正しい魔導書の使い方

嫁葉羽華流

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 本居島と本屋を捜している際、様々な生徒とすれ違った。私のことは意外と知られていたらしく、皆快く本屋と本居島の場所を教えてくれた。
 何とか行き着いたところでもうそろそろ日が落ちようとしていた。空には星がちらほらと見えてきている。
 何とか探し当てたところは体育館の裏だった。
 そこでは魔人が血を出して倒れ、本屋が呆然とその前に座っていた。
 その後ろにはレイが今まさにその植木ばさみを振るおうとしていた。
「……っ!」
 私は急いで《腕》を召喚する。
 あと少しではさみが本屋の背中を突き刺そうとしたその瞬間。
「本屋ッ!」
 私は奴の名を何故か叫び、《腕》を振るった。
 腕は見事にレイの側面にヒットし、私の真正面の壁に打ち付けることができた。
「大丈夫か?」
 私が聞いたとき、本屋は泣きそうな子供のようにどうしようどうしようと言っていた。
 その顔を思いっきり殴りたくなったがぐっと押さえた。
 ――覚悟もない奴が足をつっこむから、こういう結果になるんだ。
 そう言ってやりたかったが、私はレイに向き直った。
 レイは植木ばさみを杖にして立ち上がり、苦汁をなめたかのような表情で私を見る。
「……毎度毎度、いいところになってから現れやがりますね、あなたは。わたくしに何か恨みでもありやがるのですか」
「ほう。仏頂面がやっと崩れたか。貴様もそんな表情ができるとは驚きだ。主の命令のままに動く人形のくせに」
 レイはその言葉に反応したのか、眉を動かすか動かさないかの微妙な動きを残して私に向かって突撃してきた。
 昨日と変わらない一辺倒なその攻撃を私は拳を持って応える。
 黒い腕は少しの時間を持って私の前に来るものを打ち据えるためにその拳を振るった。
 だが、それは当たることはなかった。
 レイは《腕》の下をくぐり、植木ばさみで横に薙いできた。
「はっ」
 何とか避けたが、今も少し軌跡が目に映る。どれだけ早い斬撃なんだか。それだけあいつも本気だということなのか。
「せいっ」
 続いて奴は逆方向に薙ぐ。私は《腕》を繰り出し、なんとかその勢いを弱める。
 力はあれど、《腕》は所詮骨と肉でできた人のもの。
 ましてや、斬撃など防げるわけもなかった。
 《巨人の腕》では奴の斬撃は防げない。だが。
「……何故、笑うのですか」
 自然に顔に出ていたらしい。
 奴の刃は本来の切れ味を出せずにいるはずだ。日本の刀というものは、人を切れば切るほど切れ味が落ちると聞く。
 その理由は、刃についた血や人間の油で切れ味が落ちるらしい。刀を振って血を払ってはいるが、それはあくまで応急措置。本格的に血を拭かなければ、よほどの達人でない限り、本来の切れ味は発揮できないと聞いた。ならば、同じ刃物の類である植木ばさみでも同じ事が言えるはずだ。今なら……。
「私の渾身の一撃を、打ち込む!」
 後一発くらいならば《巨人の腕》も持つはずだ。
 渾身の一撃を打ち込めば、奴はどこかに致命的なダメージを受けるはず。そうでなくとも奴の植木ばさみを使えなくさせれば、勝機も見えてくるはずだ。
「……愚かですね」
「どっちがだ……!」
 私はレイに向かってつっこんでいきながら、腕を展開していく。後ろから筋肉質の金の文様を刻まれた黒い腕が、その掌から黒い血を出して、その豪腕を振るう――!
「食らえぇぇ――!」
 私は気合と共に腕を突き出す。
 刹那。
 腕は確かに間合いに届いた。
 だがそれは同時に奴の間合いでもあった。
 植木ばさみで奴は腕を、
 
 間二つに、切裂いていた。

 腕は二つに分割され、黒い粒子となり消えていく。
 断ち切ったその植木ばさみの刃は新品のごとき鈍色に輝いていた。
「な……」
「だからあなたは愚かだと言ったのです」
 レイは植木ばさみを私に向けて言った。
「この植木ばさみは確かに血や油を乗せられます。ですがこれは道具ではありません。この植木ばさみは――生きているのです」
 生きている――?
 私がその言葉に疑問を持ったとき、植木ばさみから音がした。
 まるで怒号。まるで悲鳴。まるで嬌声。まるで悲哀の声がする。
 植木ばさみの鈍色の中には、宵の空は映さずに、たくさんの顔が映っていた。
 赤。
 赤。
 赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤。赤―――――
 赤い血か何かで形作られた顔が、そこにはたくさん映っていた。
「この植木ばさみは、百人の奴隷と、百人の民、百人の貴族と百人の兵士、そして九十五人の従者と、五人の王族の血と骨と肉からできています。それらは全て、ある錬金術師がこれを作る際の基盤としたものだそうです」
 魔装具。
 そのような具体的であり、個体や液体、有機物を無機物に変える錬金術を駆使して作られた魔法の極み。その集大成の道具。
 ――なるほど。
「原材料を吸えば吸うほど、切れば切るほど、切れ味は増す、と言うことか――――!」
 ええ、と肯定。
 コイツ、そんな物を振るっていたのか。普通の人ならばそれを持つだけで気が狂うはず……いや、だからこそ、本居島は狂ったのか。
 一番近くにいた成り上がりの魔導師。
 魔術に関する抵抗がある訳じゃない。偶然という不幸で魔導師になって狂った哀れで弱い人。
「では。無駄話も何ですから、悪あがきをされる前に――」
 途端。
 右腕が軽くなった。
 どさっ、重いとも軽いともいえない音がしたと思ったとき、右肩から血が壊れたスプリンクラーのように吹き出た。
「が、ぁ、――――っ!」
「おや、意識が飛ぶほどの痛みだというのに、それに耐えますか」
 平然とした感じでメイドは言う。眼鏡と白いエプロンは血で汚れ、植木ばさみだけがきれいなままだった。
 無論、こんな事になれている、と言う訳ではないが、そんなことでいちいち意識を飛ばしていては洒落にならない。
「では、確実に意識を飛ばすために――殺すために、もう一本いただきますか」
 さすがにそれはまずい。ただでさえ血がたくさん出て頭がぼんやりしているというのに。
 確実なる死。
 それを覚悟したとき、私は一つ聞いた。
「……その、魔装具を作った人物は、ひょっとしてパラケルススという名か?」
「さあ」
 そう言って左腕を切り落すまさにその瞬間。
 それが訪れてこなかった。
 何事かと思って後ろを見たとき。
 宙にあの魔人が――ぼろぼろで血を出していたはずのあの魔人が――道化師のごとく立っていた。
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