婚約者の姉から誰も守ってくれないなら、自分の身は自分で守るまでですが……

もるだ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

1話

しおりを挟む


「はぁ、無能な穀潰しのくせに良いご身分ね。働かずに食べるご飯ってどんな味がするのかしら?」

 婚約者の姉──ハンナが下卑た笑みを浮かべながら言ってきたことだ。

 朝から今まで休みなく家の中を走り回って業務をこなしていたのに、それを知っていながら「穀潰し」と罵る。

 婚約者のシュタール公爵にお姉様から言われたことをそのまま伝えると、笑顔で返された。

「うちの姉さんは元からそういう性格だから。……君が大目に見てやってくれよ」

 初めのうちは自分が我慢すべきなのだと理解しようとした。どんなにキツいことを言われても、お姉様はそういう性格なのだと。
 
 だが、次第に暴言だけでは済まなくなっていった。

「本当にあなたが羨ましい! シュタールに釣り合わないのに堂々としていられて! 不十分である自分にも気がつかなくて!」

 怒鳴りつけるたびに手に持っていた木のヘラで殴りつけられ、青くなった痣がこぶのように盛り上がってしまう。

 シュタール公爵は私の身体に出来た怪我を見せながら被害を訴えても、真剣に聞いてくれることは無かった。

 笑顔でへらへらと私に我慢を強いるばかり。

「このまま私が殴られていればよいのですか?」

「えー……、いやぁ……」

 面倒くさそうにシュタール公爵が頭をかきむしる姿を見て、決意が固まった。

 もう我慢するのはやめる。次になにかされたら同じようにやり返してやる。

 いつもと同じように屋敷の廊下ですれ違う瞬間、肩でぶつかってくるお姉様をするりと躱す。

 対象を失って前につんのめっているお姉様を後ろから蹴り飛ばすと、甲高い悲鳴を上げながら地面に激突していた。

「ちょっと! なにするの!」

「一回やり返されたくらいで大げさな……。無様なことですわね」

「はあああ?! 待ちなさいっ! こら──」

 お姉様は床に突っ伏しながら顔だけ振り返ってきゃんきゃんと吠えてくるが、無視して自分の部屋へと向かう。

 胸につかえていたものが下りて爽快な気分で休んでいたところに、物凄いノック音が聞こえてきた。

「おい! 開けなさい!」

 扉の向こうからお姉様が叫んできている。

 鍵を開けると、勢いよく部屋の中に飛び込んできた。

「なによさっきのは!! よくも私のことを蹴り飛ばしてくれたわね!? 身の程知らずにもほどがあるわ! 覚悟しなさい!」

「な、なにを言うんですか……?」

「しらばっくれないでちょうだい! この犯罪者め!」

 お姉様の目を見つめながら口だけで『馬鹿みたい』と呟いた。

 目をぱちくりと瞬かせ、何か言おうとしているのか、口をわなわなと震えさせている。

「……婚約なんて破棄よ、破棄! こんな恐ろしい女と弟を結婚なんてさせてあげません」

「そんなぁ~! お姉様っ!」

 ふざけて甘ったるい声を出すと、お姉様の既に赤い顔はみるみるうちにどす黒くなっていく。

 息を荒げたお姉様は、私の目の前に一歩足を踏み出すと大きく手を振り上げた。
 
 頬に鋭い痛みが走ると同時に、パシャッパシャッと音が聞こえた。シャッター音が鳴るたびにまばゆい閃光が走る。

「……? な、なに?」
 
 ゴシップ専門誌のカメラマンたちが決定的な瞬間を写真に収めたのだ。私が事前に匿名で、公爵家の家庭内暴力を通報しておいた。

 お姉様に矢継ぎ早に質問を繰り返す記者が詰め寄る。

「ご令嬢が暴力ですか!?」
「無抵抗な人間を殴りつけましたね?」
「このようなことはよく起こるんですか?」

 次の日の紙面には大きく公爵家の醜態がさらされていた。もちろん静観するだけだったシュタール公爵についてもバッチリと載っている。

 この件は全国でも大きな話題をよんで、知らない人はいないくらいだった。

 当然婚約は破棄。はじめは拒否していたが、シュタール公爵たちが外交の場から弾かれるようになってからようやく慰謝料が支払われた。

 そのおかげで土地を購入することが出来た私は不労所得で悠々自適な生活を始められた。

 たびたび「本当に申し訳なかった、だから和解したとみんなに知らせてほしい」と手紙が届くが、以前のシュタール公爵のように無視している。

 

