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「わたくし、御主人様に仕えています魔人、レイと申します」
この発言、どこかおかしくなかったか?
いや、最初っからおかしかった。
まず御主人様って誰なんだよとか、なんで四十五度も深くお辞儀をしたんだよとか、なんでドアを粉砕したんだよとか、ドアを普通に破ればよかったのにぶち壊すような乱雑さでよくメイドになれたなとか、いろいろとつっこみたいところはあったが、
中でも、「魔人」というキーワードには引っかかった。
魔人。
俺があのとき呼びだしたって言われてる少女と、同じ。
人の形をした、人ではない物――!
「で? 何しに来たんだ?」
木之絵馬がメイドさんに視線を向けた。
なにやら殺気立っているように思える。部屋の空気が先ほどとはうってかわって張り詰めた物に変わる。
メイドさんは木之絵馬から視線をそらさずに、
「僭越ながら申し上げますと、そちらのゲロ野郎がお持ちになっていやがる御主人様が所望しています魔導書を、是非ともわたくしに預けてはくれないでしょうか」
「ちょっと待て。ゲロ野郎って誰のことだ」
仮にも頼み込む側なのになんて言いぐさだこの偽メイド。
「預けたら? どうなる?」
「おい無視か。無視なのか。俺をゲロ野郎にしたことは無視なのか」
「……それはお教えかねます」
少し言い淀んだ後、レイは改めて、
「もう一度提案させてもらいます……その本を、わたくしめに預けてはくれないでしょうか?」
ここでの預けるって、要するに渡せ、って言ってるのと同義、だよな。
俺がそう考えていると、木之絵馬はこちらを静かに一瞥し、口を開いた。
「だとしたら、断る。だいたい、お前のいう預けるとはそちらに渡すのと同じではないか? おまけに貴様の言うゲロ野郎は私たちの先客だ。後からやってきた奴に『はいそうですか』と、とられるわけにはいかんのだ」
「お前まで俺をゲロ野郎扱いか。泣くぞ? 俺泣くぞ?」
そう言って木之絵馬は俺の方をちらりと見た後、
「欲しければ、力ずくで奪ってみろ」
そう言って、少しの静寂ができた。
その時、木之絵馬の足下が少し後ろに伸びたような気がする。
それは、徐々に伸びていった。
徐々に。徐々に。
そして壁まで到達したとき、昨日、俺に向かってふるわれた黒い腕が現れた。
指先、爪まで黒かった。深いしわが寄せられた指、だらんと下げられたような腕が、魔人――レイに向かって伸びている。
金色の複雑な文様が彫り込まれた、筋肉質の腕。
それが、木之絵馬の命令を待っているように、メイドにその手の先を向けていた。
レイはそれを見た時、覚悟を決めたのか、ほう、と息を吐き、
「僭越ながら、お相手させていただきます」
※
「僭越ながら、お相手させていただきます」
そう言って目の前にいる魔人――確かレイといっていた――は私に先ほどのようにきれいな一礼をして、
床を蹴り、私に向かってつっこんできた。
その際、姿が消えた。
だが、消えたように見えて、実は下にいる、というのが定説だ。
私は一歩下がり、レイの拳をかわす。
レイはさほど驚いた顔を見せず、拳を振り切っていた。
瞬間。
私は召喚していた《腕》を使って殴った。
ごきり、と形容しがたい嫌な音を響かせた。
レイの体はまっすぐに壁に向かって飛んでいき、窓ガラスを割って中庭に落ちていった。
すぐに《腕》をしまう。こうしなければ私は長時間の使用ができないからだ。《巨人の腕》の代償は自己の精神力。長時間の使用と召喚は術者に相当の負担がかかる。下手をすると暴走をして私に襲いかかりかねない。
「ちょ、大丈夫なのかよ?」
本屋が心配そうな声を上げる。おそらくはレイの心配と周りに対する物だろう。
「安心しろ。魔人は体が丈夫なのが取り柄だ。そして外にはこの騒ぎは聞こえていないはずだ」
気休め程度に言っておく。
じゃあ先ほどのごきりって嫌な音はなんだったんだ……。と本屋は目で訴えてきているがそれは黙殺した。
その前に。私は本屋に向き直り、
「お前は、逃げろ」
本屋は一瞬、惚けたような表情を作った後、私に向かって何か言おうとしてきていた。が、
「今のお前には魔術の一つも使えないし、そばにいるはずの魔人も顔を出してこない、となると今のお前は一般人の戦力と同じくらいだ。まともにやり合っても勝ち目はない」
「でも――」
「何度も言わせるな。いいか? お前は逃げるんだ」
「同感だな。相棒君」
本屋の手からぶら下がってる魔導書が同意した。
「行ってきてくれたまえ、未熟とは言い難いが一人前ではない魔術師君。僕らはその間に逃げておく。――遠慮無く、その命を散らしてくれて構わない」
――散るようなことはしない。生きてお前の前にまた出てくるさ。
私は声には出さなかったが、吹っ飛ばしたレイを追って、自分も吹っ飛ばした方に駆け込んだ。
二階の高さくらいだったら何のことはない。私はそのまま飛び込んだ。
校内の見取りや構造はある程度瓢から教えてもらっていた。よって、レイが飛ばされた所は中庭だと思われる。
途中にあった木をクッションにしてなんとか無事に降りた私は、レイの姿を探す。
中庭、というよりは箱庭に近い空間だった。
四方を校舎に囲まれて、その中にはうっそうと茂っている植物がたくさんある。
言ってみれば、小規模の密林に近い。
感謝することは気温はそれほど高くない、ということだけか。
ただ、まだ日本の季節は春のはず。私としても、このじめじめとした空気はあまり好めない。
「すぅ……」
私はひとまず気配をたぐり寄せる。
目を閉じ、呼吸を整え、耳を澄ませ、心を静める。
「はぁ……」
どこにレイがいるのか。ここに入り込んだのは事実。
ならば、ここのどこかに潜んで、奇襲をかけてくるはず。少なくとも、私ならばそうする。
――どこだ……? どこにいる……?
