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擬似支配
憧れの雪花(3)
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ポプラの木が植る中庭に銀髪の美しい人が佇む。
朝からちらちらと細かい雪が降り積もる。
髪に雪が降り積もって銀色に見えたのか、とじっと眺めれば本当に綺麗な銀髪で目を奪われる。そのまま目をすっと下におろせば、節目がちな長いまつ毛にきらきらと雪が積もっている。
吐く息が真っ白になるような冷たい朝、俺はその風景から目を離せないでいた。
同級生たちが肩を縮めマフラーに顔を埋めながらパラパラと登校してくる。そのうち数人は中庭が見えるエントランスで足を止める。
その美しい風景に見惚れているのか、
冷たい朝に、コートも着ずに佇むその人に違和感を抱いているのか。
ーりーんりーん
講義の始まりを告げる鐘の音にはっとして3階の小講義室まで走る。
天窓から差し込む光が、寒さで張り詰めた空気を優しく照らし出す。
心臓の音がうるさくて思わず胸に手を当てる。
「ふう。」
息を大きく吐き出して、心を沈める。そして静かに小講義室に入った。薪ストーブが焚かれた室内は空気が滞っているが、暖かさに体が緩む。
あの人は寒くないんだろうか。
あんなに熱心に何を見つめていたのだろうか。
今更ながら、そんな疑問が浮かぶ。あの人を目の前にするとそんな疑問を思い浮かべる余裕がどこかへ行ってしまう。
つまらない物理の講義。数分ごとに小講義室の入り口を眺めていた。
昨晩、降り続いた雪が、中庭に積もっている。
気温が低くその雪は溶けることがなく、人に踏み荒らされることもなく美しい白銀の地平線をつくる。その地平線に小さな足跡。
「今日もいるな。」
「ね、毎日何しているんだろうね。雪花くん。」
独り言のつもりだった言葉に予想外の長い相槌が返ってくる。
「ん?」
俺は声がした方に振り返る。
「あぁ、凛花。って、せっかくん?」
「そうそう。昔古典か何かでやったでしょ?雪が花みたいに見えるってやつ。中庭で佇む彼をみて誰かがそう呼び始めたみたい。だって彼綺麗だもの。」
「男なのか?」
凛花はすぐにはこの問いに答えず、口に軽く手をあてて小さく笑いはじめた。
「知らなかったの?ま、私も彼の本名知らないから、雪花くんって呼ぶしかないんだけど。」
2人で静かに彼を眺める。
冷たい雫が頬を伝う。これもすぐに凍ってしまいそうなほど厳しい季節。
「何泣いてんの?」
凛花が遠慮の欠片もなく俺に問いかける。そして俺はその問いかけにはっとする。
「は?泣いて?」
頬を伝う雫を手で拭う。
「だってあの人寂しそうだから。」
凛花ははぁとため息をついて、それ以上何も言わなかった。
「ちょっと、凛花、実習準備!」
凛花は親友の夏葉に叱責されて、エントランスの椅子から立ち上がる。
「じゃ」
凛花は軽く手をあげて挨拶をすると夏葉の元に走っていった。
体が勝手に動いた。
彼が綺麗だったから?
ただの好奇心?
なんだかかわいそうだったから?
どれも、当てはまらない気がする。もっと単純で明確な言葉で表せそうなのに、なぜか、その言葉が思い浮かばない。
中庭に出られる扉を開けて外にでる。冷たい風が吹いていて思わず身震いする。
「おい、そんな所で何してる」
雪花くんは体をびくりとさせてこちらを見ると、人差し指を唇にあてた後ポプラの木を指差した。
雪が深く足を取られる。
なかなか彼の指差した木の下まで行けない。
「ぴぃぴぃ」
耳を澄ますと幼鳥の鳴き声が聞こえた。
「ああ、シグネージュでもいるのか。」
彼ははじめて俺をちゃんと見て、目をまん丸にした。
「見たことあるの。」
「は?そんな珍しいものでもないだろ。少なくともこの地域に2,3年住んでたらよく見るんじゃ?」
「はじめて実際に見た。こんなに寒いのにヒナは元気だな。」
雪花くんは俺に微笑む。よく見ると、鼻の頭は赤く染まっているし、指先は寒さでひび割れを起こしている。
「人間なんだな。」
俺は意味の分からない言葉を空中に投げかける。
「うん?」
「あっ、寒くないのか。」
俺は慌てて言い重ねてごまかす。
「あー、んー、寒いかも?」
あまり会話に興味がないのか、再びシグネージュを眺めはじめる。俺はやっと彼の近くにたどり着いた。
「確かにかわいいな。って、お前、スニーカー。」
彼のスニーカーは雪の中でほとんど機能を果たしていないだろう。
「いや、おまえ馬鹿なの。」
彼は不快そうに眉根を寄せる。俺は彼の手を取って、中庭から室内に入る扉まで引っ張る。
彼は嫌そうに、手を振り解こうとするがそれを無視して半ば引きずるように室内に入れた。
異様に握った手が熱かった。
「おまえ、熱でもあるのか。」
「おまえっていうな。」
彼は不機嫌そうに言った。瞳が涙を表面張力ぎりぎりまでためている。
「雪花くん、体調悪いだろ。」
「?せっかくんってなに。」
緩慢な声色の彼の問いかけに応えようとした時、握っていた手が引っ張られて、地面に倒れ込む。