 






しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

段ボールベッドを嘲笑

「公爵たちが『外交』の場から弾かれる」

外交官個人の問題が、国益を害することになるのかと吃驚しました。

仮に、「公爵たちが『社交』の場から弾かれる」ならば、
公爵たちは慰謝料を払って、和解したくなるでしょう。

解除
千夜歌
2022.07.24 千夜歌

続報で【公爵から『和解したと知らしめよ』と無理強いされている】とたれ込めば溜飲が下がるかも?Ψ( ̄∇ ̄)Ψフフフ

切実な訴えを無下にされた回数分晒し者にするべきですね。
まだまだ反省が足りないようだし。


お話面白かったです。
まぁ、公爵家にどうやって忍び込んだの?という突っ込みはさておき。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】姉は全てを持っていくから、私は生贄を選びます

かずきりり
恋愛
もう、うんざりだ。 そこに私の意思なんてなくて。 発狂して叫ぶ姉に見向きもしないで、私は家を出る。 貴女に悪意がないのは十分理解しているが、受け取る私は不愉快で仕方なかった。 善意で施していると思っているから、いくら止めて欲しいと言っても聞き入れてもらえない。 聞き入れてもらえないなら、私の存在なんて無いも同然のようにしか思えなかった。 ————貴方たちに私の声は聞こえていますか? ------------------------------  ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

【完結】真実の愛だと称賛され、二人は別れられなくなりました

紫崎 藍華
恋愛
ヘレンは婚約者のティルソンから、面白みのない女だと言われて婚約解消を告げられた。 ティルソンは幼馴染のカトリーナが本命だったのだ。 ティルソンとカトリーナの愛は真実の愛だと貴族たちは賞賛した。 貴族たちにとって二人が真実の愛を貫くのか、それとも破滅へ向かうのか、面白ければどちらでも良かった。

【完結】義姉の言いなりとなる貴方など要りません

かずきりり
恋愛
今日も約束を反故される。 ……約束の時間を過ぎてから。 侍女の怒りに私の怒りが収まる日々を過ごしている。 貴族の結婚なんて、所詮は政略で。 家同士を繋げる、ただの契約結婚に過ぎない。 なのに…… 何もかも義姉優先。 挙句、式や私の部屋も義姉の言いなりで、義姉の望むまま。 挙句の果て、侯爵家なのだから。 そっちは子爵家なのだからと見下される始末。 そんな相手に信用や信頼が生まれるわけもなく、ただ先行きに不安しかないのだけれど……。 更に、バージンロードを義姉に歩かせろだ!? 流石にそこはお断りしますけど!? もう、付き合いきれない。 けれど、婚約白紙を今更出来ない…… なら、新たに契約を結びましょうか。 義理や人情がないのであれば、こちらは情けをかけません。 ----------------------- ※こちらの作品はカクヨムでも掲載しております。

【完結・全10話】偽物の愛だったようですね。そうですか、婚約者様?婚約破棄ですね、勝手になさい。

BBやっこ
恋愛
アンネ、君と別れたい。そういっぱしに別れ話を持ち出した私の婚約者、7歳。 ひとつ年上の私が我慢することも多かった。それも、両親同士が仲良かったためで。 けして、この子が好きとかでは断じて無い。だって、この子バカな男になる気がする。その片鱗がもう出ている。なんでコレが婚約者なのか両親に問いただしたいことが何回あったか。 まあ、両親の友達の子だからで続いた関係が、やっと終わるらしい。

【完結】真実の愛を見出した人と幸せになってください

紫崎 藍華
恋愛
婚約者の態度は最初からおかしかった。 それは婚約を疎ましく思う女性の悪意によって捻じ曲げられた好意の形。 何が真実の愛の形なのか、理解したときには全てが手遅れだった。

そのご令嬢、婚約破棄されました。

玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。 婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。 その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。 よくある婚約破棄の、一幕。 ※小説家になろう にも掲載しています。

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。