完全に後手にまわっている私には不利だ。本屋に時間を使いすぎたか。……いや、焦るな。焦れば余計に気配をつかみ取れない。
どこにいるかと、四方八方に集中する。
その時、少なくとも何かの光を感じた。
感じた、なんて物ではない。極々わずかな、かすかな熱。その方向は――。
真上。
その方向にはレイが真下に向かって背負っていた巨大な植木ばさみをこちらに向かって開き、私の体を狙っていた。
こんなうっそうな場所だ。どこからかは攻撃を仕掛けてくるだろう。そう思っていた。
しかし、真上。全く予想をしていなかったわけではなかった。ある程度はしていたが、まさか来るとは思わなかった。
ひとまず私はその場から離れようとした。が、動くことができない。
足が地面に吸い付いたかのような感覚に襲われる。おそらくは何らかの束縛魔術にかかってしまったのだろう。
慢心していた自分に対して舌打ちをする。
上を見た。あと少しで植木ばさみは私に到達して鋭利な刃で私の体を切裂くだろう。
抵抗をするべく《腕》を使って何とかしようと思っても時間が足りない。急に防いでもその後の二撃目が防げない。
ここまでか――そう思ったとき。
「てぇ――――ぃ!」
そんなかけ声と共にレイに向かって上から周囲にも分かるほどの風切り音を出しながら跳び蹴りをしてきた奴がいた。
よく分かる、夕焼けのように朱い髪。
そんな髪の色を間違うはずもない。私に少しだけ恐怖を味あわせたあの魔人だった。
この発言、どこかおかしくなかったか?
いや、最初っからおかしかった。
まず御主人様って誰なんだよとか、なんで四十五度も深くお辞儀をしたんだよとか、なんでドアを粉砕したんだよとか、ドアを普通に破ればよかったのにぶち壊すような乱雑さでよくメイドになれたなとか、いろいろとつっこみたいところはあったが、
中でも、「魔人」というキーワードには引っかかった。
魔人。
俺があのとき呼びだしたって言われてる少女と、同じ。
人の形をした、人ではない物――!
「で? 何しに来たんだ?」
木之絵馬がメイドさんに視線を向けた。
なにやら殺気立っているように思える。部屋の空気が先ほどとはうってかわって張り詰めた物に変わる。
メイドさんは木之絵馬から視線をそらさずに、
「僭越ながら申し上げますと、そちらのゲロ野郎がお持ちになっていやがる御主人様が所望しています魔導書を、是非ともわたくしに預けてはくれないでしょうか」
「ちょっと待て。ゲロ野郎って誰のことだ」
仮にも頼み込む側なのになんて言いぐさだこの偽メイド。
「預けたら? どうなる?」
「おい無視か。無視なのか。俺をゲロ野郎にしたことは無視なのか」
「……それはお教えかねます」
少し言い淀んだ後、レイは改めて、
「もう一度提案させてもらいます……その本を、わたくしめに預けてはくれないでしょうか?」
ここでの預けるって、要するに渡せ、って言ってるのと同義、だよな。
俺がそう考えていると、木之絵馬はこちらを静かに一瞥し、口を開いた。
「だとしたら、断る。だいたい、お前のいう預けるとはそちらに渡すのと同じではないか? おまけに貴様の言うゲロ野郎は私たちの先客だ。後からやってきた奴に『はいそうですか』と、とられるわけにはいかんのだ」
「お前まで俺をゲロ野郎扱いか。泣くぞ? 俺泣くぞ?」
そう言って木之絵馬は俺の方をちらりと見た後、
「欲しければ、力ずくで奪ってみろ」
そう言って、少しの静寂ができた。
その時、木之絵馬の足下が少し後ろに伸びたような気がする。
それは、徐々に伸びていった。
徐々に。徐々に。
そして壁まで到達したとき、昨日、俺に向かってふるわれた黒い腕が現れた。
指先、爪まで黒かった。深いしわが寄せられた指、だらんと下げられたような腕が、魔人――レイに向かって伸びている。
金色の複雑な文様が彫り込まれた、筋肉質の腕。
それが、木之絵馬の命令を待っているように、メイドにその手の先を向けていた。
レイはそれを見た時、覚悟を決めたのか、ほう、と息を吐き、
「僭越ながら、お相手させていただきます」
※
「僭越ながら、お相手させていただきます」
そう言って目の前にいる魔人――確かレイといっていた――は私に先ほどのようにきれいな一礼をして、
床を蹴り、私に向かってつっこんできた。
その際、姿が消えた。
