を差し出して手伝おうとしてくれたのだ。
多少手間取ったものの、彼に抱き止めれる形で降りる事は避けられた。

 それに、足の怪我は、強く引っ掻かれたようなもので歩けない訳ではなかった。
正直な事を言えば手など借りずとも、何なら自分の馬でも帰って来れそうだった。足の傷は痛むとは思うが。
でも相手は国王だし、彼の優しさを拒むのも失礼かもしれない、と最善がわからないまま彼の手を借りる事にしたのだ。
今までダンスを踊ってきたどんな異性の手よりも大きくて、掌は豆のせいかゴツゴツした感覚をよく覚えている。
 
 手紙の最後に、声が出ずご不便をお掛けするかもしれませんが、と書いた所でフレイアは手を止めた。
そういえば、どうして彼は声の出ない自分を選んだのだろうか。

 婚姻の申し出があった事に気を取られていたが、よくよく考えれば不便極まりないではないか。彼女の声が出ない原因はショックを受けた事によるものだ、と医師からは診断された。声は時間が経てば出るらしい。でも、声が出なくなってからとうに半年近くは経っている。

時折、このまま声がずっと出なかったらどうしよう、と悩む事こそあれど、彼女は別に不便していなかった。
意思の疎通に苦労はあるものの、毎日それとなく生きていける。
これからは雪が本格的に降り出せば家にいる日も増え、家族以外の人とも会わなくなる。でも、嫁いでからはどうだろうか。何かやる事もあるのではないだろうか。婚姻の実感はまだ湧かないが、結婚生活への不安が突如生まれてしまった。
 

  やっぱり、不思議な国王様だわ。

フレイアはそう思い、万年筆を机に置いた。
 

  
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