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単純すぎる婚約者
しおりを挟む「ナターシャ、君はなんて酷いんだ! 婚約は破棄する!」
婚約者のロレーヌは大きな声で怒鳴りつけてきた。部屋に入ったばかりの私は驚いて息を呑む。
ロレーヌの隣には目を赤く腫らして泣く義理の妹ティナの姿があった。
「今まで何をしてきたのか、全て聞かせてもらった。」
「全て……ですか?」
「あぁ」
また始まったのか。ティナの芝居が。
両親が事故で亡くなり、うちに来たティナはことあるごとに私にいじめられた、物を取られたと可哀想な妹を演じてきた。
私の両親まで騙す演技力だった。
実際にいじめられ、物を取られていたのは私だったのに。
「私が何をしたと?」
「……っ、とぼけ、ないでっ」
しゃくり上げなら鈴が鳴っているような声でティナが言った。酷い目に合わされてきた私ですら、同情して慰めてあげたくなるくらい可哀想に見える。
「この期に及んで認めないのか?」
怒りのこもった目でロレーヌが私を睨み付けた。
ティナに騙された人たちはみんなこの目を私に向けてくるのだ。
もう我慢の限界だった。思い切り言い返してやろうと思ったとき、両手で顔を覆うティナが笑っているのが見えた。
頂点に達そうとしていた怒りがすーっと静まりかえっていく。
自分は女優、そう思い込んで口を開いた。
「私はいじめてなどいません」
「嘘をつくな! 今だって……」
ロレーヌが私の行動に目を丸くした。スカートの裾を膝上まで持ち上げたのだ。
露わになった脚には無数の青い痣が出来ていた。
「そ、それは……?」
「これは蹴られてできた傷です、いじめられていたのは私の方なんです」
本当は一昨日階段を上っているときにつまづいてすねを打ちつけただけだ。
「……は? ……な、んでっ」
一瞬いつもの裏の顔を覗かせたが、またすぐにいじめられている妹に戻ってしまった。
「う、嘘をつくな! 話は全部聞いたんだ!」
ロレーヌは嘘をつくな! しか言わないのだろうか。
悲しかったことを思い出して、私もなんとか涙を込み上げさせたい。
なのに身体は全くいうことを聞かず、何も出てこないので悔しげな表情を作ってみる。
「信じていただかなくて結構です、婚約は破棄で構いません」
「あ、あぁ……」
「話を聞いたのと、怪我の証拠があるの、どちらの方が信憑性が高いんでしょうね」
ロレーヌの顔には明らかに不安そうだった。怒鳴りつけた手前、簡単には主張をひっくり返せないのだろう。
「では、ごきげんよう。お元気で」
しおらしく頭を下げると、最後に悲しげな瞳をしてくるりと振り返る。
私の顔には笑みが浮かんでいた。
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