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第2話 極夜の足跡

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 城の裏庭、住んでいる者しか入れない場所にうら若き国王陛下、ロスカは居た。
寒さに強く、運動好きな犬達が檻から吠える。ロスカは適当に彼らを宥めながら、檻のそばにある薪を手に取った。暖を取るために、火を焚べる。彼は火を見るのが好きだった。何か激しく燃やすような火ではなく、人のより所になるような火が好きなのだ。
 
 薪はゆっくりと、けれども確かに燃やされていく。滑らかな木肌は徐々に黒くなり、時折大きな音を立てて爆ぜる。緑色の瞳には炎が映っている筈なのに、ロスカの頭の中では違う景色が見えていた。
 
 『ロスカ、周りの人間はお前が王家の者だから寄ってくるのだ。冠があるから、皆寄ってくるのだ』
 
 炎帝と呼ばれた父親の顔である。常に気を張り詰めているせいか、眉間には皺が深く刻まれていた。
また、寝首をかかれるのが恐ろしかったのか、目の下には大きな隈がいつも住んでいた。左手人差し指の指輪は魔除けだ、と言って大事にしていたのも、よく覚えている。確かに、不安になると炎帝はいつもそれに触れていた。
その様は炎帝の象徴的な仕草だったらしく、複数の肖像画にも描かれている。
 
 『ロスカ、お父様に復讐をしたい貴族がいる。奴らがやってくる前に、臣下と逃げろ。迎えが来るまで姿をくらませ』
 
 歳の離れた兄に言われ、ロスカは兄の腹心の臣下と国境を越えるべく馬車を何日も揺らし続けた。
生まれ育った場所よりも雪が少ない隣国へ辿り着く。その数日後、貴族達によるクーデターが起きた。長い日陰に隠れる生活が始まった。当年、彼は六つであった。
 炎帝である父親は庶民を重税で苦しめる貴族を弾圧した一方で、猜疑心によって政治は執り行われていた。疑わしき者は黒とし、無実の人間も多く命を奪われた。だから、国王をよく思わない人間がいるのは、なんら不思議ではなかった。
 
 『なりません、ロスカ様。追手にバレないよう暫くここに居てください』
 
 暗いのは慣れていた。祖国の冬は太陽が昇らない。
 国から逃げた後、彼は一年間は小さな暗い塔に幽閉されていた。貴族達が雇った兵士に見付けられ、殺されないように。

 ロスカは一緒に逃げた臣下が兄の心配をしていたのを覚えている。
 兄とは十も離れていた。勉学にも、武道にも秀でて母親によく似た優しい兄だった。手紙を送る、と言っていたのに一通も来なかった。自分はもう何日、ここにいるのだろう、とロスカはずっと暗がりの中過ごしていた。臣下が持ってきた小石を使って、壁に数字を書き続けたり、壁に投げたり。後者は音を出してはいけない、と怒られやめた。
 
「あの、ロスカ様・・・」
 
 何度か名前を呼ばれていたらしい。
そこでようやく彼は、目の前の景色と頭の中で広がる景色が一致した。いつの間にか手に握っていた小石を地面に置き、呼ばれた方を向く。
 
「どうした」
 
「マイト家からお手紙が来ています」
 
 先日、森で出会ったフレイアの苗字である。
焚べられた炎が瞳にうつったのか、緑色の瞳の奥底が小さく輝く。従者から手紙を受け取り、ロスカはその場で封を切り始めた。
今すぐにでも封を破りたかったが、従者の前でそんな素振りは出来ない。彼は努めて冷静に、動揺を悟られないように封を切った。一枚の羊皮紙が顔を見せる。
国王陛下、に続く季節の挨拶を流すように読み、主題へと急いだ。
 
「湖が雪で埋もれる前までに、終わらせてほしい事がある」
 
 これから本格的な冬の入が始まると言うのに、ロスカはまるで春の女神から口づけを受けたように頬が熱くなった気がした。
本当は寒さで頬が赤くなっているだけだったが、胸の内にこさえた幸福さは隠せなかったらしい。
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