だが、消えたように見えて、実は下にいる、というのが定説だ。
私は一歩下がり、レイの拳をかわす。
レイはさほど驚いた顔を見せず、拳を振り切っていた。
瞬間。
私は召喚していた《腕》を使って殴った。
ごきり、と形容しがたい嫌な音を響かせた。
レイの体はまっすぐに壁に向かって飛んでいき、窓ガラスを割って中庭に落ちていった。
すぐに《腕》をしまう。こうしなければ私は長時間の使用ができないからだ。《巨人の腕》の代償は自己の精神力。長時間の使用と召喚は術者に相当の負担がかかる。下手をすると暴走をして私に襲いかかりかねない。
「ちょ、大丈夫なのかよ?」
本屋が心配そうな声を上げる。おそらくはレイの心配と周りに対する物だろう。
「安心しろ。魔人は体が丈夫なのが取り柄だ。そして外にはこの騒ぎは聞こえていないはずだ」
気休め程度に言っておく。
じゃあ先ほどのごきりって嫌な音はなんだったんだ……。と本屋は目で訴えてきているがそれは黙殺した。
その前に。私は本屋に向き直り、
「お前は、逃げろ」
本屋は一瞬、惚けたような表情を作った後、私に向かって何か言おうとしてきていた。が、
「今のお前には魔術の一つも使えないし、そばにいるはずの魔人も顔を出してこない、となると今のお前は一般人の戦力と同じくらいだ。まともにやり合っても勝ち目はない」
「でも――」
「何度も言わせるな。いいか? お前は逃げるんだ」
「同感だな。相棒君」
本屋の手からぶら下がってる魔導書が同意した。
「行ってきてくれたまえ、未熟とは言い難いが一人前ではない魔術師君。僕らはその間に逃げておく。――遠慮無く、その命を散らしてくれて構わない」
――散るようなことはしない。生きてお前の前にまた出てくるさ。
私は声には出さなかったが、吹っ飛ばしたレイを追って、自分も吹っ飛ばした方に駆け込んだ。
二階の高さくらいだったら何のことはない。私はそのまま飛び込んだ。
校内の見取りや構造はある程度瓢から教えてもらっていた。よって、レイが飛ばされた所は中庭だと思われる。
途中にあった木をクッションにしてなんとか無事に降りた私は、レイの姿を探す。
中庭、というよりは箱庭に近い空間だった。
四方を校舎に囲まれて、その中にはうっそうと茂っている植物がたくさんある。
言ってみれば、小規模の密林に近い。
感謝することは気温はそれほど高くない、ということだけか。
ただ、まだ日本の季節は春のはず。私としても、このじめじめとした空気はあまり好めない。
「すぅ……」
私はひとまず気配をたぐり寄せる。
目を閉じ、呼吸を整え、耳を澄ませ、心を静める。
「はぁ……」
どこにレイがいるのか。ここに入り込んだのは事実。
ならば、ここのどこかに潜んで、奇襲をかけてくるはず。少なくとも、私ならばそうする。
――どこだ……? どこにいる……?
完全に後手にまわっている私には不利だ。本屋に時間を使いすぎたか。……いや、焦るな。焦れば余計に気配をつかみ取れない。
どこにいるかと、四方八方に集中する。
その時、少なくとも何かの光を感じた。
感じた、なんて物ではない。極々わずかな、かすかな熱。その方向は――。
真上。
その方向にはレイが真下に向かって背負っていた巨大な植木ばさみをこちらに向かって開き、私の体を狙っていた。
こんなうっそうな場所だ。どこからかは攻撃を仕掛けてくるだろう。そう思っていた。
しかし、真上。全く予想をしていなかったわけではなかった。ある程度はしていたが、まさか来るとは思わなかった。
ひとまず私はその場から離れようとした。が、動くことができない。
足が地面に吸い付いたかのような感覚に襲われる。おそらくは何らかの束縛魔術にかかってしまったのだろう。
慢心していた自分に対して舌打ちをする。
上を見た。あと少しで植木ばさみは私に到達して鋭利な刃で私の体を切裂くだろう。
抵抗をするべく《腕》を使って何とかしようと思っても時間が足りない。急に防いでもその後の二撃目が防げない。
ここまでか――そう思ったとき。
「てぇ――――ぃ!」
そんなかけ声と共にレイに向かって上から周囲にも分かるほどの風切り音を出しながら跳び蹴りをしてきた奴がいた。
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