一時何が起こったか分からない。
雪花くんは意識を失っていた。
朝からちらちらと細かい雪が降り積もる。
髪に雪が降り積もって銀色に見えたのか、とじっと眺めれば本当に綺麗な銀髪で目を奪われる。そのまま目をすっと下におろせば、節目がちな長いまつ毛にきらきらと雪が積もっている。
吐く息が真っ白になるような冷たい朝、俺はその風景から目を離せないでいた。
同級生たちが肩を縮めマフラーに顔を埋めながらパラパラと登校してくる。そのうち数人は中庭が見えるエントランスで足を止める。
その美しい風景に見惚れているのか、
冷たい朝に、コートも着ずに佇むその人に違和感を抱いているのか。
ーりーんりーん
講義の始まりを告げる鐘の音にはっとして3階の小講義室まで走る。
天窓から差し込む光が、寒さで張り詰めた空気を優しく照らし出す。
心臓の音がうるさくて思わず胸に手を当てる。
「ふう。」
息を大きく吐き出して、心を沈める。そして静かに小講義室に入った。薪ストーブが焚かれた室内は空気が滞っているが、暖かさに体が緩む。
あの人は寒くないんだろうか。
あんなに熱心に何を見つめていたのだろうか。
今更ながら、そんな疑問が浮かぶ。あの人を目の前にするとそんな疑問を思い浮かべる余裕がどこかへ行ってしまう。
つまらない物理の講義。数分ごとに小講義室の入り口を眺めていた。
昨晩、降り続いた雪が、中庭に積もっている。
気温が低くその雪は溶けることがなく、人に踏み荒らされることもなく美しい白銀の地平線をつくる。その地平線に小さな足跡。
「今日もいるな。」
「ね、毎日何しているんだろうね。雪花くん。」
独り言のつもりだった言葉に予想外の長い相槌が返ってくる。
「ん?」
俺は声がした方に振り返る。
「あぁ、凛花。って、せっかくん?」
「そうそう。昔古典か何かでやったでしょ?雪が花みたいに見えるってやつ。中庭で佇む彼をみて誰かがそう呼び始めたみたい。だって彼綺麗だもの。」
「男なのか?」
凛花はすぐにはこの問いに答えず、口に軽く手をあてて小さく笑いはじめた。
「知らなかったの?ま、私も彼の本名知らないから、雪花くんって呼ぶしかないんだけど。」
2人で静かに彼を眺める。
冷たい雫が頬を伝う。これもすぐに凍ってしまいそうなほど厳しい季節。
「何泣いてんの?」
凛花が遠慮の欠片もなく俺に問いかける。そして俺はその問いかけにはっとする。
「は?泣いて?」
頬を伝う雫を手で拭う。
「だってあの人寂しそうだから。」
凛花ははぁとため息をついて、それ以上何も言わなかった。
「ちょっと、凛花、実習準備!」
凛花は親友の夏葉に叱責されて、エントランスの椅子から立ち上がる。
「じゃ」
凛花は軽く手をあげて挨拶をすると夏葉の元に走っていった。
体が勝手に動いた。
彼が綺麗だったから?
ただの好奇心?
なんだかかわいそうだったから?
どれも、当てはまらない気がする。もっと単純で明確な言葉で表せそうなのに、なぜか、その言葉が思い浮かばない。
中庭に出られる扉を開けて外にでる。冷たい風が吹いていて思わず身震いする。
「おい、そんな所で何してる」
雪花くんは体をびくりとさせてこちらを見ると、人差し指を唇にあてた後ポプラの木を指差した。
雪が深く足を取られる。
なかなか彼の指差した木の下まで行けない。
「ぴぃぴぃ」
耳を澄ますと幼鳥の鳴き声が聞こえた。
「ああ、シグネージュでもいるのか。」
彼ははじめて俺をちゃんと見て、目をまん丸にした。
「見たことあるの。」
「は?そんな珍しいものでもないだろ。少なくともこの地域に2,3年住んでたらよく見るんじゃ?」
「はじめて実際に見た。こんなに寒いのにヒナは元気だな。」
雪花くんは俺に微笑む。よく見ると、鼻の頭は赤く染まっているし、指先は寒さでひび割れを起こしている。
「人間なんだな。」
俺は意味の分からない言葉を空中に投げかける。
「うん?」
「あっ、寒くないのか。」
俺は慌てて言い重ねてごまかす。
「あー、んー、寒いかも?」
あまり会話に興味がないのか、再びシグネージュを眺めはじめる。俺はやっと彼の近くにたどり着いた。
「確かにかわいいな。って、お前、スニーカー。」
彼のスニーカーは雪の中でほとんど機能を果たしていないだろう。
「いや、おまえ馬鹿なの。」
彼は不快そうに眉根を寄せる。俺は彼の手を取って、中庭から室内に入る扉まで引っ張る。
彼は嫌そうに、手を振り解こうとするがそれを無視して半ば引きずるように室内に入れた。
異様に握った手が熱かった。
「おまえ、熱でもあるのか。」
「おまえっていうな。」
彼は不機嫌そうに言った。瞳が涙を表面張力ぎりぎりまでためている。
「雪花くん、体調悪いだろ。」
「?せっかくんってなに。」
緩慢な声色の彼の問いかけに応えようとした時、握っていた手が引っ張られて、地面に倒れ込む。
一時何が起こったか分からない。
雪花くんは意識を失っていた。
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